映像制作会社 2/4 戦端が開かれる
赤柳はラップトップを開発者モードに設定し、特殊なツールで基幹システムを解析してみたところ、プログラムの奥深くに隠された不正の痕跡を見つけてしまった。それは、自社のAI管理システムの中に組み込まれた二重帳簿。表向きは完璧に見えた帳簿の裏側で、莫大な利益が不正に操作され、フリーランスエンジニアの報酬が大幅に削られ同社は利益を上げ続けている証拠が見つかったのだ。
「さっきの女性の夫だけじゃない…。こんなにも沢山の人に…。」
ついにそのからくりを暴いた赤柳は、真実を知った怒りを抑えられなかった。
すぐさま経営陣直通の緊急回線を開き事実を問い詰めた。しかし、彼が想像していたような誠実な対応は一切なく、経営陣は冷淡に微笑みながら「君は何も知らなければ良かったんだ。」と言わんばかりの態度で赤柳を黙らせようとした。そして、この問題を公にしようとする赤柳に、彼らはある意味で「処罰」を与えたのだ。
「そんなことより赤柳君。たった今舞い込んできた政府からの超大至急の案件だ」と、社長が言った。「国民に対する新法案を説明する為のプレゼン用の映像を、君が明日の朝までに仕上げろ。これは私から…いや、国家からの特命だ」
それは、赤柳を管理業務から遠ざけ、会社の重要案件を無理やり押し付ける罠なのか。彼が二重帳簿について更に掘り下げる時間を奪い、精神的に追い詰めるための策略であることは明らかだった。本当か嘘かはわからないが、案件の規模は政府直属の法案に関するものであり、失敗すれば会社の損失は計り知れない。
だが、赤柳は命令を無視した。どうしても今の自分に従順でいることはできなかった。彼の心の中では、不正と闘う決意が沸々と湧き上がっていたのだから。
「この状態では受ける事は出来ません!」
その結果、赤柳はその場で即刻懲戒免職となり、呼び出された警備員により強制的に社外へ放り出された。会社は彼を無慈悲に切り捨て、裏切った。もちろん、自社システムへのアクセス権限を強制的に取り上げる為にだ。
しかし、彼もただ泣き寝入りしなかった。後日、赤柳は全財産を投じ、優秀な弁護士を雇い、徹底抗戦の姿勢を貫いた。会社の不正を暴き、経営陣を法廷に引きずり出そうと戦ったのだ。
だが数か月間の戦いもむなしく、大企業の強大な資本力とコネクションには、いくら赤柳が足掻いても勝てるものではなかった。証拠は隠蔽され、真実は闇に葬られる形になり裁判にも敗れ、赤柳は名誉も財産も失った。彼の人生は崩壊し、何もかもが無駄に終わったかのように見えた。ただ、やり場のない怒りと絶望が彼を包み込んだ。
自分の無力さに打ちひしがれて今にも雨が降りそうな厚い雲に覆われた街中を徘徊しているある日、街中のサイネージが一斉に同じニュースを流し始めた。
「日本政府、パージ法を発表」
画面に映し出される総理大臣の表情は、いつになく硬く、静かに国民に向けて語りかけていた。
「国民の皆様、これより我々は、新しい時代を迎えます。2025年8月15日19時をもって、初のパージ法が施行されます。この法の下では、12時間、すべての犯罪行為が合法化されることになります。国の更なる成長と秩序維持のため、ご協力をお願い申し上げます。」
赤柳はその瞬間、胸の奥に重く沈んでいた何かが、ゆっくりと形を変えたことを感じた。
12時間の無法――それは彼にとって、何よりも重要な機会だった。
「パージまで3か月か…これを逃すわけにはいかない……」
心の中で確信した赤柳は、復讐の準備を始めることを決意した。彼は今やすべてを失った身だった。だが、12時間だけ与えられたこの自由な時間で、あの経営陣たちに代償を払わせることができるのではないかと。システムを熟知している自分だからこそ、あの会社を崩壊させる手立てはある。すべての憎悪と悲しみを、この一夜にかける覚悟はすでにできていた。
赤柳の静かな復讐が、ここから始まるのだ。