終章「八百万のその先へ」
世界はもう、名で定義されていない。
祈りによって与えられる神格も、死の先に強いられる転生も、そこにはなかった。
ただ一つ、“意志”だけが存在した。
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◇
どこかの村。朝の光。
土の匂いと、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。
天海ヨモツは、軒先の縁台に座り、
風にそよぐ竹林を眺めていた。
──雷はもう、鳴らない。
神格も装甲も、力もない。
ただ、生きているという感覚だけが残っていた。
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◇
「おはよう、ヨモツ」
黒髪の少女が、湯気の立つお茶を持ってやってくる。
五十鈴カナメ。
彼女もまた、“光”を脱ぎ捨ててこの世界に還ってきた。
「なあ、カナメ」
「ん?」
「俺たち……なんで、あそこまでやったんだっけ」
「……きっと、“誰も選ばれなくていい世界”が見たかったんだと思う」
「そうかもな」
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◇
神環が崩れたあと、魂たちは“名前を与えられずに生まれる自由”を手に入れた。
記憶のない者もいれば、覚えている者もいる。
でもそれは、もう“優劣”ではなかった。
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◇
その日の午後。
村の広場にて、ふとした会話があった。
「君の名前、素敵だね。“ヨモツ”って、“黄泉”のこと?」
「違うよ」
ヨモツは笑った。
「“戻ってきた魂”って意味で、そう呼ばれただけさ」
「じゃあ、本当の名前は?」
その問いに、ヨモツは少し考えてから言った。
「……今はまだ、名乗らないことにしてるんだ」
少年は、空を見上げた。
「いつか誰かに、ちゃんと“呼ばれた”ときに答えるよ。
その名前が、俺にとっての“新しい始まり”になる気がするから」
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◇
そのとき、空にひとつの稲光が走った。
雷はもう、怒りの力ではなかった。
希望のように、透明に響いていた。
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◆
魂は、誰のものでもない。
神にも、人にも、名にも縛られずに。
八百万の先にあるのは、
“たったひとつの魂の選択”なのだ。
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─ 完 ─




