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第五話

「お邪魔しまーす……」


 少しだけ遠慮がちに、俺はマンションの一室に入った。勧められるまま、中央の足の短いテーブルに着いた。


 ここは、小早川さんの家だ。異性の家とか初めて入るな、なんてどうでもいいことを思っていると、慣れた手つきで美原が二人分の麦茶を持ってきた。どうやら美原はこの家に来慣れているらしい。


 美原はすぐにキッチンに戻って、何か料理をし始めた。いやお前が作るんかい。


「何から話そうか……いや、最初からかな」


 小早川さんはそう言うと、机の上で手を組んだ。


「さっき、魔女とは何か聞いたね。その答えを説明するためには、まず魔術について知ってもらわないとならない。魔術というのは……まあ簡単に言えば、文字通りのものだよ。ただし原料は、ココ」


 小早川さんはそう言って、制服の上から自分の胸の中心を親指でトントンと小突いた。


「心臓?」

「いや、君たちからしたらもっと非科学的なもの……魂さ」

「魂」


 何となくスッキリ入ってこず、鸚鵡返しにした俺の言葉に頷いて、小早川さんは言葉を続けた。


「そう。人の精神の源である、魂。一般的に知られてはいないが、魂の正体はとある万能元素とされている。そしてほとんどの人間は、そもそも魂や精神を知覚できないためにそのエネルギーも制御できない。

 けれど魂自体は誰もが持っているし、ほとんどの人間はそのエネルギーを余らせている。その余ったエネルギー、即ち魔力を使って、独自の力学法則に則った現象を発生させる。

 我々はこれを魔術と呼び、魔術を操る者を皆例外なく魔術師と呼ぶ」


「魔術師……」

「ただし、誰がどんな現象を起こせるか……言い換えればどんな魔術を使えるかというのは、人によって異なる。ある程度の基礎となる魔術はあるが、例えば私は美原のトカゲを使った魔術を使えないし、美原……いや、全人類に私の真似は到底できない」


 それは、なんとなく分かる。

 小早川さんが美原に比べて戦闘の面で格上なのは、さっきの戦いを見ている限りは日の目を見るより明らかだった。


「小早川さんは、どんな魔術を使うんだ?」

「うん、いい質問だ。私の魔術は魔力の互いに反発する性質を活かした現象……反魔術、通称"魔術殺し"だ。今言ったように、万能元素であり、ありとあらゆる性質を持つ魔力から、一つないしいくつかの性質を引き出して、魔術師は魔術を施行する。……そしてもう一つ、ここからが一番大事なんだが」


 改まった小早川さんのその言葉に、俺は思わず身構えた。

 俺の覚悟が決まったのを見ると、小早川さんはゆっくりと口を開いた。


「さっきの魔女化現象を見てわかったと思うが、魔力を使いすぎた魔術師は、やがて人類の敵である魔女となる」


 小早川さんがそう言うと、美原の動きが少し緩くなった気がした。チチチッ……と、ガスコンロに点火する音が聞こえてくる。


「魔女とは、魔力を失った人間の成れの果て。魔術を使うだけじゃなく、生存に必要なエネルギーである余剰精神エネルギーを失った肉体は、魂を消費し始める。そうなると人間はタガが外れ、本能のままに魂という膨大な魔力を使って魔術を振るう怪物となる。


 あの姿を見ただろう? アレは魂が肉体と同化した結果、魂の形に肉体が引っ張られてるんだ。

 魔力という保護膜を失って魂という殻の中身まで消費する、精神エネルギーの暴走状態、それが魔女だ。

 魔女は人格と理性を持たず、本能のままに疾駆し、魔術を操る獣。即ち──」


 そこで一度ため、そして


「──人類の敵だ」


 ハッキリと、そう言い切った。


 一瞬、小早川さんの言葉が止まり、静寂が支配する。美原が使っているガスコンロと、フライパンで何かを炒める音だけが、部屋中に伝わった。


「そして私たちは、魔術師連盟という連盟に所属する魔術師。連盟の仕事は人類の守護のための魔女の討伐と、魔女を増やさないための魔術の隠匿さ」

「……ちょっと待ってくれ」


 話が過ぎそうになったのを、俺は引き止めた。

 今、すごく大事なことを話していた気がする。それも、さっき彼女が俺に言った言葉にも結びつくような話。


 それを確認するため、口を開いた。


「魔術師が魔力を使いすぎると、魔女になる。つまり……お前らも?」

「ああ、やっぱり君を選んで正解だった! そう、そうなんだ。私もこのままいけばそう遠くないうちに魔女になるだろう。

 ただし、さっきの戦いを見て、私の魔術も聞いてもらったから分かると思うが、魔術師であれば誰であろうと私には勝てない! そう、だから君が必要なんだ!」


 俺の言葉に、小早川さんは口早に言葉を紡ぐ。


「これは魔術師連盟からの正式な依頼なんだが……魔女になった私を、君に殺してほしい。魔力を持たない、君にしかできないことなんだ」


 もう一度言われたその言葉に、俺はまた固まってしまった。

 一瞬響いた鼻を啜る音は、美原のものだろう。


 俺が、小早川さんを、殺す……?


 もう一度聞いても、いまいちその言葉の実感が湧かない。

 返事は出せず、俺はただ美原の作る料理を待つだけだった。



「ふぅ……おいしかったよ、ご馳走様」


 美原の作ったペペロンチーノをペロリと完食した小早川さんが美原にそう言うと、美原は小早川さんにペコリとお辞儀をした。


「さて、とりあえずは君に私を殺すだけの力を持って欲しい。具体的には、今回のように一緒に魔女退治をしてもらう」

「……俺が?」


 俺に、そんな力なんてない。今日は偶然にも彼女たちの力になれたが、隕石をどうにかする力もなければ、魔女の襲撃に対抗する術もない。今日の魔女から生還できたことだって、奇跡に近いものだろう。


「大丈夫、私たちが守る」


 小早川さんはそう言って、手を差し出した──。

 彼女の力強い言葉は、どうしてだか、信じてみたい気がしていた。


 それに俺は、この状況にどうしようもなくワクワクしてしまっている。


 退屈な日常が、退屈しない非日常に切り替わっていく。


 こんな日々を、俺はきっと求めていたのだろう。

 美少女二人に頼まれて、魔術なんてものまで登場して。


 それはいつか、本で読んだような物語だった。その登場人物になれるなら、どれほど面白いのだろう。俺の心に生まれている欠陥は、渇きは、こんなことでしか埋められない。


 それにこれは他の誰でもない、小早川さんの頼みでもある。それを断れるはずもなかった。


 だから──俺はその手を、取ったのだった。


 窓から差し込む月明かりに、小早川さんが少しだけ光り輝いているようだった。



「ただいま」


 帰って部屋を見ると、ムスッとした顔の妹が待っていた。


「兄さん遅い! 晩御飯要らないなら連絡してよ!」

「あ、うん……ごめん」

「……何かあったのかなって、心配になったじゃん、バカ」

「……ごめんよ」


 実感の伴わない、上部だけの言葉。こんな言葉、怒られたからとりあえず謝ってるのとなんら大差ない。中身がないなら、謝罪したって意味がないのもわかっている。……けれど俺には、そんなものしか返せなかった。


「それにそれに! 一人でご飯食べるの寂しいんだから!」


 そう言った妹の目は薄らと腫れていて、目尻からは涙の跡が筋となって残っている。

 ああ、確かに……どうやら寂しい思いをさせてしまったらしい。


 感情豊かな彼女の心は、俺には少しだけ難しい。

 けれど彼女を理解しようと努める事で、彼女の反応を知る事で。俺は自分が持たない心を、少しだけ理解(わか)ることができる。他の人とも、彼女のお陰で上手くやっていけるのだ。


「……ごめん」

「もうっ! 気をつけてよね!」


 ああ、これはいつもの許してくれる流れだ。彼女のそんな言葉に、俺は少しだけ安心しながら、こくりと頷いた。


「相変わらず妹に甘えているな」

「……お祖父様」


 緩みきっていた俺の思考は、冷や水を浴びせられたように一瞬で引き締まった。

 俺に話しかけてきた老獪な声の主は、リビングのソファで缶ビールを呷っていた。親父によく似ているその姿が、少しだけ嫌になる。


 お祖父様は母方だから血の繋がりはないはずだが、親父とお祖父様は、義理にもかかわらず本当の親子のようにそっくりだった。


 酒にだらしなく仕事もしないダメ人間。そのくせに妙なところで賢くて、俺たちを人間として見ていないような、そんな油断ならない相手。……保証人として面倒を見てくれている分、お祖父様には感謝しているが。それに、相手を人として見ていないのは、俺も言えた事じゃない。


 感謝はしているけど、お祖父様を見ていると、同族嫌悪のような自己嫌悪が湧き上がってくるから嫌になる。


「失礼します」

「おい……」


 挨拶だけして上の自室に上ろうとした際、お祖父様は口を開いた。

 それだけで重苦しい空気が流れ、妹は少し怯えた様子を見せる。


「……魔女には関わるなよ」

「……なんのことですか」

「ふん」


 どうしてここで魔女が出てくるのか。そもそも、お祖父様は魔女を知っているのか。疑問はあるが、話をさっさと切り上げようとしらばっくれると、お祖父様は不愉快そうに鼻を鳴らした。狡猾で、老獪。おまけに頑固ときたもんだ。本当に、油断ならない。


 俺は何もないように、そそくさと二階に逃げた。

 階段を登る最中、ほんの微かに聞こえた妹とお祖父様の会話は、どこか弾んでいるようだった。


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