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第二十話

 二人で彼女らの家に戻ると、ムスッとした顔で、小早川さんがソファで頬杖をついてテレビを見ていた。つまらなさそうな澄ました表情がかえって美しいが、そんなことを思う余裕さえ本当は与えられてはいないはずだ。


「……ただいま、奏ちゃん」

「ん、美原。おかえり」


 恐る恐る切り出した美原に対して、小早川さんはその表情を一転、ふにゃりとした笑顔で彼女を迎えた。


「俺も戻ったよ、さっきはすまねえ」

「ふん」


 よかった、機嫌戻ったのかな、なんて思って謝罪すると、露骨に顔を背けられた。


「君は美原が大事なんだろう? ならば謝らずともそれでいいじゃないか」

「……どっちが大事とかじゃないだろ。俺は二人とも大切だよ」


 俺が彼女の言葉にそう切り返すと、小早川さんは無言、無表情のまま、ソファを人差し指でトントントンと叩き始める。ああヤバい、失敗した。かなり怒ってる。


 そりゃ、あの瞬間は美原を優先した。けれどそれは、そうせざるを得ない状況だったからだ。なんとか俺の思いを伝えようとすると、横に立っていた美原がこっちに話しかけてきた。なぜだか彼女もジト目で俺を見つめている。


「そういう浮気性なところ、よくないと思うよ」


 それは、予期せぬところからの思わぬ一撃だった。浮気性? ……俺が?


 思い当たる節がない。困惑していると、二人から白い目で見られた。何したんだ、俺。

 逃げ道を模索して──いや、無理だ、二対一じゃどうしようもない。


「……ごめんなさい」


 ──とりあえず謝っとく。完全に二人は呆れた目でこっちを見て、ため息をついた。何がどうなってる、助けてくれ。狼、今だけはここに来て雰囲気をぶち壊してくれ。……そういえば、あの後どうなったのだろう。


 狼の名前を思い出して、俺が美原を追いかけた後のことが気になった。


「そういえば、狼は? というか、あの後平気だったか?」


 狼が小早川さんに執心なのも頷ける。なんせ彼は、小早川さんの元相棒だったとか。こんなに美しい人と一緒にいたら、嫌でも好きになってしまう。


 それに、美原の話では狼とも急な関係解消だったのではないか、ということだった。美原だけでなく、彼も連盟という縦社会と複雑な事情に揉まれてしまった被害者で──あの後、狼がどういう行動に出るか予想がつかない。小早川さんに叛旗を翻す可能性だってあったかもしれないのだ。


「ん、別に平気だよ。それはなんともない。そもそも、魔力を伴わない肉弾戦ですら彼は私には敵わないからね」

「そうなのか?」

「うん。君は例外だけど、基本的に魔力が多い方が身体能力も高い。その意味で言えば、私に身体能力で勝てる魔術師もいない。彼は肉弾(フィジカル)じゃなくて魔術で戦う魔術師だから、尚更ね」

「……そうなのか」


 なんとなく意外だった。

 あの狼は、肉体も相当強そうな印象があった。もちろん、魔術師として戦っているのだから強いのは確かだろう。けれど……小早川さんに勝てないというのが意外だったのだ。やはり魔術は、一般的なものとは異なる物理法則に則って動いているように思える。


「……魔術の法則って、やっぱり違うのか?」

「ん? 魔術の法則? ……ああ。魔力という物質の性質を知らないと難しいだろうけど、基本的に魔術も魔術以外も同じだよ。違うとしたら……魔力は謂わば万能元素で、そうだね、魔力は人の意思に感応する、ということかな」

「魔力は人の意思に感応する万能元素──つまり、なんでもできるってことか?」

「有体に言えばそう。とはいえ、その人にとって扱いやすい魔力の性質は異なるから、それ次第だね。基本のキは、魔力同士が反発し、同時に引き合うという点かな」


 ……反発すると同時に引き合う……? 何を言ってるんだ?


「ま、大事なのは魔力というものがありとあらゆる性質を持っているということさ」


 それ以上でもそれ以外でもない、という風に小早川さんは小さく纏めて、おどけてみせた。魔力という万能元素──その使われ方は色々だろう。酸素やエネルギーの代わり、或いは筋肉にすることで身体能力の強化だったり、その場に何かを出現させることも可能なのだろう。それこそ、さっき話してた通り、怪我の回復や欠損部位の再生にも使えるはずだ。


 結局、文字通り万能である保有魔力の多さが、そのまま肉体の強さに変化する。だから魔力が多ければ多いほど、身体能力も上がるのだろう。小早川さんの話では魔力の性質を引き出すのにも適性があるらしいから、例えば肉体を強化する方向──細胞内での酸素の燃焼に使うことなんかに適性があれば、それで身体能力は向上するはずだ。これが、肉弾で戦う魔術士でないから尚更、と言った所以だろう。


「さ、話はこれくらいにして、とりあえず今日はお開きかな──」


 小早川さんがそう言った途端、ザァザァと音が響いてきた。

 まさかと思うも、外を見ると──夜空にまん丸い月がクッキリと浮かんでいる。雨のベールに覆われて朧に見えるはずのソレは、しかし世界の残酷さを強調するかのように、力強く太陽の光を反射している。


「……最悪のタイミングだな」


 それを見て、俺はポツリと、呟いてしまった。


 けれど、美原は反魔力で腕をやられているし、小早川さんは魔力を相当消耗している。全身がズキズキと痛むが、それでも走れるくらいには回復した。──俺しか、戦える存在がいないことを悟る。


 俺が立ちあがろうとしたその時。小早川さんは立ち上がった。


「美原、アンプル」

「あ、うん! ……本当に?」

「これが私の仕事だからね」


 小早川さんは、苦しい戦いに赴くことになってなお、儚げに微笑んだ。

 それを、俺は──見たくないのに、美しくて目が離せなかった。


「ね、近江くん。……来てくれるかい?」


 その質問に、俺を雨の魔女と戦う戦力としてカウントしているわけじゃないことは、なんとなく分かった。それでも──それでも俺は──。


「任せろ、雨の魔女なんか俺がぶっ倒してやるよ」


 ──そう、無邪気に嘯くことしか、許されなかった。

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