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第1話:わしの名ドン!

 また一日。丘の上に建てられた小さな家の中で、十五歳以下の少年が目覚ましが鳴る前に目を覚ました。それは彼にとってささやかな達成だった。

 太陽はまだ完全には昇っていなかったが、木製の窓の隙間から漏れる淡い青い光がそれが近いことを告げていた。布団は半分蹴飛ばされ、寝返りでシャツはねじれていた。

 彼はゆっくりと起き上がり、目をこすってから、いつも目覚ましが置かれている場所をちらりと見た。目覚ましは彼が起きてからちょうど鳴り始め、彼は一度だけボタンを押して止めた。

 レイモンドはもういなかった。彼は前の晩、早く中央市場に行く必要があると言っていた。井戸を越えた先、村の道が交差する場所だ。あの市場はいつも混んでいる。特に補給日には荷車や家畜、値切り交渉に夢中な人々、そしてなぜか毎回カブを売り切るあの女性で賑わっている。


「……さて、と。」


 彼が外に出ると、木のドアが後ろで軋んで閉まり、乾いた風が土や穀物、少しの煙の匂いと混ざった彼の顔に吹き付けた。

 家の左手、少し先。狭い土の道を越えて、草の斜面を下ったところに――畑が広がっていた。何十も。すでにあちこちで作業が始まっていた。

 農民たちは茎の列のそばにしゃがみ、腐りや乾きの兆しを確かめ、指先で土をつまみ、布を巻いた手で害虫をそっと払いのけていた。もう収穫に入っている者もいて、ミレットやライ麦の束を平らな木板に積み上げていた。

 水路を回る者たちもいる。作物ごとに水の流れを調整するため、石の仕切りを動かしていた。誰も喋らない。ただ、静かに集中していた。聞こえるのは風の音、草を踏み分ける足音、それと重い袋を持ち上げるときの低いうなり声だけ。

 これは「平和な日」なんかじゃない。ただの労働の日だ。太陽が首筋を焼き、根を引き抜く指が痺れてくる、そんな一日。でも、誰ひとり文句は言わない。明日には荷車が王国へ向かう。だからこそ、今日が締め切りなのだ。


 彼は斜面を下りながら、作業する人々を見渡した。遠くのほうで、腰をかがめた年配の男が粗い縄で薬草の束を縛っている。頭には白い布を巻いていた。もっと下では、子どもたちが袖を肩までまくり、バケツに堆肥をスコップで詰めていた。

 畑の端に着くと、彼は自分の担当の列の前にしゃがみ込んだ。まだほとんど手がつけられていない部分だ。少し傾いた茎や、重みで頭を垂れているものもある。


「よし……小麦から始めよう。」


 彼は後ろのポケットから手袋を取り出し、手にはめた。昨日よりも土が柔らかい。夜露のせいだろうか。なら、助かる。

 杭にかけてあった鎌を手に取ると、根元から丁寧に刈っていく。高すぎず、低すぎず。一本ずつ。積んで、束ねて――リズムを崩さないように。太陽はまだ完全には昇っていなかったが、すでに汗がじわりとにじんでいた。


 そして、しばらくして......


 *「ザシュ…ザシュ…」


 鋭い鎌が、乾いた音を立てて黄金色の穂を切り落としていく。切り口はまるで機械のように正確で、三、四人の農民が無言で畑を進んでいた。ただ黙々と、淡々と仕事をこなしている。

 その中には、先ほどの少年もいた。手には傷があり、顔には泥がつき、腕にはいくつものあざがあった。朝から働き詰めで、どれくらいの時間働いていたのかさえ分からなかった。


「おい、ドン! ちょっと来い!」


「は、はいっ!?」


 俺の名前はドン。この村は、悪くない場所だ。静かな丘、風に乗って届く穀物の匂い、そして村人たちの笑い声──たまには怒声も混じるけど、そんな日常が心を和ませる。

 あの老人は?あれは父で、レイモンドっていう名前。さっき市場から戻ってきたばかりだ。幼い頃、父は自分が騎士だってよく自慢してたけど、正直信じてなかった。だって、父には《エッセンス》がないって知ってたから。自分と同じように。


「これを持って、織工の工房まで届けてこい。時間には間に合わせろよ」


「えっ、でも……重いよ、これ……!」


「文句を言うな。行け!」


 このフラックス(亜麻)とヘンプ(麻)の束は、衣服の布地に使う貴重な材料だ。だから、うまく届ければボーナスが出ることもある。

 村の小道を進みながら、ドンはふと立ち止まる。訓練中の子供たち──彼らは《エッセンス》を持っていて、その力を親から教えられている。魔法のような力、火を操る子さえいた。

 ドンの胸に、ちくりとした感情が芽生える。羨望だ。自分にはない力を持つ者たちへの憧れ。でも、ドンだけじゃない。この世界には《エッセンス》を持たない者も多く存在する。《エッセンス》は生まれつき備わる稀な力。だからこそ──憧れは尽きない。

 とはいえ、村の人々は皆優しい。ドンのことも昔からよく知っていて、彼が働く姿を見るたびに褒めてくれる。努力家の少年として知られているのだ。


「おいドン、急いでるみたいだな。どうした?」


「はい、また配達中で……できればボーナスが出たらいいなって!」


 そう答えて、ドンは再び走り出す。


 途中、光り輝く鎧を身にまとった二人の騎士とすれ違った。胸当てには狐の紋章──ギルドの印が刻まれている。

 ドンの夢は単純だ。騎士になって、ギルドに所属すること。騎士として活動するには、ギルドへの所属が不可欠なのだ。王国の中へ入ったこともないドンにとって、目の前の騎士たちは憧れの存在だった。

 やがて織工の工房に到着。中では多くの作業員が働いていた。ドンは受付に向かい、束を差し出す。


「はいっ! これ、お願いします!」


 フラックスとヘンプ、それぞれ十束ずつ、計二十。受付の男は長年ここで働いているベテランで、この束は川沿いのレッターズ《Retters》によって繊維に加工される。


「今日は元気だな……ほらよ」


 男はドンに銀貨10枚を手渡した。それは合計一五○○ネロに相当し、これでドンはパン9斤と種をいくつか買うことができた。


「ありがとうございます! じゃ、行ってきます!」


 ボーナス……ちょっと期待してたんだけどな。まあ、もっとたくさん持ってこなきゃ価値が上がらないか。はあ。


「気をつけてな!」


 ドンの家は畑の近く、丘の上にある。だけど今は、先に市場へ向かう。種とパンを買うためだ。

 だが、今日は祭りの日。市場は人でごった返していた。


「うわっ、なんだこれ……人が多すぎ!」


 人混みをかき分け進むドン。気づけば祭りの一番前列へ出てしまっていた。

 群衆の前には木製のステージがあり、エッセンサー《Essencer》が火の能力を披露していた。後ろにもパフォーマーがたくさんいて、ドンは熟練したエッセンサーを見たかったので逆の方向を向いたことに後悔はなかった。でも、あれは戦士じゃなくて、あくまでパフォーマーだった。


「すげぇ……エッセンサーだ……!」


 空に打ち上げられる魔法の花火。幻影で作られた竜が舞い、色とりどりの光が夜空を照らす。続いて泥でできた小さな人形が召喚され、煙とともに弾け飛ぶ。

 観客は拍手喝采。ドンは時間を忘れて見入っていた──そして我に返る。


「やばっ、遅れてる!」


 ドンは急いで人混みをかき分けて進んだ。もうすぐ日が沈むので、夜になる前に戻らないと父親がまたイライラしてしまうからだ。

 その時、彼は種と餌をまだ買っていないことに気づいた。


「えっと、フラックスとヘンプの種、小袋でそれぞれ一つください!」


「はいよ、一〇〇〇ネロだ」


「えっ、一〇〇〇!? この前は七五〇だったのに……!」


「ふう……確かに。でも最近、物価が上がっててな」


「うぅ……」


 結局一〇〇〇ネロで種を買い、残りは五〇〇ネロ。これで中品質のパン三つしか買えない。ドンはため息をつきながら、村で一番人気のパン屋へ向かう。


「中品質のパン、三つください!」


「四五〇ネロだよ、坊や」


 ……残りはたった五〇ネロか。全然足りないな。欲しいもの全部は買えなかった。仕方ないか。


「……はい」



 もうすっかり夕方だ……父さん、また怒るだろうな。祭りのせいで時間が過ぎるのが早すぎた。

 でも、もし俺にエッセンスがあったら──あの人形を出す術とか、空を飛ぶとか、体を大きくするとか、いろんな可能性があるんだろうな……はぁ。


「ただいまぁ……」


 机に座っているのは、父・レイモンド。表情は険しく、明らかに機嫌が悪そうだ。


「ドン……祭りを見に行ったんだな?」


「えっと……その、父さん……って、なんでポケットに団子の串があるの?」


「え、あぁ……」


「ふふっ、やっぱり見に行ってたんだね、お父さんも!」


 レイモンドは気まずそうに笑ったが、否定はしなかった。彼もまた、無能力者として祭りを純粋に楽しんだ一人だった。


「……バレたか」


「ハハッ! やっぱりね!」


 ドンは誇らしげに笑った。でもそれはどうでもいい。彼が置いたのは、種の入った袋と中級のパンだった。


「じゃあ今日はこれで終わり。もし昼まで寝てたら、起こしてね、父さん。」


 ドンは中程度の質のパンを食べ始めました。その味は素晴らしく、お腹がいっぱいになりました。


「……まったく、少しは早起きしてくれよな」


「えっ?失礼だぞ、親父。」


 しばらくして、場の空気は静かになった。ドンはパンを食べ終え、レイモンドはまだゆっくりと噛んでいたが、沈黙を破ったのはドンの一言だった。


「なあ、親父……俺みたいな《エッセンス》なしの人間でも……世界を旅することって、できるのか?」


「……いや、ドン……俺たちみたいな人間には、この世界は危険すぎる。」


「でも……」


「この世界には、何兆もの危険な種がうようよしてる。“騎士”たちがいるからこそ、なんとか抑えられてるんだ。世界を探索? 誰がそんなこと言った?」


「ったく……聞いただけだよ、親父。」


 ドンは立ち上がり、丸太で作られた穴だらけの自分の小さな部屋へと向かった。この家も全部、同じく丸太作りだ。安物のマットに寝転がりながら、騎士になるか冒険者になるか、彼はまだ決められなかった。王国で暮らしてみたい気持ちもある。でも、世界を旅してみたい気持ちも捨てきれない。


「……なんで俺は、こんな世界に生まれたんだろうな……母親のことも知らねえし、子供の頃の記憶だって何もねえ。」


 (次の章へ続く!→)

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