第五話 神器契約
昼休みが終わり、一組の訓練生たちは、学園内の中庭にある訓練場に集められていた。
中庭は白砂が一面に撒かれていて、周囲には松の木が植えられている。趣がある場所だが、所々に厳しい鍛錬でついたと思われる傷跡が残されており、れっきとした訓練場であることが伺える。訓練生たちは白衣、緋袴、千早を着飾った巫女装束を纏っている。
「全員『霊装』を纏ったな。いよいよ『神器』の契約に入る。神器とは午前も話した通り、戦巫女が扱う魂魔を祓うための専用武器だ。神器と契約することでオマエらは一般人から戦巫女になる。訓練生という身分であるが、有事には一人前の戦巫女として扱われることになるからな。覚悟しておけよ」
「せんせーい、霊装って何ですか?」
舞桜の質問に、煌紀は肩をすくめた。
「よしっ、決めた。もうオレはツッコまない。霊装。一言で言ってしまえば戦巫女の戦闘服だな。着用すると戦巫女の魂力が自動的に噴出され、霊装の周囲には幕が張った状態になる。こいつを着ている状態でダメージを受けると、魂力の消費と引き換えに肉体に生じる傷を肩代わりしてくれる。つまり、これを着ている状態で魂魔の攻撃を食らっても、魂力さえあれば大きなダメージを受けることはない。例えるなら、戦巫女専用の防弾チョッキといったところだな。任務時の着用が義務化されている。こ・れ・で、分かったか、若葉ぁ!」
「はい! ご丁寧な説明でして!」
強く呼びかける煌紀に、舞桜は敬礼して応えた。
「ここにいるということは、オマエらは神器と契約することができる最低限の器であるということだ。そこは安心しろ。よし、じゃあ早速始めるぞ。おい、入れ!」
煌紀が遠くを呼びかけると、一人の女性が大きな木箱を台車に乗せてやってきた。
煌紀と同世代くらいの壮麗な女性だ。緑髪のロングヘアーで、長く伸びた前髪は右目を覆っている。目の下にはクマがあり、やせぎすのすらりとした体に、白衣を纏っている。薄倖そうな印象を受ける女性だ。
「ふむふむ。どうやら全員揃っているようだね。ご紹介に預かった、稲凪真昼という。花園の技術局で神器の管理をしている。よろしくどうぞ。さて、これより神器との契約を執り行う」
真昼は運んできた木箱を空けた。中にはよく祭祀などで捧げられる、二本の紙で竹を挟んだ『御幣』が大量に入っていた。こんなもので魂魔が祓えるとは到底思えないが……。
すると真昼は両手を空に広げ、大仰に語り始めた。
「神器。それは神聖な力を帯びた唯一無二なる武器! それそのものが触媒となり、持ち手に眠る魂の力を具現化させ、戦巫女にあらゆる権能をもたらす! いつの時代の魂魔をも討ち祓ってきた秘宝! 素晴らしいと思わんかほっごほっ‼」
説明途中に真昼が咳き込んだと思うと、喉から赤い血が飛び散った。
「大丈夫ですかっ⁉」
騒然となる訓練生の中から、いの一番に駆け寄る舞桜を、煌紀が手で制止した。
「心配いらねえ。こいつの吐血はいつものことだから」
「いつものことって……」
煌紀の意味不明な言い草に、舞桜は首を傾げずにいられない。
「何が私のアイデンティティなのかね? 詳しく説明してもらおうか、煌紀くん」
真昼は青筋を立てて、煌紀に詰め寄った。
「昔からじゃねえか。だいたい身体が悪いのは、オメエの食生活が歪んでいるからじゃねえか。自業自得だ」
「ヘビースモーカーで大酒飲みのキミがそんなことを言うなんて片腹痛いね」
「はん! それでオレは健康診断一回も引っかかったことねえから問題ねえんだよ! だいたいたばこも酒も普通だっての。オマエの今日の朝食、言ってみやがれ!」
「チュロスINマヨネーズだ。何か文句はあるかい?」
「それがおかしいって言ってんだよ!」
「はっ。バカも休み休み言いたまえよ。マヨネーズは最高の調味料だ。どんな食材にも合う万能調味料さ。異論は認めないよ」
途端に口論を始める煌紀と真昼。傍から見れば息ピッタリにも見えるが。
置いてきぼりになった生徒たちの口がポカンとする中、そのやり取りに舞桜は何か既視感を抱いていた。
その既視感の正体は、六年前に八雲村で舞桜を救った時、煌紀ともう一人の戦巫女がいた。そのもう一人の戦巫女が同じように煌紀と言い争っていた時である。
煌紀ともう一人の戦巫女が、どうやらこの稲凪真昼ということらしい。
その真昼と煌紀は六年前を再現するかのように、言い争いを続けている。
「ごほんごほん。おっとすまないね。この野蛮人とは腐れ縁なんだ。顔を合わせるなり、いつもこうなる」
「誰が野蛮人だ、この変態」
「ほう。変態とは科学者にとって最高の賛美だ。ありがとう」
「やっぱりオマエは昔から嫌いだ」
「見たまえ、キミの教え子たちが呆れているよ。キミみたいな人間が教職についているかいささか疑問ではあるが、余計な詮索はしないでおこう。
さて、待たせたね、訓練生諸君。一人ずつ神器を受け取り、正式な契約をしてもらおう。そうだね、最初に代表して誰かにやってもらおう。うん、ではさっき私の心配をしてくれたピンク髪の可愛らしいキミに来てもらおう。久しぶりに心配されて、嬉しかったんだ、ありがとう」
「は……はい!」
指名された舞桜は若干戸惑いながらも前に出て、真昼から神器である御幣を受け取った。舞桜が神器を受け取った瞬間、御幣が仄かに赤く光った。
「おめでとう、契約成立だ。これから神器を起動し、魂力を具現化させる。これで最低限、魂魔を祓える力を獲得した。その状態を【魂の具現化】と呼ぶ。起動方法はシンプルだ。定められた詠唱を唱えればよい。詠唱はそこに記されてある」
真昼の指さした先には、校舎の壁に筆で文章が記された巨大な掛け軸が吊るされている。舞桜はその文章を読み上げた。
「《聞け、心の鼓動を。祈れ、願え、想え。さすれば魂は具現化し、解放する。さあ、至高の御身よ、我に神成る力を与え給え》」
言い終えると同時、舞桜の全身が白い光に包まれた。
握っていた御幣が、いつの間にか見事な日本刀に変貌を遂げていた。二尺ほどのやや小ぶりの刀に、オーラのような白い光が立ち込める。その白い光は霊装にも纏わりついていた。
「すごい、すごい! これでわたしも戦巫女だ……!」
その変化に舞桜は興奮を抑えきれない様子。
そして今まで黙っていた煌紀が、主導権を奪うように真昼を強引に腕で押しのける。
「その白いオーラのようなものが具現化した魂力だ。その影響で神器は戦闘形態である日本刀型に姿を変える。具現化した魂力は意のままに操ることができ、魂魔を祓うことができる。これが戦巫女の基本となる技法『纏』だ。覚えておけ」
「簡単なところだけ解説するのはやめたまえよ」
「……んだと!」
負けまいと真昼が煌紀の頭を押さえつけて、再度主導権を奪いにいった。なんだかんだいって二人は仲がいいらしい。
「確かにこの状態でも最低限の戦う術はある。が、キミたちに目指してもらうここではない。この訓練校に通う一年間の間に、“神器の二段階目の解放”を会得させなければならない」
真昼は「実際にやってみよう」と言って、御幣を握り詠唱を済ませ、【魂の具現化】で顕現した日本刀を構える。
「射抜け『釧刀』――」
真昼が文言を唱えると、神器は更なる変化を遂げた。
日本刀から今度は、柄が長く刀身の先端が反った、薙刀の形状へと変貌する。
「キミたちが魂力を研鑽し、神器と完全適合した際に、個々で異なる枕詞と真名、両方唱えることで、神器の真の力が解放される。神器に『真名』と、真名を冠した固有の能力が付与される。この解放状態を『魂の解放』と呼ぶのだよ。この状態こそが、神器の本来あるべき姿だ。そして、この段階に至ることが、“プロの戦巫女になる唯一にして絶対の条件”だよ」