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第九話

 翌日。

 小早川さんは用事があるとかで、俺と美原の二人だけで小早川さんの部屋に集まっていた。


 本人不在でもここが溜まり場になっているのを、どう思うんだろうか。

 とはいえ落ち着いて話せる場所も他にないし、そもそも美原もここに住んでいるらしいから、多分俺の考えていることは前提からして間違っているのだろう。


 外は久々の快晴だ。これなら雨も降らないから、魔女も出てこないだろう。


「ねえ」


 夕焼けを見てそんな緩み切ったことを考えていると、唐突に美原に話しかけられた。


「あのさ……ラーメンとか、食べる?」


 おずおずと、まるで恥ずかしいことを打ち明けるかのように、美原は俺にそう聞いた。



「うめー……」


 食べながら、思わず言葉が漏れた。

 小早川さんの家から電車に乗って、一駅二駅行ったところにあるラーメン屋。クラスのみんなや小早川さんに見つかると具合が悪いからと、美原はそう理由をつけてちょっと離れた店にやって来た。けれど多分、美原はここが行きつけというだけなのだろう。店長と親しげに会話するその姿には、一種の慣れが現れていた。


 美原が連れて行ってくれたのは、いわゆるキタなうまい店というやつだった。一人だったら入るのに抵抗があるが、先に入ってしまった美原を置いていくわけにはいかなかった。


 赤いコテコテとした看板に、古臭い内装。いわばラーメン屋のテンプレートとでも言わんばかりの店だが、味はよくあるラーメンを遥かに超えていた。


 ちょっとピリ辛の濃厚な豚骨魚介出汁が、コシのある太麺によく馴染んでいる。スープでクタクタになった海苔やチャーシューも格別の美味しさだ。


 濃厚すぎて段々とクドくなってきたら、生姜を入れてあっさり目に味変してまた美味くなる。浮いている背脂さえ飲み干したくなる、そんな旨味に溢れている。


 食ってるのにお腹が空いてきて、無我夢中で麺とスープをかきこんだ。

 一杯食って、ようやく俺は隣で満足そうな顔をしている美原に話しかけた。


 ラーメンの油の影響か、肌や唇はツヤツヤと輝いていた。ラーメンを食う女は、きっとこんな風にみんな美人に違いない。


「ふぅ……美味かったな」

「そうだね、あ、出ようか」


 もう少し喋っていたかったが、外を見ると行列ができていた。待っている客たちは、今か今かと自分の番を待っている。確かに、このままダラダラと喋っていると反感を買うかもしれない。美原の提案に頷いて、俺たちは外に出た。


 そこから駅への途中、気になったことを美原に聞いてみた。


「あー美味かった……それで美原、なんで俺?」

「ん? ああ、ラーメンの話?」


 美原の質問に頷くと、美原は少し困ったような顔をしながら、ゆっくりと口を開いた。


「その……さ、なんというか……誰を誘ったらいいか、わからなくて」


 そんなことあるのだろうか。友達の数で比べたら、俺たち三人の中で誰よりも多いだろう。

 そう思っていると、聞くまでもなく答えが返って来た。


「奏ちゃんはラーメンなんて誘えないし……学校の友達もさ、ラーメンはちょっと誘えないんだよね」


 そう言って美原は照れ笑いをした後、ポツリと呟く。


「奏ちゃん、あんなに綺麗だとさ、ちょっと……気後れしちゃうっていうか……ね」


 なんとなく、言いたいことは伝わった。まあ確かに、あの小早川奏を進んでラーメンに誘える人間なんてそうそういない。昨日は美味そうに焼きそばを食っていたが、一昨日のパスタの方が似合う女なのは間違いない。


「他の子たちもねー……多分ラーメンよりカフェに行きたいだろうし、ちょっと誘えないかな」


 ……確かに。小早川さんに限らず、女子高生をラーメンに誘う勇気は俺にもない。というより世の中の男子のほとんどは、気心の知れない女子高生をラーメン屋に誘ったりしないだろう。それは彼女にとっても一緒で、むしろ同性の、普通の女の子だからこそ、友達をラーメン屋に誘うのにはより一層勇気がいるのだろう。特に彼女は、世間に馴染んでなければいけない身だ。


「あの子たち、毎日スタバ行っちゃうような子達だよ? ラーメンなんて無理だよ」


 そう言って、美原は寂しそうに苦笑いした。

 その表情には、本人も気づいてないだろうが、友達と同じものを共有できない苦しさがアリアリと浮かんでいる。……それに、誘う勇気のない自分への自嘲も。実際、ラーメンに誘って応じてくれる女子も少なくない。ただし、周囲に幻想を抱いている人間には誘うなんて無理な話で、女子と仲良くない男にはなおさら無理な話だ。


「だから、男の子の友達ができて嬉しかったんだ」


 こちらを見ずに、美原は簡単にそう言ってのけた。

 男ならラーメンに誘いやすいから、という意味だろう。そうと分かっていても俺はその言葉に少し困惑しながら、それでも思わず口を開いてしまった。


「……じゃあ、今度また一緒に行ってやるよ」


 理解されない苦しみは。共有できない孤独は、辛さは。俺がよく知っている。そのせいで意図せず出た言葉に、美原は少し驚いた顔をして、そしてそのまま、満面の笑みを浮かべた。


「言質、取ったからね」

「ああ」


 ニッと今まででいちばんの笑顔を見せた美原の笑顔とその言葉になんだか照れ臭くなって、俺は思わず顔を背けた。素っ気ないふりをしながら、それでも俺は、彼女の言葉に同意した。


 けれど同時に俺は、彼女たちの──美原と小早川さんの、その些細な壁が、どうしても気になってしまっていた。


「あ、そう言えばさ。買っといた焼きそば食べたでしょ。しかも二つ」


 ギクリ、と肩を揺らす。なんとなく小早川さんも食べたんだよ、とは言えなかった。


「あーやっぱり。奏ちゃんが料理するはずないもんね」


 そう言って美原はクスクス笑う。

 その言葉に、俺は何も突っ込まなかった。


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