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第四話

「いぃ!?」


 思わず、反射的にバックステップ。魔女の攻撃を間一髪で避けたところで、小早川さんの声が聞こえた。


「近江くん、頑張って避けないと!」

「はっ……はあ!?」


 緩み切った空気を持つ小早川さんの言葉に呆気に取られ、思わず俺の動きは止まってしまう──それが幸いして、そのまま逃げていたら当たっていただろう場所を、魔女の腕が通過した。


「おお、その調子──」

「ふざけんなよ!」

「──なんてね」


 さらにもう一撃、それをなんとか避けたところで、小早川さんはようやく助けに入ってくれた。俺の目前に迫った腕に対して、小早川さんは舞うように割って入った。


 異形の腕が、小早川さんを守る障壁で溶けるように無効化される。

 不利を悟ったのか、魔女は腕を切り離した。分離した腕はそのまま俺たちを攻撃しながら、本体は反転して脱兎のごとく逃げ出す。


 完全に人間のできる領域を超えている。腕の異形化からそうだったが、もう魔女というのが生物の枠を超えたナニカであるのは明白だった。


「小早川さん、追わないのか?」


 俺たちに攻撃してきた以上、アレが危険なモノであることは確実だ。

 倒せるのに放置する小早川さんの、今まで俺が会ったどんな人間とも違う行動に困惑していると、逃げる魔女の横合いから何かが飛び出た。


「トカゲ?」


 何かの正体は、巨大なトカゲだった。それもただのトカゲじゃなく、いわゆるコモドドラゴンと言うやつだ。大きさだけは、図鑑の説明のさらに3倍はあるように見える。


 魔女はそれを回避すると、トカゲの上からレインコートを着た少女が、魔女に無数の弾を発射して奇襲を仕掛けた。

 しかし魔女は、それも読めていたかのように、簡単に回避した。


「あー……やっぱり、占いによる未来視は生きてるか」

「……占いは、信じないんじゃ?」

「うん。占いなんて偽者だよ……九割はね。たまにいるんだよ、ホンモノ……ってやつ」


 小早川さんはそう言って俺にウィンクをすると、一歩ずつゆっくりと、大地を踏みしめながら前に歩き出した。どうでもいい会話ができるくらいに安定していた状況が変わることに、少しだけ不安感を覚えるが……これまでの小早川さんをみる限り、それは完全な杞憂だろう。


 小早川さんが前に歩くのに伴って、襲いかかる異形の腕は溶けていき──やがて小早川さんが腕の根元に着くと、腕は綺麗さっぱり消えてしまった。


「応援は必要かな?」


 小早川さんがそう言って見つめる先は、さっきのトカゲと少女が、魔女と未だに交戦していた。戦力差は圧倒的なものの、小早川さんが言っていた未来視のせいで戦闘が長引いているのだろう。


 その姿を見つめると──嘘だろ。

 少女の顔は、見慣れている。というか、今日学校で小早川さんに話を振った美原だった。


「ふむ……まあ時間がかかりそうだし、説明しようか。私と彼女──美原は魔術師と呼ばれる人間だ。魔術師とは読んで字の如く、魔術を操る者だ」


 魔術とは何だ、と言おうとしたのも束の間、魔女はついに避けきれなくなり、上下から迫る美原とトカゲの攻撃を喰らった。


 魔女の上半身が飛ばされ──しかし魔女は、まだ諦めていないらしい。

 魔女は空を見つめると、初めてケタケタと笑い始めた。邪悪な笑みに悍ましさを感じていると、周囲の明るさが一変する。雨に覆われているとはいえ月が出ている夜とは違う、全てが影に包まれたような暗さだ。


 空を見上げれば──


「は? ……隕石?」


 その理由は一目瞭然──巨大な隕石が迫っているのだった。

 小早川さんはその光景に、面倒そうにため息をついた。


「……さすがにこれは放置できないね」


 小早川さんはそう言うと──傘越しに空を見上げて、指を鳴らす。

 瞬間、小早川さんを守っていた障壁は一転し、空を貫く光の槍となって、隕石に向かっていった。


 高度10000メートルの高所にて、隕石と小早川さんの光の槍は衝突──光は巨大なフィルターとなって、隕石を受け止め、消滅させた。


 全てを道連れにしようとしていた魔女は、その光景を見るや否や怒りを露にして、再生させた両手を脚のように、小早川さんに向かってきた。

 異形となったその両手は、障壁を失った小早川さんの肉体を引き裂いて──。


「やっぱり君を呼んで正解だったよ」


 ──なんて、そんなの許すわけがないだろう。


 俺は小早川さんの前に躍り出ると、上半身と紐のようなもので繋がっていた魔女の核を、思いっきり踏み潰した。

 小早川さんはそんな俺を見つめながら、感心したようにそう言った。


 俺を庇う時に雨に濡れたのか、それとも汗か──彼女の制服からスラリと伸びている脚が、じっとりと濡れている。……きっと間違いだ。さっきの魔女になる光景を連想してしまっているだけだろう。そんなことは分かっているが、その脚に垂れる滴に、少しだけ赤色が混ざっているような気がした。俺は瞼を閉じてその景色に蓋をした後、改めて彼女の顔を見た。


「何が何だか、って感じなんだが……教えてくれるか」

「勿論、そのつもりだよ──ああ、彼女も一緒にね」


 そう言った小早川さんの指す方を見ると、小さくなったトカゲをポケットから覗かせるレインコートを纏った美原が、こっちに近づいてきていた。


「奏ちゃん……放置は酷いよ……」

「うん、ごめんよ。さ、場所を移動しようか。お詫びと言っては何だけど、近江くん、晩御飯をご馳走させてもらえないか」

「……じゃあ、ご馳走になる」

「よし、それじゃ行こうか! ……と、その前に」


 小早川さんは翻って、さっきの戦闘の目撃者たちの方を向く。

 郊外とはいえ、都のかなり大きな駅前での、これだけの騒ぎ。目撃者は少なくない。さっきの小早川さんの「魔術を曝すな」という発言を鑑みても、この状況はマズいだろう。


 そう思った折、小早川さんは再び指を鳴らした。瞬間──目撃者たちは一様にスマホをいじり始めた。言われた通り、録画や投稿を削除しているのだろう。


 その光景は、明らかに自然なものではない。どう見ても自然法則を無視している。催眠術とか、そういう類の光景だった。


「──これが魔術の力だよ」


 少しだけ疲れてそうな声色で、小早川さんはそう言った。

 しばらく歩いていると、雨はどうやら止んだらしい。美原が先を歩く中で、傘を畳んで小早川さんは振り返って俺に手を伸ばす。


「なあ、近江くん。……私を殺してくれないか」


 突然の言葉に呆けている中、月の光だけが彼女を祝福していた。

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