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間話-23.5-4

「ん」

「は?」

「お金出してください。……こんな子供ですよ?」

「……はぁ?」


 何を言っているんだ、コイツは。

 誘われたのはこっちだぞ。


 それに……これだけ大人びた態度をとっていると、本当にコイツが子供なのかも疑わしい。


 なんせ……若返った魔女なら、幾らでも見てきた。人間が魔女のように姿形を変えるのは並大抵のことではないというのは、さっきの信徒たちでなんとなく勘付いたが、それでも、魔術次第では不可能じゃない。


 券売機の前でそんなやりとりをしていると、店員が怪訝そうな目でこっちを見ているのに気がついた。深夜のラーメン屋、券売機の前で子供の見た目をしたやつと揉めたくはなかった。



 ズルズルと、ラーメンを啜る。

 しかし、その箸どりは重かった。食っても食っても減らず、絶えず伸び続ける極太麺に、なんだか殺意さえ湧いてくる。


「あんまり進んでませんね」

「……ここ最近、ラーメンばっかり食ってんだよ」


 そのどれもが、美原との記憶だけれど。

 ため息を吐きそうになった、その時。


「美原さん、ラーメンお好きでしたもんね」

「……美原を知ってんのか」


 まだ確定ではなかったけど、目の前のコイツはやはり連盟の魔術師だったらしい。赤ん坊の魔女の時は美原はすごく青い顔をしていたが、連盟だってこんな子供に魔術での戦闘を叩き込んでるんだから、やることはやっているらしい。……反吐が出る。


「ええ。……美原先輩が現在その任を果たせないと判断されたため、正式に、美原先輩から引き継ぎ、"ベイリー"の粛清任務の後任となりました、結城 小路といいます」

「美原は今どこに?」


 何よりも、開口一番に、そんなことを聞いていた。他にも聞くべきことはたくさんあったはずなのに。


「分かりません。引き継ぎは為されましたが、粛清任務の交代自体は連盟上層部の決定ですので」

「……なんで?」

「定時連絡が途絶えたからです」

「連盟ってのは、随分とせっかちなんだな」


 論理的に、あくまで淡々と言ってみせた小路に対して、俺は皮肉げに返した。

 言ってることは理解できる。けれど……納得はできない。


「七大天使番外、第八天使アズラーイール。六百年ぶりに現れた告死天使の魔女化というのは、連盟にとってそれだけのことである──ということです」

「ふーん……」

「先の魔女化したアズラーイールも、当時の連盟や魔女狩りでは倒せずに六百年も生き残っていましたから。……それも、あなた方が倒してくださいましたが」


 ──その言葉に、俺は得心がいった。

 つまり、小早川奏がこのまま行けば、その成れの果ては。


「……雨の魔女、か」

「ええ」


 俺の言葉に、小路は静かに頷いた。

 その存在は、六百年も生きられない魔術師たちにとって、実しやかに囁かれる生ける伝説、或いは御伽噺のような存在だったのかもしれない。


 それが実在して、しかもアレだけの影響力を持っていた魔女が使うのは、魔術を殺す魔術である反魔術だ。……小早川さんが魔女化した後のことに対して、連盟の警戒度が高いのは当然だ。


 小早川さんと雨の魔女との戦闘を見ていたから分かる。反魔術の使い手の魔女には、魔術師は手も足も出ない。同じ魔術を有する小早川さんでさえそうだったのだ、他のどんな魔術師だって、きっとあの魔女には敵いはしない。……本当に、俺のような特異体質だからこそ奴を倒せたのだと思う。


 それでも、六百年という時の中では、俺のような性質を持っていた奴がいないとも思えない。天敵と呼べるソイツらを全て返り討ちにして、或いはその身を隠しきって、雨の魔女はここまで生き残ってきたのだ。


 俺が倒した魔女の大きさを感じながら、ふう、とため息をついて話を区切った。


「……それで、美原や小早川さんからは俺のことは聞いていたのか?」

「ええ。魔女化した"ベイリー"を殺すのに、当代の魔女狩りほどの適任はいないでしょうし、私も反対はしません。貴方が狼の代わりを果たしていただいていることにも、感謝しています。ただ……」


 小路にしては珍しく、歯切れ悪く言葉を濁した。

 "ベイリー"、というのは小早川さんのことだろう。確か、あの邪教のアジトに潜入する時の通信でそう名乗っていたはずだ。


「ただ、なんだよ?」

「……本当に貴方に任せていいのか、疑念は残ります」


 目の前の少女は、スッパリとした物言いをする子だと思っていたが、流石に本人に言うのは躊躇われたらしい。

 けれど、彼女の疑念は当然のもののように思う。


「……さっきのアレを見てか」


 俺の言葉に小路は、恐る恐る、という様子でこくりと頷いた。見れば、凛と立っていたはずのその瞳には、怯えの表情があった。


 けれど、俺は彼女のことを責めることはできない。だって、ファーストコンタクトがさっきのアレなのだ。そりゃ、第一印象は最悪に決まっている。


 ……あの時は、本当に自分でも、どうかしてたとしか思えない。怒り、嫌悪、そういう感情はこれまでにもあった。……それは今まで、ずっと自分に向けられていたものだった。


 今日初めて、俺は心の底から、目の前の奴らを憎いと思っていた。のうのうと襲いくるソイツらに、俺は自分自身に対する憎さを投影していた。これもある意味では、生きるために他者を攻撃する行為なのかもしれない。けれど──こんなものを、あんな自分を、認められるはずもない。


 八つ当たり、と簡単に断じてしまっていいものではない。因果応報、自業自得。そういう側面もあるのは否定しない。けれど──それだけを言ってしまえるなら、こんなに後悔したりしない。


 だって、あの戦闘で得たのは、暴力の快楽だけではなかったか。大義名分に乗っかって、利用しただけだ。その本性は、隠せざる悪なのだ。それを理解して、それでも──。


 俺は、拳をギュッと握った。


 縋れるナイフは、心の拠り所は、家に置いてきてしまったのだから。だから──今だけは、俺が決めなければならない。


 俺の、俺自身の誠実さを、結城小路に証明しなければならないのだ。


「……わかった」


 少しだけ、小路は驚いた表情をしてこちらを見た。

 そんな小路を、俺はまっすぐに見つめた。

 その瞳の奥に、俺が映っている。

 彼女は今、真っ直ぐに自分を見つめる、俺を見ていた。


「どうしたらいい。俺は、どうしたら君に認めてもらえる?」


 どうしたら俺は、小早川奏に相応しい人間になれるのか。

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