第三十話 天美VS冥
「架けろ、【天煌照弩】ォォォ――‼」
最愛のヒトが傷ついた怒りにより激情した天美は、舞桜を庇うように冥の正面に陣取ると、【魂の解放】を発動させた。
日本刀が白銀の弓に変化する。
そして、穢れなき白亜の翼が、彼女の両肩から顕現し、頭上を囲うように光り輝く円環も顕現する。その天使の如きパーツは、舞桜と天美が久しぶりに再会したあの時よりも、明らかに純度が高く、輝きが増している。
魂の解放は戦巫女の魂に依存する。
舞桜によって満たされたことにより、彼女の魂力の強さは跳ね上がっていた。
「ようやく二人きりになれましたわね、天美様。さあて、楽しい楽しい優雅なティータイムと行きましょうっ‼」
そんな完全体となった天美を目の前にしても冥は、恍惚とした表情で嘲笑った。
天美の周囲の大気が白い粒子となって神器【天煌照弩】に集約される。天煌照弩の権能の一つ、周囲の大気を魂力に変換し、自分のものに出来る能力。
能力で集めた魂力は巨大な白銀の矢となって射出される。
特大の矢は瞬く間に冥の総身を穿つと、空の彼方に飛ばした。空中で身動きが封じられている冥に、幾重もの矢が殺到する。桁違いの光の奔流を一身に浴び、勝負が決したと思いきや――。
冥は無傷のまま、空中でその身を保ち続けていた。纏の高等技術『舞空』だ。足裏と地面の間に魂力を放出し続け、それを絶妙なコントロールで維持し続け、身体を浮かすことができる。一人前の戦巫女でも習得が難しい、趙高等技術である。
更に、彼女の周囲には魂力の膜が覆われ、それで天美が放った全ての攻撃を防いでいるらしい。
「くそ――が!」
苛立ちを募らせた天美は、自身の両肩に顕現している天翼を羽ばたかせ、滑空を開始する。天煌照弩の能力の一つ、天使の翼による飛行能力だ。
翼と錫杖が接触し、すぐさま押し合いになる。
「あらあらあら。お久しぶりの再会なのに、随分とお怒りになっているようで。どうしたのでしょう天美様?」
「一言も喋らないで。貴女が何者で何の目的があるのかは気になるけれど、それを聞くのは私の仕事ではない。私の仕事はただ一つ。速やかにあなたを処理することよ」
「おかしいですわねえ。それではまるで天美様がわたくしよりお強いみたいな言い回しですこと。貴女のようなざぁこが♡」
冥の周囲を覆う魂力の圧力が更に高まる。傍にいる天美が呼吸できないほどの暴力的な濃度で……。
天美はこの魂力に触れ続ければヤバイと判断し、決死で距離を取りに行く。
が、冥は自身に纏う特濃の魂力を周囲に撒き散らした。魂力を全方位に飛ばす『閃華』。範囲重視の技で、本来ならば威力が出来ないのだが……圧倒的な魂力によるその威力は絶大。
それが回避不能の全範囲で襲い掛かる。
天美は天翼で体を覆いつくし、辛うじて身を守るが、その凄絶な威力により穢れなき天翼に惨い裂傷が刻まれた。
そして異次元の空中戦が始まったのであった。
地上では月城冥によって倒れ伏した戦巫女たちが無残にも戦場に転がっていた。霊装のおかげで大半は気絶だけで済んでいるが、中には霊装の防御も貫かれ致命傷を負っている戦巫女もいた。
そんな転がっている戦巫女の中から一人の少女が、徐に立ち上がった。紫咲摩利華である。摩利華は無言のまま練り歩き、周囲の状況を確認した。
「帰せ【姫女ノ神樂】」
摩利華は何事もなかったかのように、『魂の解放』をして見せた。通常の『魂の解放』は、日本刀の形から更なる進化を遂げるが、なぜか摩利華の神器は驚くべき変化を遂げていた。
なんと、一段階解放前の御幣の形に戻ったのだ。在るべき姿に還るように、神器【姫女ノ神楽】が顕現した。
摩利華は手始めに、胸部から腰回りにかけて袈裟懸けに深い裂傷を負った一番重症の戦巫女に【姫女ノ神楽】をあてがった。
みるみるうちに傷が塞がっていった。
それを皮切りに、摩利華は気を失っている戦巫女たちを次々と治した。
そして友人である零亜、紅奈、舞桜も治していく。じきに目が覚めるだろう。
「摩利華ちゃん……? 摩利華ちゃんだよね、わたし達を治してくれたの」
一足早く意識を戻した舞桜が、摩利華に声をかけた。
「なんのこと……?」
摩利華はとぼけて見せた。実は彼女、まだ誰にも【魂の解放】を使えることを言っていない。
「ごめん……見ていたんだ。微妙に意識が残っていて、摩利華ちゃんが【魂の解放】を使って、皆を治してくれているところ。……それに、交流演習の時わたしを治してくれたのも摩利華ちゃんだよね? あの時と同じ感じがしたから」
摩利華は観念したように、
「……これはわしと舞桜だけの秘密。ルームメイトの約束」
「うん、分かった。誰にも言わないよ。とにかくありがとう、摩利華ちゃん。天美ちゃんを助けにいかないと!」
舞桜は凄絶な空中戦が繰り広げられている上空に目を向ける。パートナーとしては一刻も早く助けてあげなければならない。
だが摩利華は虚しく首を横に振った。
「あれは無理。レベルが違いすぎる。舞桜が行っても足手纏いになるだけ。そもそもどうやって空中で戦う?」
「だよね……」
舞桜は無力感に苛まれ、パートナーを助けに行けない悔しさに歯ぎしりする。
そんな舞桜の肩を、摩利華が優しくポンと叩いた。
「まだ、うぬの出番はある。それまで待とう」
「ありがと……」
励ましの言葉に、舞桜の心は落ち着いた。今は信じるしかない。最強のパートナーを。
そして摩利華はじっと冥の様子を見据えていた。




