表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

映像制作会社 1/4 嵐の予兆

映像制作会社ゾーンアングルは、表向きには成功を収めた企業だった。震災や疫病により多くの企業が廃業に追い込まれる中、同社は生き残りを果たした数少ない中小企業の一つである。経営陣と営業部門が連携して顧客を開拓し、事務作業はすべてAIによる自動化を導入。最小限の工数で運営管理が可能なシステムを自社で構築していた。また、実際の制作作業は外部のフリーランスエンジニアに委託し、社員は管理業務に専念するという効率的な手法を取り入れ維持することで、粗利率も着実に伸ばしてきた。


企業のチョコレート戦略で街全体が浮わついている金曜日。社員たちは、案件の締め作業や請求書の申請確認に追われ、終電が近づく時間帯までオフィスで作業をしていた。そんな中、突然、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。


制作部の部長、赤柳あかやなぎ 優斗ゆうとは「こんな時間に誰だ?」と疑問を抱きながらも、入口へと向かった。そこに立っていたのは、赤ちゃんを抱いた一人の女性だった。会社の雰囲気には全く似つかわしくない光景に、赤柳は一瞬ギョッとした。


「……」

女性は一言も発せず、無表情のままエントランスの会社ロゴを見つめていた。


「お客様……?」

受付スタッフが戸惑いながら声をかけるが、女性は何も言わず、視線も合わせようとしない。形容しがたい暗い雰囲気が漂っている女性に対し困惑する受付嬢をよそに赤柳は丁寧に声をかけた。


「制作部の赤柳です。本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」


その瞬間だった。女性の抱っこ紐の隙間から、キラリと光る物が見えた。

それは果物ナイフだった。


女性の目が突如見開かれ、赤柳を睨みつけるように視線を固定した。


「私の旦那は、この会社に殺されたのよ!何度も何度も『来月には支払う』って言われ続けて、最後には『発注主が苦しい状況だから、支払いは見送らせてくれ』って……。でも、あの人は私とこの子のために、寝る間も惜しんで働いたのよ!その結果、過労で倒れて二度と起き上がらなかったわ!」


女性はナイフを握った手とは反対の手で、書類を乱暴に取り出すと、それを赤柳に向かって投げつけた。白いハトが飛び立つかのように、複数枚の紙が宙を舞い、赤柳の足元に散らばった。


赤柳はその一枚を拾い上げると、それがゾーンアングルから依頼された発注書であることを確認した。しかし、その内容を見た瞬間、赤柳の表情は強張った。確かに、自分の部署が関わった案件であり、内容も把握していた。しかし、そこに記載されていた金額は、赤柳が認識している額の半分以下だった。


「あの人を返してーーー!」

女性の叫び声が響き、赤柳の目の前に鋭いナイフの先端が迫ってきた。瞬間的に「刺される」と感じた瞬間、幸運にも警備員が駆け付け女性は取り押さえられた。彼女はそのまま警備室へと連行されていった。


その後、警察が到着し、現場検証や事情聴取が一通り終わった。経営陣からは全従業員に帰宅命令が出されたが、赤柳は「どうしても今日中に片づけなければならない作業がある」と言い残し、オフィスに一人残った。


ポケットに隠しておいた数枚の発注書を広げ、赤柳は自社の案件管理システムの管理者画面を開いた。システムは、一般従業員用の案件入力レイヤー、管理職用の従業員の工数管理・進捗確認レイヤー、そして経営陣しか閲覧できない顧客の信用情報や経営に関わる損益状況を確認するレイヤーの3段階構造になっていた。


赤柳は腑に落ちていなかった。「全てを自動化している基幹システムから、金額の間違えや顧客都合で支払いの滞納がある事なんて…」

女性が持ち込んだ発注書に記載された案件番号をシステムで検索したが、どれだけ探してもヒットしなかった。一瞬、女性の夫であるエンジニアが不正に書き換えた可能性を考えたが、心の片隅で別の疑念が次第に膨らんでいくのを感じていた。


経営陣による不正の可能性である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ