聖女ですが、妹と王太子の尊すぎる恋を見守りたいので、正体は絶対バレません! ~転生先は行き遅れの男爵令嬢でした~
気づけば私は、また社交界のお局だった。
いや、正確には
行き遅れと噂される男爵令嬢、クラリッサ・ユリエル・ヴェルステイン(28歳独身)。
転生先の世界では、二十歳を過ぎると「もう貰い手がない」とか「晩年を見据えて生きろ」とか言われ る、恐ろしい価値観がまかり通っている。
過労死した元OLの私は、それを聞いて思った。
(いや、28でアウトって、ブラック企業よりブラックじゃん…?)
けれど、私は後悔していない。
むしろ、今はこの人生、最高に楽しい!
なぜなら…。
「クラ姉様~っ! レオさまがね、今日もお花をくれたの!」
「まあ…それは素敵ね、フィロ」
私の最愛の妹、フィロメーヌ。通称フィロ、年齢8歳。
透き通るようなブロンドと、宝石みたいな青い瞳。まさに天使。
その彼女には、既に婚約者がいる。
そしてその婚約者というのが
「クラリッサ姉さま。今日も、妹君のことは僕が守ります。…絶対に、です」
「レ、レオ殿下…(尊いッ…!!)」
はい。
8歳の天才王太子、レオニス・アルセイド・グランフィリア殿下。
このふたりのやりとりが、毎日、私の尊みと血圧を同時に上げてくれる。
転生して早々、地味で嫁き遅れの男爵令嬢になったときはどうしようかと思った。
しかし、そこに突然現れた天使と天使によって、私は悟ったのだ。
(尊い…このふたりを、絶対に幸せにするのが、私の使命ッ!!)
だが世の中はそう甘くない。
「ねぇ、あの子、本当に男爵家の出? あの年で未婚とか、もう終わってるわよねぇ~」
「それに、最近お城に出入りしてるらしいじゃない? あやしいわよねぇ~」
そう。
今日も社交界は、お局をネタにマウント合戦真っ最中である。
(転生しても、悪口ってなくならないのね…むしろ前世より陰湿…)
でも、大丈夫。
だって私には
(聖女パワーがあるから!)
そう、私はこの異世界に聖女として転生したのだ。
といっても、誰にもバレてはならない。
バレたら最後、「王家直属の道具」になるか、「偽物扱いされて炎上」コースが確定している。
だから私は、地味令嬢を装いながら、ひっそり聖女パワーで妹と王太子を護っている。
【例1】フィロの転倒を予知→地面をやんわり浮かせて未然に回避。
【例2】レオ殿下の腹痛を感知→こっそり魔法で腸内環境を整える。
(ありがとう、腸活魔法。地味だけど、尊い命が守られる…!)
そんなある日
「クラ姉様! レオさまと、舞踏会のリハーサルをするの!」
「ふふ、がんばって。…あ、足元気をつけてね」
「うんっ!」
ぱたぱたと駆け出すフィロと、それを優しく見守るレオ殿下。
ああ、これが人生のハイライト。
これだけで、私は幸せに生きていける。
そう思っていた、そのとき。
「おや…クラリッサ嬢、またおふたりを監視しておられたのですか?」
背後から聞こえる、どこか鼻につく声音。
振り返ると、そこにいたのは
「…第一王子、カシミール殿下」
レオの兄。
イケメンだけど毒舌で皮肉屋。
社交界では「氷の王子」と呼ばれる人。
「ずいぶんと、お局らしい趣味をお持ちですね?」
「…ごきげんよう。私の趣味に関しては、ご心配なく」
「ふふ。…なるほど。貴女、何か隠しておいでだ」
(やばい、この人、勘が鋭すぎる…!)
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
でも、私は負けない。
(この尊いカップルのためなら…どんな断罪も、甘んじて受けてやるわ…!)
「さて…。姫さま。ぼくと一曲、踊っていただけませんか?」
レオ殿下、8歳。まさかのエスコート発言。
「っ…よろこんで!」
フィロ、8歳。顔を真っ赤にしながら、手を取る。
私、28歳(見守り隊)。
今日も尊死しながら生きてます。
そしてその夜。
私は、妹の寝顔を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「この世界に転生してよかった。もう社畜には戻れないわ…」
そう、私は“過労死OL転生聖女”。
妹と王太子の恋路を守る、影の見守り隊長。
「…尊い…」
この一言で、今日の私の語彙力は使い果たされました。
だって見てください。
8歳の妹フィロと、8歳の王太子レオニス殿下が
「レオさま、手…つないでも、いいですか?」
「もちろんだよ、フィロ」
ちいさなお手々を、そっと重ね合わせた瞬間。
えっ、天使の舞踏会?
なにこれ、世界遺産に登録していいレベルじゃない?
空気、今完全にバラの香りしてたよね!? してたよね!!??
…取り乱しました。クラリッサです。28歳です。
妹の婚約者が尊すぎて、日々の生活が「もだえ」と「崇拝」で埋まっています。
ちなみに今は、城で開かれる春の舞踏会のリハーサル中。
子供たちも招かれて、お披露目を兼ねた社交訓練のようなものです。
とはいえ
「ちょっと、あの王太子の婚約者って、田舎男爵の娘よね?」
「見てよ、手なんてつないじゃって。子供のくせに色気づいちゃって…」
今日も社交界は、お約束の嫉妬劇場を上演中。
(…こいつら全員、光魔法でまぶたに大事な記憶を流し込みたい)
あ、でもそれやると聖女バレするので自重します。
そう。私は今、クラリッサ・ユリエル・ヴェルステイン。
前世:社畜OL、死因:過労死、現在:行き遅れ男爵令嬢(28)。
だが真の姿は
(選ばれし転生聖女!!!)
…だが、バレたら即・火炙り。
この国の教会、マジで「聖女は神の器」って信じてるから、自由意志とか存在しません。
ましてや「地味顔で年増で妹の婚約を推してるだけの人」が聖女とか…絶対認めてくれない!
だから、こっそり力を使うのです。
たとえば
【フィロがつまづきそうな石をこっそり浮かせてどかす】
【レオ殿下の靴擦れを癒す】
【嫉妬令嬢の足元に、さりげなく風魔法で小枝を転がす(地味に転ばせる)】
すべて、“妹の恋を守るため”。
「クラ姉様~! 見て、さっきレオさまと練習したの!」
リハーサルの合間、満面の笑みで駆け寄るフィロ。
小さな手に、花の髪飾りを握りしめていた。
「レオさまが、春の精霊さんみたいって言ってくれて…えへへ…!」
なんだこの天使。
世界の奇跡、ここに現る。
私は咄嗟にしゃがみこんで、彼女の髪をそっと整えた。
「…とっても似合ってるわ、フィロ。まるで、おとぎ話のヒロインみたいよ」
「ほんと!? レオさまもそう言ってた!」
はい、死にました。尊死です。
もう心臓が持ちません。
誰か、聖女の力で私を蘇生して。
しかし、その瞬間。
空気が、すっと冷たくなった。
「ほう。なかなかのお芝居ですね」
声の主は、氷の王子こと第一王子カシミール。
「また貴女ですか。クラリッサ嬢。…そうやって、周囲の心を操るのが趣味なのですか?」
「は?」
何この人。今日も塩撒いて歩いてるの?
しかもフィロの前で、その言い方ってどーなの。
「残念ながら、妹は演技などしておりません。天性の天使力です」
「天使力? ふふ…新しい宗派の導師にでもなるおつもりで?」
くっ…この嫌味100%の笑顔、正直ちょっと好きだけどムカつく!
「ご忠告どうも。ですが私は、ただ妹の幸せを願っているだけですわ」
「…ほう。ならば聞かせていただきたい。この子供たちの婚約が、もし“偽り”だったら?」
その言葉に、フィロの表情が曇る。
(…こいつ…子供に言うか普通…!?)
けれど私は、フィロの背中にそっと手を添えて、笑った。
「偽りだとしても、彼らの絆が本物なら、未来は真実になりますわ」
「…なるほど。ならば見せていただきましょう。その“未来”とやらを」
そう言って、去っていくカシミール殿下。
めんどくさい王子だなあもう!!
でも、私は負けない。
誰がなんと言おうと、あの二人の絆は、私の尊みの源泉なのだ。
たとえ、偽聖女騒動が起ころうと
たとえ、王家に疑われようと
「…私が、妹と王子を守ってみせるわ」
たとえ、聖女の力が暴走してしまっても。
(前フリ)
朝、目が覚めたときにはすでに、家中がざわついていた。
「クラリッサ様、大変です! 教会から…教会からのお使いがっ!」
召使いのメアリーが、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。
ちなみに私は今、寝間着姿でベッドの中。優雅に寝ぼけ中だった。
「…ふぁ…あら、メアリー? 教会って、あの燃えそうなくらいガチガチな教会?」
「はいっ、あの、火炙り大好きな方の教会です!」
おはようございます、聖女バレの危機。
えっ、ちょっと待って?
昨日、妹が転びそうになったから、足元にちょっと風を送って支えたのよ?
あと、レオ殿下が頭痛で顔色悪かったから、こっそりヒールかけただけ!
そんなの、聖女じゃなくて、お姉ちゃんとして当然の対応じゃない!?
でも、どうやら世間は違った。
「奇跡」だったらしい。
は? 違う違う、ただの地味ヒールです。日常使いの。
しかしそれが、王宮の目に止まった。
そして今、こうして教会の“真の聖女判別部隊”が屋敷に押しかけてきたというわけだ。
「クラリッサ・ユリエル・ヴェルステイン殿。主より選ばれし者か、そうでないか。我らが、見極める」
「いやですわ〜、主とかじゃなくて妹命ですの〜」
できるだけしれっとごまかそうとしたけれど
彼らは手に銀の杯を持ち、無言で差し出してきた。
…やばい。これ、魔力反応が出るやつ。
飲んだら光る。めちゃくちゃ光る。
(どうする、私? 逃げる? 逃げたら即・疑惑確定)
だがそのとき。
「お待ちいただこうか」
低く、よく通る声が屋敷に響いた。
現れたのは
「兄上っ!!」
そう。私の実兄、ギルベルト・ヴェルステイン。
超絶過保護で、冷血と恐れられる騎士団長(28)。
愛称:クラリッサ過保護警報。
「我が妹に“聖女の証”などと称して毒を飲ませる真似は、させぬ」
「毒じゃなくて、聖水…」
「黙れ。妹は昨日、春の花粉により喉をやられた。今日は試験には不適切」
(そんな設定、今初めて聞いたよ!?)
だが兄は完璧だった。
冷たい視線と圧で、神官たちをじりじりと後退させる。
「ギルベルト殿、それは正式な手続きに反しております。王家からの命を…!」
「では、王家に問うてみろ。王太子殿下の婚約者の義姉を、ここで無理に試すと、殿下がどう反応するかをな」
「…っ」
ぐっ。なんという政治力。
でも実際、レオ殿下に泣かれたら、国中の老害が全員泣いて土下座するだろう。
そして私はその場で、兄に連れられて部屋へ。
そして始まる、過保護の時間。
「クラリッサ。昨日、魔法を使ったのか」
「う、うん。フィロが転びそうで、ちょっとだけ…」
「何度言えばわかる。力を使うな。見つかれば命を狙われる」
「だって…妹が…! レオさまが…!」
「…はあ…」
兄は深く息を吐いて、私の額にそっと手を当てた。
「お前は昔からそうだ。人のために、命を削る」
「それは兄さまも一緒よ」
「…俺は騎士だ。だが、お前は“普通の令嬢”でいい」
「普通の令嬢が、こんな尊みの渦中にいられると思ってるの!?」
「尊みって何だ」
「心の栄養です!!!!!」
我々は、平行線である。
でも、兄の言葉にほんの少し、心が軽くなったのも事実。
どんなに力があっても、どんなに危険でも、誰かが信じてくれるだけで、人は前を向けるのだから。
そう、私はまだ聖女とバレていない。
ギリギリのラインで、この世界で“お姉ちゃん”として、生きている。
「絶対に、妹と王子を幸せにしてみせるから」
たとえ、教会に目をつけられても。
たとえ、私が“聖女”であることを、誰かが知ってしまっても。
守るべきものが、ここにある限り私は負けない。
そしてこの直後、フィロとレオの「尊い手紙のやりとり事件」が発覚するのだった。
それは、夕方の紅茶タイム。
私、**クラリッサ・ユリエル・ヴェルステイン(転生済み・元社畜OL・現在は行き遅れ男爵令嬢)**は、今日も今日とて、妹のフィロと王太子レオさまの可愛さに頭を抱えていた。
「お姉さま、今日もレオさまからお手紙が…!」
「うふふ、そうなのねフィロ。どれどれ、見せてごらんなさい?」
と、涼しい顔して受け取ったけど
中身が、尊死レベルで可愛い。
**レオからの手紙(抜粋)**
《きょう、きみが わらってくれて うれしかった。
つぎのティータイム、ぼくのいちばんすきなクッキーをもっていくよ。
でも、たべてほしいのは きみにだけ。》
「ふ、ふ、ふふふ…ふぎゃぁぁあああ!!かわいすぎるゥゥゥ!!!」
思わずテーブルを抱きしめながら床を転がる。
ごろごろごろ…(紅茶カップはしっかり手に持ってるあたり、OL時代の名残)。
「お姉さま、たいへんです! いっしょに日記をつけようって言われましたっ」
「なに、それは、“交換日記”ってこと!?」
「はいっ! この、かわいいノートに、今日から書くの!」
フィロが満面の笑みで取り出したのは、
金糸の刺繍が施された、王宮謹製の豪華なノート。
中にはすでに、レオさまの字でこう書かれていた。
交換日記1ページ目
《きょうのフィロは、ふわふわのワンピースで、まるで おひさまの こどもでした。
ぼくは フィロの わらいごえが だいすきです。
つぎは、フィロの すきな いろを おしえてね。》
「うっっっ…(号泣)」
私は手帳を抱きしめ、心の中で叫んだ。
“推しが公式でイチャつき始めましたぁあああ!”
もうこれは、令嬢界の尊み爆弾。心が持たない。
このままでは私、聖女バレの前に感情が限界突破する。
「お姉さま、わたしも、お返事がんばるね!」
「ま、まってフィロ…!!書く前に、まず構成を決めましょう? 起承転結とか…表現技法とか…」
「? フィロ、きもちを書くのがだいじって、レオさまに教わったの」
(レオさま、教育も完璧か…)
フィロが一生懸命ペンを走らせるのを見守る私。
その様子を、ほんの少し離れた書斎から、あの兄がちらちらと見ていることに私は気づいていた。
ギルベルト兄上。あなたもやはり、我が妹に甘々なのですね。
しかし、そんな平和な午後も、長くは続かなかった。
屋敷に届いた、一通の黒い封筒。
それは
第二王子・カシミール殿下からの、招待状。
「“クラリッサ・ヴェルステイン令嬢へ。貴女に、興味がある”…?」
なんで私にくるの!? 妹じゃなくて!?
妹狙いじゃないの!?(たしかに私は前世社畜で今令嬢だけど、もう30よ!?)
「まさか…妹とレオさまの関係に、何か邪魔が…?」
胸騒ぎが止まらない。
だってあのカシミール殿下、妹と正反対の冷徹キャラで有名なのよ!?
それが今になって私を名指し…?
いや、きっと何かある。
そうだ。これは試されてるんだわ。
“推しカプ見守りお姉ちゃん”としての覚悟が。
「…よし」
私は立ち上がった。
「妹とレオさまの未来を守るため、クラリッサ、行ってまいります!」
その瞳には、まるで過労死時代のプレゼン突入前OLの決意のような輝きが宿っていた。
「貴女に、興味があります」
その一言から、私の“妹と王太子の尊い恋をひたすら見守るだけの人生”に、
まさかの横やりが入ったのだった。
黒髪に金の瞳、冷徹さと知性を兼ね備えた第二王子、カシミール・ルヴァン・エルディス殿下(12歳)。
噂では「天才」だの「冷酷」だの「婚約者を3人フッた男」だの、ろくな評判がない。
その彼が、わざわざ私**クラリッサ・ユリエル・ヴェルステイン(行き遅れだけど妹溺愛)**に個別招待状を送りつけてきたのだ。
「…それで、何の御用でしょうか?カシミール殿下」
私は完璧な令嬢スマイルで問う。
中身が過労死OLとは思えないプロの社交術。
まあ、社畜時代に比べれば、王子一人と会話なんて、屁でもない。
「単刀直入に言おう。…君、聖女だろう?」
「…へ?」
いやいやいやいや。
「な、なにを仰って…?私が、聖女ですって…?(動揺)」
「取り繕う必要はない。君が使った“あの光”
去年の春、迷子の竜の子供を救った時に使った、あの浄化魔法。
宮廷魔導師の分析でも、聖属性の痕跡が確認されている」
「ッ…(しまった、やっぱりあれ見られてた!?)」
あの時はまだ、前世から持ち越した聖女スキルが出たばかりで、制御も不完全だった。
確かにフィロと散歩中、竜の赤ちゃんに襲われかけて、
反射的に“ホーリーフレア”をぶちかましたっけ…(なにその技名こわい)。
「君が聖女だと公表されれば、当然、教会も宮廷も動く。
第一王子レオ兄上との婚約者である君の妹にも、影響が出るだろうね」
「…何が言いたいのです?」
「取引をしよう、クラリッサ嬢」
その笑みは、いけ好かない天才貴族そのものだった。
「君の正体を黙っている代わりに、僕に協力してもらう。
…この国の未来を守るために」
「…は?」
急にスケールがデカい。
「君の力が必要なんだ。兄上とフィロ嬢の未来を守るには君の“聖女の力”と、“社畜根性”が」
「後者、バレてる!?!?」
思わず机をばんと叩き立ち上がる。
「お言葉ですが殿下、私の第一目標は“尊い二人の恋を見守る”ことでして、
世界の平和とか、第二王子の陰謀とか、今はどうでもいいんです!!!」
「…君、面白いね」
「聞いてました!?」
まったく、こいつ何なんだ。
妹の尊さを守るためなら、隠しスキルでも魔法でも何でも使うつもりだったけど、
それを“国家レベルで見られてた”とか、想定外すぎる…。
「まあいい。すぐに答えは出ないだろう。だが、君はそのうち僕の頼みを聞くことになるよ」
そう言い残して去っていくカシミール殿下。
残された私は
「やばい。マジで推しカプに邪魔が入るかもしれない」
妹を守るために隠していた力が、
かえって、王国規模の事件の引き金になろうとしているだなんて。
やだ、これもう“尊さと国家の間で揺れるアラサー転生令嬢”じゃない…。
「フィロ、レオさま、お願い…平和に恋してて…!」
私は手を合わせ、来たる嵐にそなえるのであった。
(ちなみにこの時の祈りは、しっかり聖属性として空に吸い込まれていったのは内緒)
その日、私は確かに聞いていた。
妹・**フィロ(8歳)**が、王太子・**レオ(8歳)**に「勉強のお手伝いをするの♡」と可愛らしく言っていたのを!
だから私は安心して、庭園の読書タイムを満喫していた。
お茶はアールグレイ、スコーンは自家製ベリージャム付き。
尊い恋愛観察も一時休憩、これぞ貴族令嬢の優雅な午後
「お姉さま、たいへんです!!」
「ぶっ!?」
召使いのアナベルが血相を変えて飛び込んできたせいで、スコーンが吹っ飛んだ。
おい、これ一口しか食べてないぞ!?尊さの供が…!
「どうしたの、アナベル!?まさか」
「フィロお嬢さまと王太子殿下が…あの、廊下の角で…その…!」
「その?」
「…壁ドンを!!」
「」
アナベルの言葉が、雷のように私の脳天を撃ち抜いた。
壁ドン!?
この異世界にもあるの!?文化的輸入!?
いやそこじゃない!妹が!?王子に!?!?
私はスコーンそっちのけで全力ダッシュした。
目指すは、宮廷学習棟の第三回廊、問題の現場。
そして私は見てしまった。
「…僕のこと、避けてるだろ?」
「そ、そんなことありませんっ…!」
廊下の角にフィロを追い詰める形で立つ王太子レオ。
その右手は壁にピタリと付き、
フィロの細い肩のすぐ横にある。
まさに、完璧なる壁ドン体勢。
「こ、これ、どういう状況!?!?」
思わず声が漏れたが、彼らには届かない。
二人の世界は、既に始まっていたのだ…。
「僕、君のこと…好きだよ。いつも笑ってくれて、頑張ってくれて…一緒にいると、安心するんだ」
「っ…!レオさま…」
わわわ、告白!?8歳ってこんなに感情表現豊かだった!?
フィロの目にうるっと涙が浮かんでいるってちょ、まっ、
「子どもたちよ、ちょっと待ったァァァアア!!」
「お姉さま!?」
やばい、つい叫んだ。
でも無理。理性じゃ抑えられなかった。
だって今にもハグしそうだったんだよ!?
このまま尊死してしまう!
「ま、まだ、お二人はご婚約の段階ですし!?そ、その、ハグとか、こ、告白とか、あの、その、順序ってものが…ッ!」
「クラリッサ嬢、盗み聞きはマナー違反だよ?」
「はいごめんなさい正論です!」
王子のつっこみに即土下座しかけたけど、ぐっと堪えた。令嬢だから。
レオは困ったように笑ったあと、フィロの手をそっと取り、
「ちゃんと、結婚できるように、僕、立派な王になるよ」
なんて、さらりと爆弾を落としてくる始末。
フィロもフィロで、顔真っ赤にして「…待ってます」とか言うし!
「だめです尊すぎます尊みが過剰摂取でオーバーフローですううう…!」
私はその場に崩れ落ちた。
可愛い。
可愛いんだけど、もう限界超えてきた。
この二人、将来どうなっちゃうの!?
私は無事に成人式を迎えられるの!?
その晩、私はティーカップを片手に、夜空を見上げてこう呟いた。
「…神様、お願いです。
尊いのはいいけど、せめてもう少し心臓に優しい尊さでお願いします」
空は静かに微笑んでいた。
明日もまた、尊死との闘いが待っている。
フィロの誕生日は、王宮でも一大イベントだった。
なにせ彼女は“王太子の婚約者”、そして“謎の治癒能力を持つ天使のような少女”として一部で噂されている。
もちろん、前者は公式。後者は私が裏で流したが、真実なので問題ない。
「うちの妹、奇跡の8歳児だから」と各方面に語って回った張本人=私
「それにしても、第二王子・シリル様が来るなんて聞いてないんですけどぉぉぉ!?」
私は自室でドレスをひっぱり出しながら叫んでいた。
ええ、第二王子。
王太子レオの二歳下の弟(つまり6歳)。
王家のサラブレッドにして、腹黒ミニマリスト系男子である。
「なんで彼が今さら妹の誕生日に顔出してくるのよ〜〜ッ!?」
私は思い出していた。あの時の、彼の目を。
幼くも、どこか人を見透かすような、底なしの瞳。
「…ねえ、クラリッサお姉さま」
「なに、シリル坊や」
「フィロお姉さまって、すごく“人気者”なんだね」
「…どういう意味?」
「ううん。僕も、欲しくなっちゃっただけ」
あの時、私は確かに感じた。
この子、ヤバいやつだと。
正面からフィロを奪うタイプじゃない。
笑顔のまま罠を仕掛けて、周囲から囲んで、気づいたら**“いつの間にか選ばれていた”**そんな天性の腹黒貴族。
「フィロが危ない…!」
私はそう確信し、誕生日会の裏方にまわることを即決した。
表の司会進行は王宮の侍従に任せ、私は花の位置から座席の並びまで完璧に監視。
ケーキの下に毒が仕込まれていないか?
プレゼントに呪詛が?
招待状に謎のルーン文字が…?!
そんな妄想もなんのその。
「よし!妹の幸せは、姉が守る!!」
私は黒スーツのフリル付き(全力で可愛さは死守)を纏い、任務に就いた。
そして、事件は起きた。
ケーキ入刀じゃなくて、ケーキお披露目の瞬間。
フィロの前に、1人の少年が現れた。
「誕生日おめでとう、フィロ姉さま」
「シリル様…?」
シリル・リュミエール・フォン・グランツ第二王子。
金の巻き毛に、にっこりと微笑む小悪魔スマイル。
手には、真っ赤なバラの花束。
6歳児とは思えない色気(一部お姉さま方談)。
「僕からのプレゼントだよ」
「わあ…きれい…!」
思わず受け取ってしまうフィロ。
そこで私は、見逃さなかった。
「その花、花弁の中央…ルーン!?!?」
隠し文字!?
私は咄嗟に飛び出した。
「そのバラ、ちょっと失礼精霊の風よ、真実を見せて!」
【聖女パワー、ちょい使い発動】
すると、花弁がふわりと開き
文字が浮かび上がった。
『君に“選ばれてほしい”。僕の未来に』
\プロポーズやないかーい!!!/
「6歳児が!!誕生日に!!人の妹に!!結婚の打診してんじゃなーい!!!」
「お姉さま!?な、なんで魔法!?!?」
「フィロ、逃げてー!こいつ危ないからァァァ!!」
私は全力でバラを無害化(魔法で燃やした)し、シリルの前に立ち塞がった。
「第二王子殿下。妹は、まだ早いです。精神年齢的にも、物理的にも、すべての意味で!!」
「…クラリッサお姉さま。やっぱり、邪魔しに来たんだね」
「当然でしょうがああああ!!」
バチバチと火花が散る、姉 vs. 第二王子の静かな戦争。
こうして、フィロの誕生日会は一応、滞りなく終わった。
(王太子レオは、ずっと不機嫌だった)
フィロの誕生日会を終えた翌日。
王宮の一角で、私はまた新たな問題に直面していた。
それは、突如として現れた一人の転校生彼の名前は、シルヴァ・クロヴェール。
それを知った時、私はつい声を上げてしまった。
「はあぁ!?シルヴァ様!?なんで急に転校してきたんですかっ!!?」
王宮内でわざわざ転校生!?しかも貴族系ではなく、どちらかというと…
シルヴァ・クロヴェールは、王太子レオや第二王子シリルとはまた違った意味で異彩を放つ少年だった。
その美しい銀髪に、冷徹な眼差し。
まるで人間味を削ぎ落としたかのような、無表情な顔立ち。
彼は、なんと王宮の教育機関で、特殊な教育を受けていたことがあるというのだ。
彼の正体は、王家直属の「特別教師の生徒」という、極秘プログラムの一環だったらしい。
そのため、貴族の中でもいわくつきの存在。
そして、彼が言うには
「僕は、フィロ姉さまと…結婚します」
それを聞いた瞬間、私は心の中で完全に固まった。
「え…ええ!?待って待って!なんでまた急にそんな宣言を」
「必要ないでしょ?フィロ姉さまは僕のものだから」
シルヴァはまったく感情を込めることなく、冷たく言い放った。
その目にはまるで、一片の迷いも感じられなかった。
「やだ、こいつ…普通じゃない」
私は心の中で叫んだ。
フィロに対して、今までで一番強烈に“不安”を感じた瞬間だった。
その後、シルヴァは王宮内でさらに謎めいた存在となり、次第にフィロに執着し始めた。
毎日のように突然現れて、フィロに自分の「贈り物」を押し付ける。
手作りの本や、特製の魔法アイテム、さらにはその冷静な顔に似つかわしくない可愛らしいぬいぐるみまで。
だが、フィロは一貫して無表情で答えながらも、心の中では困惑していた。
「クラリッサお姉さま、この子って…ちょっと怖いよ」
「あの子は、たぶん“恋愛”に関して何か間違って覚えてしまったのね」
「えっ、恋愛って…?」
「つまり、あの子、妹を『所有物』だと思っているってこと」
私は深刻に答えた。
フィロがまだ8歳だから、恋愛というものがどんなものか理解していないのは仕方ない。でも、シルヴァはどう見ても「“お姫様を守る王子様”ではなく、逆に監視し続ける魔王様」のようなタイプだった。
彼がフィロに執着しすぎるあまり、まるでフィロを自分の手のひらの中で操ろうとしているように思えたのだ。
「シルヴァ君には、早めにお引き取りいただかないとね」
私はもう一度、自分の決意を新たにした。
私の妹に、そんな怖い思いをさせるわけにはいかない。
だが、シルヴァはそれだけでは終わらない。
次に彼が仕掛けてきたのは
「フィロ姉さま。僕の目の前で、このバラの花を受け取ってほしい」
そして差し出されたのは、赤くて、真っ赤で、まるで
「な、なんでそのバラ…その花、呪いがかかってるよね!?」
「まあ、あなたがそう思うのは仕方ない。でも、あの子は受け入れる」
シルヴァはひときわ冷酷な目で私を見つめ、言い放った。
「君には、フィロを守ることはできないよ、クラリッサお姉さま」
その瞬間、私はシルヴァの恐ろしさを感じた。
彼の目は、ただの無表情で冷徹なものではなかった。
その瞳の奥には、どこかで“自分の力でフィロを引き寄せようとする力強い欲望”が確実に宿っている。
まさに“ヤンデレ”だ。
シルヴァはただの転校生ではない。
彼はまるで、フィロを自分のものにするために生まれてきたかのような存在だった。
私が彼に対抗するには、何か他の手を使う必要がある。
彼に勝てる方法は
「クラリッサお姉さま、私、どうしたらいいのかな…」
フィロがぽつりとつぶやいたのは、夕食後のティータイム。
お気に入りのバラのティーカップを両手で包みながら、伏し目がちにお菓子も食べずにいた。
「シルヴァ様が、今日もまたお手紙をくれたの。でもね…ちょっと、怖かったの」
「どんな手紙だったの?」
私はできるだけ優しく、心を落ち着けるように問いかけた。
だが、内心では【またか!】とツッコミを入れながら、怒りで紅茶が冷めるのも忘れていた。
「…“君の涙は見たくないから、泣く前にすべてを壊してあげるよ”って」
「こっっっわぁぁぁぁ!!?」
思わず紅茶を盛大に吹き出しそうになった。
ダメだこいつ、完全に病んでる。ヤンデレ度、レッドゾーン突破してる。
しかも、相手は**うちの妹(8歳)**ですよ!?
なんでそんな闇ポエムを送る!?まさかの破滅型!?やめて!!
「で、その後にね、“お姉さまには近づかないで。あの人、君を僕から引き離そうとしてる”って書いてあったの」
…はい、完全にロックオンされてますね、わたくし。
クラリッサ・ノア・アルフェリシア、本日をもって、ヤンデレ幼馴染系転校生から命を狙われる姉となりました。
これも全部、尊すぎる妹と王子の恋を守るため。負けてられません!
「姫さま、これを。情報屋からの報告です」
翌日。
私はこっそり王宮の隅で、“闇のギルド”とも言える情報網のエージェントから報告書を受け取った。
聖女パワーでスカウトしておいた、極秘スパイです。
彼が掴んだ情報は、信じられないほど衝撃的だった。
「…シルヴァ・クロヴェール。かつて“王家直属の魔導研究実験体”として育成された、孤児の天才。感情制御に異常があり、感情の対象が一つに偏る傾向あり。恋愛感情の未成熟による“支配欲”を示す」
「やっぱりヤンデレだったー!!!」
誰もいない中庭で叫んだ。やっぱり、私の直感は正しかった。
このままでは、フィロが本当に危ない。
でも、彼を退けるにはあえて“正面からぶつかる”必要がある。
そして、私は動いた。
午後の授業後、私はフィロとレオをわざと同じ空間に呼び出した。
そこに、シルヴァが現れることも計算済み。
お膳立ては完璧。
あとは、私が“敵”として、はっきり立ちはだかるだけ。
「シルヴァ・クロヴェール。あなたの言いたいこと、全部聞かせてもらうわ」
「…クラリッサ姉さまは、やっぱり僕の邪魔をするんだね」
「そうよ。でもね、それは妹を“誰のものにもさせたくない”からじゃない」
私は堂々と宣言した。
「私は、フィロの“幸せな未来”を守りたいの。それがたとえ、あなたであっても構わない。だけど、“愛”じゃなくて“所有”で縛ろうとするなら、私は何度だってあなたに立ちふさがるわ!」
沈黙。
風が静かに吹き、シルヴァの銀髪が舞う。
その目に、初めて迷いが浮かんだ。
「…僕は、ただ、怖かっただけなんだ」
彼がぽつりとこぼしたその言葉は、かすかな震えを伴っていた。
「フィロ姉さまが誰かに取られるのが、怖かった。失うのが、怖かった」
「ならば、それを“優しさ”で守ってあげて。縛るんじゃなくて、隣で支えるの。もしそれができるなら、私はあなたを敵だとは思わないわ」
しばらくの沈黙の後、彼は初めて目を伏せ、小さな声でつぶやいた。
「…わかったよ。もう少し、考えてみる」
そして、彼は静かにその場を去っていった。
「お姉さま、ありがとう。…私、自分の気持ち、もっとちゃんと考えたい」
フィロは微笑み、レオの方を見た。
その瞳には、まっすぐな想いが宿っていた。
レオは照れくさそうにそっぽを向いたが、耳が真っ赤だった。
(ああ…これこれ。この空気…尊い~~~~~~!!)
私は心の中で絶叫しながら、優雅に紅茶をすする。
妹の未来も、レオの気持ちも、そしてあのヤンデレの想いさえも
私は全部、守ってみせる!
春。
王都アルフェリシアにも、優しい風が吹き抜ける季節になった。
陽だまりの中、王宮附属学院の中庭には、色とりどりの花が咲き誇り、
正装に身を包んだ子どもたちの笑い声が響く。
「クラリッサお姉さま、見て! レオ様が…私に花冠を…!」
「えっ、あ、あらまあ…尊…っ(尊死)」
フィロの頭に、慎重に花冠を乗せる王太子レオの姿。
照れたように目をそらしながらも、口元は緩んでいる。
「…卒業、おめでとう。これからも、ずっと一緒にいよう、フィロ」
「う、うん…!」
尊い。
もう尊すぎて姉、限界。完全に感情が沸騰しました。
これは歴史に残る、8歳と8歳のピュア・ラブ伝説ですわ!
卒業式のあとの謝恩会で、私はこっそり王宮の奥へと足を運んだ。
自室の隠し部屋。そこには、ずっと封印していた“聖女の杖”が眠っていた。
「そろそろ、旅立ちの時ね」
この数年間、フィロとレオの関係を守ることに全力を注いできた。
時にはヤンデレ王子と戦い、時には王宮の陰謀をかき消し、時にはゴシップ記者を黙らせ
あ、あれはちょっとやりすぎだったかしら。でも、愛ゆえよ。
そして、ふと思う。
私は、転生してやり直した人生で、ちゃんと“好きなもの”を大切にできた。
妹の笑顔を、あの子の初恋を、そして
「クラリッサお姉さまっ!」
フィロの声。ドレスの裾をひるがえして、駆け寄ってくる。
「どこに行くの? 旅に出るって、本当なの?」
「ええ。でも安心して。ちょっと“自分探し”の聖女旅よ。世界の平和を守りに行くだけだから」
「えっ、それって全然安心できない気がするのだけど!?」
「ふふ、大丈夫。フィロとレオの未来を邪魔する奴は、もういないもの。
だから、あなたたちは思う存分、愛を育みなさいな。お姉さまは、それが何より嬉しいのよ」
フィロが涙ぐみ、ぎゅっと私を抱きしめた。
「ありがとう、お姉さま。私、絶対に幸せになるから!」
「ええ、幸せになりなさい。私の、大切な妹」
数日後
アルフェリシア王国の片隅で、噂が流れる。
「南の魔境が浄化されたらしい」「聖なる風が吹いたとか」「謎の美女が現れて…」
その姿を見たという者は、決まってこう言う。
「黒髪を揺らして笑う、美しいお姉さまだった」と。
そう、彼女の名は
クラリッサ・ノア・アルフェリシア。
転生OL、元お局、現・世界を裏から救う“匿名聖女”。
彼女は今日も、どこかで誰かの「尊い」を守っている
おしまい