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終章「八百万のその先へ」

世界はもう、名で定義されていない。

 祈りによって与えられる神格も、死の先に強いられる転生も、そこにはなかった。


 ただ一つ、“意志”だけが存在した。




 どこかの村。朝の光。

 土の匂いと、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。


 天海ヨモツは、軒先の縁台に座り、

 風にそよぐ竹林を眺めていた。


 ──雷はもう、鳴らない。


 神格も装甲も、力もない。

 ただ、生きているという感覚だけが残っていた。




「おはよう、ヨモツ」


 黒髪の少女が、湯気の立つお茶を持ってやってくる。


 五十鈴カナメ。

 彼女もまた、“光”を脱ぎ捨ててこの世界に還ってきた。


「なあ、カナメ」


「ん?」


「俺たち……なんで、あそこまでやったんだっけ」


「……きっと、“誰も選ばれなくていい世界”が見たかったんだと思う」


「そうかもな」




 神環が崩れたあと、魂たちは“名前を与えられずに生まれる自由”を手に入れた。


 記憶のない者もいれば、覚えている者もいる。


 でもそれは、もう“優劣”ではなかった。




 その日の午後。


 村の広場にて、ふとした会話があった。


「君の名前、素敵だね。“ヨモツ”って、“黄泉”のこと?」


「違うよ」


 ヨモツは笑った。


「“戻ってきた魂”って意味で、そう呼ばれただけさ」


「じゃあ、本当の名前は?」


 その問いに、ヨモツは少し考えてから言った。


「……今はまだ、名乗らないことにしてるんだ」


 少年は、空を見上げた。


「いつか誰かに、ちゃんと“呼ばれた”ときに答えるよ。

 その名前が、俺にとっての“新しい始まり”になる気がするから」




 そのとき、空にひとつの稲光が走った。


 雷はもう、怒りの力ではなかった。

 希望のように、透明に響いていた。




 魂は、誰のものでもない。

 神にも、人にも、名にも縛られずに。


 八百万の先にあるのは、

 “たったひとつの魂の選択”なのだ。





─ 完 ─


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