第三話 自己紹介
花園にひときわ大きく、神社の社殿のような厳かな建造物がある。ここが陽海夜学園。戦巫女の学び舎である。入口の脇には荘厳な威容とは似つかわしくない最新鋭の電光掲示板が設置されている。過去と未来が融合した感じが、いかにも花園らしい。
そんな電光掲示板の前には、訓練生と思しき制服を着た少女たちが集まっている。
「ええーと、わたしのクラスは、っと」
「むにゃむにゃ。あんまんとシュークリーム、ワシのために争わないで」
その人だかりの中に、舞桜と摩利華の姿があった。電光掲示板にはクラス分けが表示されている。訓練生の総数は百名弱で、三つのクラスに分けている。ちなみに摩利華は半分眠っているらしく、奇妙な寝言を言っている。
「あ、わたしは一組だ! 摩利華ちゃんは二組だね! 別々だけど一緒に頑張ろう!」
「にく……肉まん……!」
「肉まんじゃなくて二組! 昨日あれだけ食べたのに、もうお腹すいてるの? 摩利華ちゃんのお腹はブラックホールなの?」
摩利華と別れた舞桜は一組の教室の入り口の前に立っている。
(こういうのは最初が肝心だよね)
そんなことを考え、舞桜は入り口の扉を開いた。
「こんにちわんこそば~‼ 今日から一組でお世話になる、若葉舞桜っていいま~す‼」
舞桜は教室全体に響き渡るような大声で挨拶する。
時間ギリギリに来たこともあり、教室には既に生徒が揃っていた。だがその生徒たちは挨拶に応えることなく、なんなら舞桜を睨みつける生徒も散見された。
舞桜はそんな手痛い歓迎に、少々気落ちしていると、
「やあやあやあ。朝から元気じゃないか、舞桜」
と、そんな声がかかった。そこには、昨日知り合った紅奈が居た。
「紅奈ちゃーん! こんにちわんこそば~!」
知り合いが居てよほど嬉しかったのか、舞桜は紅奈と熱い抱擁を交わした。
「紅奈……その人、知り合いなのかな?」
よく見ると、紅奈の後ろに一人の少女が背中に隠れ、ひょっこりと顔を出していた。
烏の濡れ羽色の如くつやつやとした黒髪を首元で切り揃えたショートカット。長く伸びた前髪で右眼を隠している。美少年にも見える中性的な顔立ちをした、内気な印象を持つ少女だ。
「うむ! 昨日偶然知り合った若葉舞桜だ。零亜も仲よくしてやってくれ」
「……ふ、ふぅん」
黒髪の少女は、恥ずかしいのか舞桜に目を合わせようとはせず俯いている。
「こんにちわんこそば! 若葉舞桜だよ! よろしくね!」
「あ……えっと……黒鴉零亜です」
「こいつ我の幼馴染なのだが、極度の人見知りでな。零亜、戦巫女を目指すのならばいい加減治せ」
「ううう……恥ずかしいものは恥ずかしいんだよぉ……」
そんな幼馴染同士の微笑ましいやり取りを見つつ、
「なんだかタノワクなクラスの予感! このクラスで良かった!」
座席指定はないようで舞桜たちは適当な席に腰かける。広さは学校の教室よりも一回りくらい大きく、前方の教卓には大きな黒板が設置されていて、その後ろに座席が展開されている。座席は三人掛けの机が横に三列、縦に五列の計十五台。映画館のように後ろに向かって一段ずつ床が高くなっていて、後ろの席からも前の様子がよく見える。
舞桜、紅奈、零亜の三人は一緒に、空いている後ろの座席を陣取った。
「おーい、静かにしろー」
凛とした声が教室に届くと、教室内に木刀を担いだ女性が入ってきた。
煌びやかな金髪のポニーテールが特徴的な、アラサーくらいのオトナな女。180cm程の長身で、豊満な胸を持っている。金色の着物を着飾っており、その胸をわざと見せているように、緩く着飾っている。妖艶な色気を醸し出している淑女だ。
どこかで見たことあるような……。
舞桜が必死で過去の記憶を呼び起こしていると、金髪の女は教室にいる生徒を、ぐるりと一瞥し口を開いた。
「オレはこのクラスを受け持つ、皇煌紀だ。オレの担当になっちまったのが運の尽きだな。今日から一年間、オメェらを徹底的にしごきまわす。覚悟しておけよ、ぼんくら共ォ!」
バァン! と木刀を地面に叩きつけた暴力的な音が教室に響き渡った。
余りの威圧に場が凍り付く。鬼、悪魔――煌紀という担当教諭を形容する言葉が生徒たちの頭に次々と浮かび上がる。
煌めく金髪と嵐のような荒々しい言動・行動が、舞桜の記憶にあるワンシーンとリンクした。
それは故郷が魂魔による襲撃に見舞われた、人生最悪の日。その中で、唯一希望を持てたワンシーン。
舞桜たちを妖狐の一撃から救った、二人の戦巫女のうち、彼女たちを避難所まで運んだ戦巫女こそが、今目の前で木刀を振り回している女である。
(なんだかすごい運命……)
生徒たちが恐怖におびえる中、舞桜だけが感傷に浸っていた。
「まさか、あの皇煌紀氏に教えを乞うことができるなんて、僥倖この上ない」
紅奈は目を輝かせて煌紀を見つめている。
「……もしかして紅奈ちゃんもあの人、知ってるの?」
舞桜が紅奈にひそひそ声耳打ちする。
「あのお方は、年間魂魔討伐数最多記録を持っている戦巫女の鬼神こと皇煌紀殿だ。今はわけあって戦線を退いていると聞いたが、まさかこのようなところで会えるとは――」
ひそひそと会話していると、ズバンと何かが勢いよく飛んできた。
木刀だ。木刀が舞桜と紅奈の目の前を通過し、後ろの壁に勢いよく突き刺さっていた。
「オメェら、オレの目の前でコショコショ話たぁ、いい度胸じゃねえかよぉ‼」
(さ、逆らったら殺される……)
まだ魂魔とすら戦っていないのに、二人は死の恐怖をいち早く体験してしまった。
そして煌紀は何事も無かったかのように話を始めた。
「オマエらは訓練生として一年間この学園で学び鍛え、プロの戦巫女を目指すことになる。いいか、一年間だぞ。この期間の意味が分かるか。普通の学校みてえに、部活に恋に遊びに……そんな青春は送れねえってことだ。一年という限られた期間で、オマエらは結果を残さないとなんねえ。一年間、戦巫女になることだけを考え、過ごせ。それができねえならやめていいぞ。ここは学校じゃねえ、訓練校だからな。
そして、オマエらは学生ではなく『戦巫女訓練生』だ。戦巫女と名がついている、これが何を意味するか分かるか? オメエらは今日から戦巫女であるということだ。緊急時には、訓練生だろうが一人前の戦巫女として戦線に駆り出される。つまりは、今日から戦巫女としての自覚をもって生活しろってことだ、バカ野郎どもぉ‼」
煌紀の言葉を皆、真摯に受け止めた。舞桜も改めて自分が置かれている立場を実感した。
「よーし、じゃあ適当に自己紹介でもしてくれ」
自己紹介が始まった。
クラスの人数は三十人前後。これから一年間、切磋琢磨する仲間ということで、舞桜は一生懸命耳を傾けた。
「――よろしくお願いします」
「よし、次」
「はいっ」
溌溂とした声で立ち上がった紅奈は、自慢げに自己紹介を始めた。
「我の名は姫小百合紅奈だ! 天下無双最強無敵の正義のヒーローになる者! 悪を挫き、弱きを救う、そんなヒーローに必ずなる! 皆の者、よろしく頼む!」
場の空気が紅奈一色に染まる。それほど彼女の自己紹介は熱を帯びていた。
「では次!」
次に立ち上がったのは零亜だ。零亜は注目を浴びるのが恥ずかしいのか、身体が小刻みに震えており視線も泳いでいる。
「え……えっと……黒鴉零亜です。その……あの……自信ないですけど、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします」
零亜はペコリと控えめな会釈をして、さっさと席に着いた。紅奈のとは対照的に、随分と静かな自己紹介で、クラスメイトたちの印象にはほとんど残らない。
「じゃあ最後!」
「はひ! ……いったぁ!」
順番がきた舞桜は勢いよく立ち上がったせいで、思い切り太腿を机にぶつけてしまう。アハハ、と教室は笑いに包まれた。
舞桜は気を取り直して、スゥと大きく深呼吸する。
「こんにちわんこそば! 若葉舞桜です。わたしは楽しくてワクワクすること『タノワク』なことが一番好きです。そんな皆のタノワクを魂魔から護るために、戦巫女を目指しました! 夢は今戦巫女として活躍している真白院天美ちゃんと一緒に戦って、最高の戦巫女になることです! 一般家系出身で右も左も分からないけれど、よろしくお願いします!」
真白院天美の名が出て一瞬騒めき立つも、元気で愚直なその挨拶に、教室内から拍手が自然と湧き上がった。