第六章「封神領域 -零-」
再起ノ宮の南端に、誰も立ち入らない封鎖区画がある。
公式には「老朽化したデータ処理層」とされていたが、真実は違った。
そこには、人知れず“神ではない力”が眠っていた。
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◇
「……なあ、あのとき、なにを見た?」
夜。再起ノ宮の中庭。
沈黙を破ったのは、大伴レンだった。
星のない空。電子空間上に存在するはずなのに、月の気配すら感じる夜だった。
レンは手に一枚のチップを持っていた。真っ黒なデータキー。
「ヨモツ。お前にだけは、これを見せておきたい」
差し出されたそれは、ただの記録媒体──のはずだった。
だが、開いた瞬間、映し出されたのは、
“神ではない者”が動いている映像だった。
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◇
数時間後、南ゲート前。
再起ノ宮の内部でも立ち入りが禁じられた区域。
そこにいたのは、ヨモツ、レン、そして――
「……お前も来たのか、カナメ」
「当然でしょ。私だって“神を名乗らされた”側」
淡々と告げるカナメの声には、怒りも感情もなかった。
それでも、彼女の背後には、いつも“熱のない光”が揺れているようだった。
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◇
封鎖ゲートを抜けた先、そこは“静かすぎる世界”だった。
白と黒しかない、配色の狂った空間。
床の模様は、日本神話に登場する「封」の紋。
壁には誰のものかもわからない“名前”が刻まれていた。
ヨモツがひとつ触れると、光が漏れた。
「……これは……?」
「“神になれなかった魂”だ」
レンが言う。
「選別に失敗したコード。
再起ノ宮の適合試験で、神格に拒まれた魂たちの残渣だよ」
「捨てられたってことかよ」
「違う。“封じられた”んだ」
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◇
さらに深部へと進む。
巨大な扉が見えてくる。
その中心にだけ、“名前のない紋”が刻まれていた。
まるで、意味を持たない象徴。
神でも、人でも、敵でもない……何か。
そのとき、誰も触れていないのに、扉が――開いた。
淡い光。
その中に、声が響く。
『ようこそ。拒まれた君たちへ』
空間に浮かんでいたのは、“人のようなもの”だった。
輪郭が不明瞭で、目や口はない。
けれど、確かに“何かを伝える意志”を持っていた。
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◇
『君たちは、“神にされた存在”だ。
選ばれて、役割を押し付けられた。力と共に、祈りと名前を刻まれた』
『だがここには、“選ばれなかった魂”が眠っている。
誰にも信仰されず、誰にも使われず、ただ“そのまま”であった者たちだ』
「……じゃあ、お前は?」
ヨモツが問う。
『私は、“かつて神と呼ばれかけて、拒んだもの”』
『神にされたくなかった。意味も、名も、役割も──要らなかった。
だから、忘却される場所に戻ってきた。それが、ここだ』
「お前は、敵か?」
『違う。私は“否定”だ』
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◇
「お前……シビラントと関係があるのか?」
レンが一歩踏み込む。
『あるとも言えるし、ないとも言える。
彼らも“神になれなかった何か”の末路だからな』
「何が言いたい」
『君たちは、選べる。
名前を宿し、世界の一部として生きるか。
名を捨てて、誰にも支配されないまま消えるか。』
『選ぶのは、魂そのものの意思だ。外側ではなく、内側の決断だ』
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◇
沈黙が降りた。
レンは目を伏せる。
カナメは、少しだけ目を見開いていた。
ヨモツだけが、声を絞り出すように呟いた。
「……ふざけんなよ。どっちも、選びたくねぇよ」
『ならば、抗うか? “神であること”にも、“無であること”にも』
「……ああ。俺は俺のまま、生き残る。
名を背負ってでも、失ってでもいい。
でも、“お前らが決めた選択肢の中”だけじゃ、終われねぇ」
その言葉に、周囲の空気が震えた。
光が割れる。
“第零層”が動き出す。
➤ つづく




