第一章「神は死なない」
夕暮れの空に、細い雲が浮かんでいた。
その切れかけた線の向こうに、何かが今にも崩れそうな気配がある。
天海ヨモツは、ゆっくりと歩いていた。
通学路。制服の襟を緩めながら、斜め後ろの声に応える。
「……ん? 模試? オレ? うん、爆死。てかもういいんだよ、そういうの」
友人が苦笑する。
「またそれ?『人生どうせ死ぬ』って、毎回言ってない?」
「だって実際そうじゃん。明日生きてる保証、誰がしてくれんの?」
ヨモツの声に、重さはなかった。
笑いながら言ったそのセリフは、風に乗って消えていく──はずだった。
その直後だった。
―ギャアアアアアッ!!
甲高い悲鳴が、駅前のロータリーに響く。
誰かが倒れている。
血。刃物。叫び声。誰かが、走ってくる。
男だった。
目が座っていた。手にはナイフ。
その刃が向かっているのは、制服姿の女子生徒だった。
ヨモツは、考えるよりも早く、足を動かしていた。
「……やめとけよ、バカ」
割り込んだ身体に、鈍い衝撃。
腹部に焼けつくような痛み。
倒れた。ナイフが抜かれる音が遠くに聞こえた。
視界が反転する。人の声がぐにゃぐにゃに伸びる。
──あーあ、死んじまったか。
心の中で、妙に冷静な声が響いた。
人生なんて、やっぱそんなもんだよな。
別に未練とか、なかったし。
──そう思った、はずだった。
だがその瞬間、視界が“バグった”。
色が壊れ、形が崩れ、音が電子ノイズに変わる。
四方から流れ込む無数の光。記号。音声。
《魂コード No.1024 選出》
《転生適応率:93.2%》
《神格交差:該当──スサノオ》
《再起ノ宮へ送還します》
何のことか、理解できなかった。
理解できる前に、意識が“連れて行かれた”。
⸻
◇
目を開けると、そこは白と朱に満ちた世界だった。
和と機械が混じり合った異様な空間。
神社の鳥居が校舎のように並び、電子音が流れる。
そこにいたのは、制服姿の“死んだはずの人々”だった。
再起ノ宮―そう名乗ったこの空間は、魂の転写工場だった。
死者のコードを集め、再構築し、“次の命”を選ぶ場所。
「ここは……どこだ?」
ヨモツがそう呟いたとき、背後に現れたのは、一体の“人ならざる存在”だった。
鹿の角を持ち、仮面をかぶった和装の機械神。
その名を、オオモノヌシと名乗った。
「天海ヨモツ。汝、選ばれし者なり。
神格を宿し、八百万転生戦線へ加わるべし」
「は?」
「汝の魂は、スサノオと交差した。
故に戦え。生きたければ、破壊せよ」
意味がわからない。
だが次の瞬間、校庭に召喚された異形の“鬼”が、答えを突きつけた。
生徒たちが逃げ惑う。
それを追う異形の影。
訓練ではない。本物の死がそこにあった。
「ふざけんな……!」
ヨモツは走る。
理解していないまま、それでも身体が動く。
すると、彼の背中で“何か”が覚醒した。
コードが爆ぜ、雷のような紋様が全身を走る。
意識の奥底から、声が響く。
『破壊せよ。偽りの世界を、粉砕せよ』
「──誰だ……!? オレの中にいるのは……!」
『我はスサノオ。汝の怒りと共に在り』
⸻
刹那。
ヨモツの身体が“雷を纏う”。
神装甲《嵐神形態》が発動。
彼の手に現れたのは、刃のない曲刀──スサノノ剣。
初めての戦い。
初めての神としての瞬間。
神環(SHINKAN)が動き出す。
少年はまだ知らない。
この世界に“神の死”など存在しないことを。
⸻
➤ つづく