第七話 『纏(まとい)』
ここから新章(アニメでいうと二話目)突入です!
舞桜は昨日のことを回想する。
一人前の戦巫女でさえも討伐が苦労するとされた成体を一瞬で屠った、圧倒的とも言っていい戦闘力。それだけでなく、美しさまで兼ね備えた奇跡の存在。
これが真白院天美の現在地なのだ。
誰がどう見ても完全無欠な少女だが、舞桜だけは僅かな違和感を感じ取っていた。
悲しげな目をしていた。誰かに助けを求めているような、そんな目をしていた気がする。昔から彼女のことを見ていた舞桜だからこそ感じ取った機微だ。
真意は分からない。だが、真意を確かめるにも彼女を助けるにも、強くなって彼女と同じステージに立たなければならない。
――強くならないと。たくさん鍛えて。
そんな想いを胸に刻み、二日目に挑む。
一組の訓練生はどういうわけか、花園の敷地内にある池に集められていた。
時刻は朝七時。四月ということもあり、これくらいの時間だとまだまだ冷え込み、肌に冷たい風が伝わってくる。ちなみに、訓練生の全員が、行衣という白い装束を纏っている。
「こんにちわんこそば! 紅奈ちゃん、零亜ちゃん!」
「おっす、舞桜! というかさすがにこの時間は『おはよう』だろう」
「……おはよう。……あー眠いしんどい眠いしんどい眠いしんどい眠いしんどい眠い」
紅奈は頬に、零亜は腕に傷あてが貼られており、昨日の魂魔襲撃は夢ではなかったということを実感する。
「そういえば、怪我は大丈夫なのか、舞桜?」
「うん。ごめんね……ボクたちのせいだよね……」
昨日の魂魔襲撃で、一番の重傷を負ったのは舞桜だ。戦闘後、舞桜は念のため花園内の戦巫女の治療を行っている部門、『救護局』で診てもらっていた。
「ぜんぜんへーきだよ! ほら、この通り! だから二人ともまったく気にしなくて大丈ぶい!」
舞桜はピースサインを作り、身体をぴょんぴょんと跳ね、問題ないことをアピールする。
「そ、そうか……! 舞桜もヒーローみたいだな!」
「よかった……ほっとしたら眠くなっちゃった……」
「うん。だから今日からまたタノワクで頑張っていこうね、二人とも」
――嘘である。本当は痛みが残っている。
二人に心配かけたくないし、二日目から休んでいたら確実に置いてかれる。ただでさえ一般家系の身で、他とは後れを取っている。そんな状況で休んでいては、天美と一緒に戦うなんて夢のまた夢だ。
だから舞桜は多少の無理をしなければならない。
そうこうしていると、ここに訓練生を集めた張本人である煌紀がやってきた。しかし様子がおかしく、目が充血していて足取りもおぼつかない。
「全員揃ってるか~。あー、頭痛ぇー。吐きそう。げほがはっ!」
煌紀はせき込むと、口から痰を吐いた。
訓練生がその様子にドン引いていると、煌紀はお構いなく話を続ける。
「うぇー、いいか、何となく察している奴もいると思うが、これからオメェらにやってもらうのは禊だ。真水に浸かることで穢れを祓う。これで魂を浄化し、眠っている魂力を引き出しやすい状態にする。戦巫女が昔からやっている古典的な修行法だ。
いいか……昨日も話した通り、魂力とは魂そのもののことでもある。魂力を磨く上で、魂の純粋さは必要不可欠だ。つーことで、オメェらはこれからそのきったねえ魂を洗い流してこい。先ずはそこから……だ。うぇー、げほっごほっ、わりい二日酔いで……」
……あんたの魂が一番きったねえだろ。
と、一同はそんなツッコミを心にしまい込んで禊に臨む。
ここにいる者たちは生半可な気持ちでここにはいない。戦巫女になるためだったら多少の苦行は覚悟の上だ。
少女たちの柔肌に冷酷な真水が襲い掛かる。ブルブルと身体が震える中、両手を合わせ必死に耐え忍んでいる。
「紅奈ちゃ~ん♪」
「やったな、舞桜~」
そんな中、舞桜と紅奈のお気楽コンビは、まるで真夏の海に来た時のようなノリで水をかけあっている。
「…………辞めよっか」
「…………ああ」
しかし周囲からの冷ややかな視線を浴び、ふざける場面ではないと早々に悟った二人は、直ぐに真面目に取り組んだ。
「……あ。奥に滝があるからな。行ける奴は行ってこい。滝行も魂力を鍛える立派な修行法だ」
水辺の奥にはいかにも冷たそうな滝が激しい音を立てて流れていた。
が、いくら何でも朝の冷え切った水で滝行まで参加する強者は……。
「我はヒーローになる人間だ! 滝行くらいこなせんようではな!」
……いた。
紅奈が果敢にも、滝のもとへ飛び込んでいく。皆はその様子を、固唾をのんで見守った。
「うおおおおおおお‼ 我はヒーローになる者だ‼ こんなところで足踏みしているわけにはいかん‼」
気合と根性で押し切る、そんな気概で紅奈はうら若き乙女とは思えないような猛々しい声で滝行を耐え抜いていた。その頑張りに、おお、と、訓練生たちから自然と拍手が沸き上がった。
それから、訓練生たちは学園内にある畳の間に集められていた。百二十畳ほどの広さを誇る、宴会ができそうな広間に一組の訓練生、三十名ほどが集められていた。訓練生の前には煌紀が木刀を地面に突き刺して、仁王立ちしていた。
「今日から本格的に『纏』の訓練に入る。纏とは昨日話した通り、具現化した魂力を主に神器・身体に纏わせて戦う、戦巫女の基本となる戦闘技法だ。
魂力を纏わせ身体能力や神器の攻撃力を向上させたり、魂力自体を飛ばし攻撃したりと、やれることはいろいろある。しっかりとマスターしろよ。
今から『纏の四大基本技法』を教える。最低限、この四つの技法をマスターすれば戦えるようになる。しっかり頭に叩き込んでおけ。
一つ、『閃撃』。魂力を神器に集約させ、神器の威力を高める技法。
二つ、『閃光』。神器から魂力を撃ち放つ技法。
三つ、『金剛』。魂力を腕に集約させ、超人的なパワーを得る技法。
三つ、『転衣』。魂力を脚に集約させ、超人的なスピードを得る技法。
以上、四つ! 一刻も早く、習得しろ!」
聞きながら、舞桜は昨日のことを思い出す。
魂魔を倒した、最後の一撃。あれは纏の四大技法のうちの一つ『閃撃』だったということだ。それを知識なしでやってのけた。なかなか才能があるのではないか、と舞桜は口が自然とにんまりと緩んだ。
「何がおかしいんだ? 若葉ァ!」
「なんでも……ありません!」
煌紀は舞桜を一喝すると、憮然とした表情で解説を続ける。
「纏のコツは『起動』『安定』『昇華』の三つの工程を意識することにある。【魂の具現化】を行い、神器及び人体に魂力を纏わせる『起動』、纏わせた魂力の強度を上げ、維持させる『安定』、安定させた魂力を各部位に転移させ、各技法を実行する『昇華』。
中でも大事なのは二番目の『安定』であるオレは考える。魂力の総量は個人によって限界が生じるが、この安定を極めることにより、限られた魂力を最大効率で出力することができる」
「いいですね、安定! これでわたしもお手軽に強くなりれそう! タノワクタノワク!」
「あん? 今、お手軽とか言ったか~?」
煌紀が舞桜の発言に憤慨したようで、睨みを利かせ詰め寄ってきた。
「若葉、今すぐ、【魂の具現化】し、魂力を『起動』させろ」
突然の指示に戸惑いながらも、舞桜は定められた詠唱を唱える。神器と身体が白い光に覆われる。
【魂の具現化】に成功する。『起動』の工程まで完了したようだ。
(昨日よりも魂力が強くなっている気がする。わたしって才能あるかも♪)
などと心を弾ませていると、急に舞桜の眼前に木刀の切っ先が飛び込んできた。
「ひぎゃあああああ‼‼」
遅れること数瞬。ことの事態に気づいた舞桜は、悲鳴を上げながら尻もちをついた。その衝撃で起動したはずの魂力は、煙のように形を失い、空気と同化した。
「このようにしっかりと『安定』させなければ、外部の衝撃で簡単に消えちまう」
「それを説明するだけだとしたら、やりすぎでは⁉」
憤慨する舞桜を無視して、煌紀は解説を続ける。
「これから『安定』の修練を始める。オマエらはここで“【魂の具現化】をして『纏』をした状態で座禅を組め”」
これが訓練生たちを畳の間に呼んだ理由らしい。
訓練生たちは【魂の具現化】を発動させ、指示通り座禅を組む。そして煌紀は木刀を意気揚々と肩に構えている。どうやらその木刀で、集中を乱した者を容赦なく叩くらしい。
恐怖でしかない訓練生たちは、身を震わせながら座禅に臨んだ。
バチン! バチイイン! バチイイイイン――‼
静寂な畳の間に、木刀を叩く轟音が響き渡っている。
煌紀は集中を乱し、身体を纏う魂力が不安定になっている生徒を容赦なく叩き続けている。
「なんか、もぐら叩きしてるみたいでたのしーわ。日頃のストレス発散だな、これは」
(こんな人に座禅やらせちゃダメだろ……)
生徒たちの恨み辛みが自然と溜まり、思うように纏による『安定』ができない中、舞桜もまた同じように苦戦していた。
具現化し自身に纏っている魂力は集中するほど研ぎ澄まされていくし、逆に集中が削がれると解れていく。座禅を組み意識を自分の内に向けさせることで、この魂力という名のエネルギーは、自分の魂そのものであることを実感する。
集中力を長時間維持することが難しいように、具現化した魂力の出力を安定させるのは相当に難儀であった。
薪で起こした火のように不規則な形で具現化されている魂力を、なんとか安定させようとするが、逆にそういう下心があればあるほど乱れていく。
無心。舞桜は一旦、何もかも考えることを辞め、座禅に取り組む。すると魂力は身体に留まり始め、文字通り安定し始める。
(この調子……)
舞桜は目を瞑りながら、更に深淵へと向かう。魂――肉体――自然、それらを全て繋ぎ止めて……。
良い循環に入ったその時だった。
舞桜の右肩にチョンと何かが止まった。集中していた弊害か、身体に起こった僅かな機微でさえも気になって仕方がない。
思わず目を開けてしまい右肩を一瞥すると、そこには色鮮やかな羽を持つ蝶が止まっていた。
「あ、ちょうちょ……」
その行動が運の尽きだった。せっかく安定しかけた魂力が割れた風船のように一気に破裂し、いとも簡単に瓦解した。
その瞬間を目撃した煌紀が、木刀片手に悪魔の笑みを浮かべながら突っ込んできた。
「とったりいいいいいいいい――‼‼」
「ぐぎゃくぁwせdrftgyふじこlp‼‼」
優しい蝶の感触が右肩に伝わる中、木刀による激震が左肩に伝わった。両肩のあまりの刺激の差に舞桜は胡坐をかきながら背中から倒れノックダウンしたのであった。