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第八話

 小早川さんについていくうちに着いたのは、俺たちの高校だった。

 その中心で、背の高い女のようなモノが舞い踊っていた。一見その舞は、見惚れるほど美しい。


 けれど、分かる。肌が粟立つような気配で、伝わってくる。


 アレは人を害するモノだ。この世にいてはいけないモノだ。


 それを見ても、小早川さんは特に興味もないかのように呟いた。


「……また外れだ」

「また?」

「うん。昼も言った、私がまだ死ねない理由──つまり残りの任務の話なんだけどね。この場所に現れる大物の魔女を求めてるんだ」

「大物?」

「──通称、雨の魔女。雨のでる月夜に魔女が出る原因。その特性は、魔力の散布だ。魔力の性質と、魔女化の原因は言ったよね?」


 魔力はありとあらゆる性質を持つ、とは彼女自身の言葉だ。

 その中から、殊更に彼女が一つだけ取り上げた性質があるとするなら──。


「……魔力の相反性か?」

「そう。雨の魔女は雨に魔力を混ぜ込む。それによって雨に当たった者の魔力を溶かすのさ。……あとはわかるよね」


 ──なんて凶悪。俺は思わず、ポツリとその言葉を溢していた。

 なるほど、それは確かに大物だ。

 小早川さんが言った、魔女が出る原因というのも頷ける。


 魔女化とはつまり、魔術師が魔力を使い果たした果ての姿だ。その魔力を溶かしてしまえるというのなら、それは魔女を生み出す工場と言っても差し支えない。魔術師だけじゃない、普通の人間ですら、長時間そんな雨にあたれば魔女に変わってしまうだろう。


 考えてみれば確かに、昨日の魔女化も雨に打たれたから魔女になったように思えるし、もうすぐ魔女になる自覚のある小早川さんは雨に打たれないように傘をさしていた。それが原因なんだろう。


 それを排することが出来れば、確実に魔女を減らすことができるのは間違いない。──けれど、もしかしたら。小早川さんが雨の魔女討伐にこだわるのは、それだけじゃないのかもしれない。


 そんなことを考えている間に、魔女は舞を終えたらしい。


 クルリと振り返って、ソイツは俺を見てニタリと笑った。


「無駄話はおしまいだ。来るよ、構えて」

「は、え?」


 小早川さんの言葉に呆気に取られていると、魔女は優雅にスタスタと近づいてきた。その様を見ていると、なんとなく嫌悪感のようなものを感じるのに、敵だと思えなくなってくる──が、アレは敵だと、それでも分かる。


 それはきっと、俺に魔力がないから、魔術が効きづらくなっているのだろう。

 俺は油断せずに見つめ、そして──唐突に突き出された蹴りを、俺はなんとか回避した。


「うん、身のこなしはやっぱり素晴らしいね」

「言ってる場合かよ! 戦えって言われたって武器が無えんだが!」

「とりあえず避ける練習かな」

「嘘だろおい!」


 俺は小早川さんのスパルタに悲鳴を上げながら、繰り出される攻撃を回避していく。今のところなんとか対応できているが、限界は近い──そう危機感を覚えた瞬間、その時は唐突にやってきた。


 今まで足だけの攻撃だったから回避できていたことを、ソイツに手加減されていたことを思い知る。突然繰り出されたビンタは、あえなく俺を吹っ飛ばした──。


「ふむ、十分だね。お見事」


 ──が、小早川さんに受け止められた。お陰で、殴られた痛みがあるだけでダメージはない。申し訳なさが宿る束の間、小早川さんがそう言うと同時に、魔力でできた柱がこちらに向かってくる魔女に飛来、そのまま突き飛ばした。


「いきなり難題を押しつけてしまったね、すまない。とはいえ、想定していたより遥かに君は出来るみたいだ。身体能力だけなら今の私さえ凌駕する。……うん、これくらい出来るなら戦闘力の面でも問題なく私を殺せそうだ」


 小早川さんがそう俺を誉めてくれるが、俺は複雑な胸中だった。意味はあるのだろうが、説明もなく試されていたことに思うところがないでもない。それに何より、どこまでも彼女を俺に殺させようとする、その態度が嫌だった。他のものなら、多分躊躇なく殺せる。けれど、彼女だけはそう言うわけにはいかない。……彼女が指摘したように、俺は普通の人間ではない。


 けれど、それでも。人間としてではなくても、俺は彼女を殺せなかった。


「……お前なあ」


 しかし、その怒りを言語化することは、うまく出来なかった。

 呆れてものも言えない、というのはこういうのを言うのだろう。俺の表象化した怒りと呆れを、小早川さんはどこ吹く風、といった感じで受け流すと、傘を差していない方の手で指を鳴らした──瞬間、魔女は背後から串刺しになった。


 そのまま持ち上がり、天に捧げるようにその体は掲げられる。

 それはまるで、魔女の火炙りだった。雨の下で燃え盛る地獄の炎に晒されるかのような姿となった魔女は、血を吐きながらもこちらを無機質にジロリと見つめる。


 その光景は、一種の荘厳ささえ感じさせる。或いは、ジャンヌダルクの処刑はきっと、こんな様相だったのだろう。

 思わず、俺は身震いした。


 ──悪趣味だ。


 効率の悪い殺戮の光景。

 意味もなく宗教画を模し、さっさと殺すべきものを長く苦しめているようにも見える。


 けれどそれを、俺は──美しいと、そう感じてしまったのだ。

 悪趣味だけれど、その中に見出されるものに、俺は恍惚としてしまう。


 そんな自分に、そして美しいものへの恐怖に、俺は震えてしまったのだ。

 ──小早川さんがどんな目で見ているかも気づかずに。


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