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間話-23.5-3

「ただいまー」

「おかえり、今日は早かった……ね……?」


 帰った俺を見て、妹は途端に顔色が曇った。……やっぱり、バレてしまうよな。


「悪い、ちょっと寝るな」


 料理をしてたんだろう、エプロン姿の彼女にそう言って、俺は階段を上がった。



 起きると、午前二時を指していた。変な時間に寝てしまったせいで、変な時間に起きてしまった。自分が制服で寝ようとしていることにすら気づかないくらい、消耗していたらしい。


「……申し訳ないな」


 妹が作ってくれたのだろう。机の上にある冷めた料理を見て、そんな言葉が出た。

 冷めた卵スープを飲んで、中華丼を食む。


 ちょっぴり寂しい気持ちになって、下に降りた。もう妹も寝て、お祖父様も来ていないのやら、帰ったのやらといった状態だ。


 誰もおらず、静まり返ったリビングは、ひんやりとした感じがして、異界のように映った。

 ……何もいない世界は、ガランという擬音さえ相応しくないのだ。


 外を見ると、小雨が降っていた。

 雨の魔女はもうおらず、この雨は魔力を溶かすことはない。


 けれど、──打ちつける雫が、痛かった。


 カバンさえ持たずに、鍵と財布、それに折り畳み傘だけで、俺は町に繰り出した。


 カバンの中には、ナイフとスマホが入っていた。俺の唯一の自衛手段と、連絡手段。──それを置いてきたのは、今、そんなものを持った俺がどうなるのか、俺自身にもわからなかったからだ。



 深夜の誰もいない道は、雨の影響もあって、どこかひんやりとしていた。じめりと暑い、嫌な空気じゃないのは助かるけれど……空気中に舞う冷めた霧が、俺の皮膚にへばりつくようで、それはちょっと嫌だった。


 どこへともなくフラフラと歩いていると、どうやら知らないうちに駅まで来てしまっていたみたいだ。──最初の魔女と出会い、そして、彼女たちと出会った、あの駅だ。


 知らず知らずのうちに思い出の地を巡っているとは……どこかで美原や小早川さんとバッタリ会うことを期待しているのだろうか。どうやら自分は、思いもよらずロマンチストだったらしい。自嘲げに考えていると、不意に大声が響いた。


「──おい! いたぞ!」


 背後から響く声だったけど、その対象が自分であることくらいは分かる。だって、こんな時間じゃ自分以外の人間はいない。

 鬱陶しさを隠そうともせず、俺は怪訝に振り返ると──白銀に揺らめく凶刃。


 どこかで見たような神父服の男が、それを手に迫っていた。その男の背後には、ちらほらそんな人影も見える。──なるほど、仲間の敵討ち。或いは雪辱戦ってところか。


 これに刺されるのも悪くはないが……無抵抗に刺されてやる義理もない。それに、それは──果たしたくもない約束への、好きな女の子への裏切りになる。


 魔女に比べれば、その攻撃は随分とチャチな児戯と言って差し支えない。魔術による身体強化があったとしても、人体はあの千変万化だった魔女達の肉体と比べれば、随分と柔く、遅く、簡単なものだ。──それを見て、肉体なんぞもはや枷でしかないのだと、嫌なことを思ってしまった。


 迫るナイフに対して、あの魔女がやっていたように──はたき落として、そのまま魔術師の顎を左足で蹴り上げた。


 顎が揺れることによって脳が揺れ、意識を失って勢いよく倒れる男を、俺は半身になって避けた。

 この程度の奴ら、魔術師と呼ぶのさえ烏滸がましい。


 迫る後続を一瞥する。数は10人。……やれるな。

 俺の体は、随分と戦闘に馴染んでしまったらしい。というよりは、それが本来あるべき姿のような気さえしている。幾度も魔女と戦闘し、討伐することで、体の奥底にある記憶が呼び起こされたような、そんな感覚──。


 元々帰宅部の割に運動はできたし、助っ人で呼ばれることもあった。けれど──俺の体はこのための作りをしているようだ。筋肉が人や何かを傷つけるための付き方をしているのかもしれない。


 狩人なら、まだいい方だろう。──或いはそれは、俺の精神性と合わせて、生まれついての殺人者のようだ。


 ──そんな俺に、小早川奏を殺す資格はあるのか。簡単に殺せてしまうなら、それは違うのではなかろうか。


 彼女のことを、もし殺すのだとしたら。

 普通の感性を持った、普通の人間が、抗いながら殺す方がよっぽど"らしい"のではないか。


 無論、そんな人間には彼女を殺せないのだから、言ってもせんなきことではあるが。


 考えているうちに、信徒達は迫っていた。

 杖のようなものを持つ男、さっきのようにナイフを持つ男。その装備は様々だ。


 牽制だろう、杖の男の一人が、火の玉の魔術を放ってきた。

 それを避ければ、ナイフの男の攻撃が迫ってくる。なるほど、連携は取れているらしい。


 であれば──。俺は淡々と、炎の魔術を拳で迎え撃った。

 熱くはあるし、普通に痛い、が──小雨の中じゃあ延焼することはなく、それだけだ。


 俺は──自分が死ぬことに躊躇もなく、恐怖もない。それよりよっぽど怖いことでずっと迷っていたのだから。


 俺が魔術を避ける想定で取っていた低い位置──左下から迫る魔術師の顔面を、俺は蹴りで迎え撃つ。

 蹴り飛ばされ、恐怖の表情でこっちを見る魔術師を見て……俺は嘆息し、攻撃欲求を発散するように。或いは怯んだ敵を煽るように。


「……暇つぶしにはなるかもなァ! 遊んでやるよ──簡単にッ、壊れんなよ!」


 コイツらがいなければ、美原があんなことになることもなかったのだ。

 俺は葛藤を、矛盾をのせて、

 迫るナイフに、牙を向いた。



 氷も、風も、炎も、刃も。


 結局俺には、敵わなかった。


 俺の身を浸す無敵感と、目前の凄惨さを自分がやったのだと言う事実に、ただ、虚しくなった。

 魔術師達は死んではいない、はずだ。少なくとも、奴らが自力で逃げれるくらいの力は残っていた。


 その場にぼおっと立ち尽くしてしまうが、そんなことをしても意味もない。肩の上気が霧雨に冷やされた頃、俺が立ち去ろうとしたその時、背後に少女が立っていることに気がついた。


「……聞いてた話と違いますね」

「──ぁ?」


 子供。最初に抱いた感想は、ソレだった。

 12〜14歳くらいだろうか、その背丈と華奢な体は不安になってしまうほどだ。──それくらいの背丈の割に、丸顔にあどけなさを残しつつも、子供特有のバランスの悪さもなく、少女は整った容貌をしている。


 特に、意志の強そうな瞳は、その話し方の理知を感じさせる。

 ただ、ツインテールだけが印象的で、輪郭以外にはそこだけ、随分と子供らしかった。


「淡々にして着実な戦闘マシーンだとお伺いしていましたが。──これでは」

「ただのチンピラか?」

「ええ。或いは……獰猛な猿の類いかと」

「ハッ」


 少女の言葉に、自嘲を込めて鼻を鳴らして返した。随分な言われようだが、自覚はあった。


 いつかテレビで見た、凶暴なチンパンジー。闘争本能と攻撃欲求の赴くまま、暇つぶしと八つ当たりに暴力を振るう。……今の俺は、それと何が違う?


「ご飯でも行きませんか」

「は?」

「ラーメン、お好きなんでしょう?」


 深夜にこの歳の女の子を連れて飲食店なんて行けるはずもない。けれど……その無遠慮な物言いに、なぜだか、俺は頷くことしかできなかった。

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