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第二話 ルームメイト

 紅奈と別れた舞桜は宿舎棟にいた。舞桜たち訓練生はここで生活することが定められている。


 部屋割りは既に決められており、舞桜はフロントから予め花園に送った荷物とカードキーを受け取り、自分の部屋に向かっていた。ちなみに部屋は全室二人部屋で、だれかと共同生活を送ることになる。


「えーと、四〇六号室、四〇六号室っと……あ、ここだ。しつれいしまーす」


 自分の部屋を見つけた舞桜は、カードキーで開錠し室内へと入る。

 部屋は二人で住むには勿体ないほど広く、それでいてシックな作り。木目調の壁とフローリングは仄かに自然が香る。中央のスペースを挟んで木製のベッドと本棚が左右に一つずつ。窓にかかる可愛らしいレースのカーテンの前には勉強机が両脇に二つ、勉強机を挟むようにテレビが一台置いてある。部屋にある全ての調度品がアンティーク調で、花園の品格の高さが感じられる。


「……むっ。何用?」


 室内から声が聞こえた。どうやら既にルームメイトがいるらしい。

 しかしあたりをキョロキョロ見渡しても、それらしき人が見つからない。


「……ここだ、戯け者」


 天井から紐でつるされている繭のような寝袋から、ひょっこりと少女の顔が姿を現した。薄紫の髪をツインテールに束ね、眠たげな虚ろな目をした、小学生にも見えるあどけない顔立ちの少女だ。


「ぎゃあああ! なんかいた⁉」


 割と本気で驚いた舞桜は、勢いよく腰を抜かしていた。

 少女はそんな舞桜に追い打ちをかけるように、寝袋から落下し頭から地面に激突する。


「だ、だ、だ、大丈夫⁉」


 少女は舞桜の問いかけに答えることなく、椅子に腰かけると、机に置いてあった常夏に使うようなサングラスをかけ、トロピカルジュースが入ったグラスを揺らし、手元にあった饅頭を頬張り始める。


「ハッピーニューイヤー」

「普通に変な人だ!」


 少女の自由奔放な振る舞いに、舞桜は振り回されてばかり。


「……む。で、結局のところ誰?」


 少女は舞桜の気疲れなんてつゆ知らず、サングラスを外し眠たげな目をこすらせながら近づいていく。


「あ! こんにちわんこそば! ルームメイトの若葉舞桜です! よろしくお願いします!」


 舞桜が元気よく自己紹介をして頭をペコリと下げるが、少女はなぜか首を傾げている。


「むぅ。……わかば。……まお。……まおう。……魔王?」

「違うよ~。『まおう』じゃなくて『まお』だよ!」

「……で、いつからわしがうぬのルームメイトになった?」

「え……違うの?」


 ポカンとする舞桜に、少女は意味の分からないことを告げた。


「うぬがワシのルームメイトに相応しいかどうか、これから試験を始める」

「へぇー。…………ってええええ⁉ 試験に受からなかった場合、わたしどうなるの?」

「出てってもらおう」

「ええええ⁉ これからずっと野宿ってことぉ⁉」


 思わぬ急展開に舞桜は思わず頭を抱えてしまう。

「それで試験の内容って……?」

「む! わしが喜びそうなものを献上せい!」


 と言って少女はデーンと、胸を張った。

 かぐや姫ばりの無理難題を押し付けられた舞桜だったが、合格しない限り野宿が確定しているので頭をフル回転させて初対面の少女が喜びそうなものを考える。

 舞桜は少女をじっと観察する。こちらを眠たげな目でじぃと見つめながら、美味しそうに饅頭を頬張り続けている。


(もしかして、和菓子が好きなのかな……?)


 シンプルな結論に至った舞桜は、思い出したようにカバンを探る。取り出したのは今朝、小腹がすいたときに食べる用に貰った、母親手作りのクッキー。


「こちらで、どうでしょうか!」


 舞桜はまるで王様に献上するように、正座をして両の手でしっかりクッキーを持って手渡した。少女は献上されたものを手に取り、いろんな角度に動かしながら吟味している。その様子をドキドキしながら見守る舞桜。

 そして結果発表の時が来た。


「むぅぅぅぅぅ。……合格! うぬをルームメイトとして認めよう!」

「良かったあああぁぁぁ……!」


 合格を言い渡された瞬間、舞桜の緊張で固まっていた相好がへにゃあと暑い日に放置したアイスクリームのように崩れた。


紫咲むらさき摩利華。これより献上品を貰ったお礼に歓迎の舞をする」


 摩利華はベッドの上に立ち上がると、またサングラスをつけ、どこから取り出したのかラジカセをセットする。


「刻め、魂のビート! ミュージックスタート!」


 格好と掛け声からヒップホップダンスでも始めるのかと思われたが、ラジカセから流れてくるのは「あ~よいよい」と、夏祭りを想起させる音頭だ。

 丁寧な仕草で日本舞踊を始める摩利華。洗練された動きだが、サングラスをかけているせいでシュールな画になっている。それが舞桜にハマったのか、その姿に目を輝かせている。


「……終わり」

「わたしのために、ありがとう! めちゃくちゃ上手でそれに面白くて、すっごくタノワクだったよ!」

「むぅ。……おっと、そろそろ時間」


 踊りを終えた摩利華は、平然と部屋に取り付けてある壁時計を流し見ると、入口にある呼び鈴が鳴った。


「誰だろう?」


 と舞桜が首を傾げている間に、摩利華がテクテクと歩いていき、扉を開ける。

 扉の前に立っていたのは、大きな箱を持った宅配業者だ。


「お待たせしました。ヤーバーイーツでーす」


 宅配業者が持ってきた大きな箱から次々に重箱が出てくる。


「かつ丼に海鮮丼、ざるうどんにカツカレー。以上でよろしかったですか?」

「む。よろしい」

「お世話様でーす」


 どうやら摩利華がデリバリーサービスを頼んでいたらしい。花園の宿舎にもデリバリーサービスできるんだ、と舞桜が感心していると、摩利華は無表情のままたくさんの重箱を机に持っていく。


「もしかして、歓迎パーティー的なものを開いてくれるの? 気持ちは嬉しいけど、こんなにたくさん食べられるかな……?」


 部屋には重箱が四つ。どれも一つ食べれば腹一杯になりそうな量で、それを一人当たり二つ食べなければいけない。舞桜も女子のわりにはよく食べる方だが、一人前の重箱二つ食べられるほどの自信はない。

 が、摩利華から発せられたのは衝撃的な一言だった。


「む? これは、わし一人の分」

「え。……えええええええええええええ⁉⁉」


 舞桜の豪快なリアクションを気にも留めず、摩利華は料理と共に貰った割りばしを勢いよく割り、一つ目の重箱、かつ丼を勢いよく小さな体にかきこんでいく。その豪快な食べっぷりに、舞桜は唖然とするしかなかった。

 舞桜がぽかんとしている間、二箱、三箱と次々と空箱を量産していく。

 そして、ついに……。


「ごちそうさまでした」


 摩利華はそう言って、小さな手を合わせた。ついに四箱あった全ての重箱を一人で平らげてしまったのだ。あれだけの食料が、一体その小さな体のどこに入ったのだろう、と舞桜は意外なところで人体の不思議を感じる。

 摩利華はお腹一杯になり眠くなったのか、バタンキューでそのまま布団の中に潜り、一瞬のうちにスヤスヤと寝息を立ててしまった。


 窓を見ると、いつの間にか日が暮れており、外は明かり一つ灯っていない闇夜が広がっていた。この闇夜がなんだか舞桜にとっては懐かしく、心地よかった。

 時間は既に午後八時を回っていた。思えば、朝から東京の家を出て、新幹線とバスを乗り継ぎ四時間ほど。念願の花園の敷地を跨ぎ、個性的な人たちと出会った。東京の実家で朝起きたことが三日前くらいに感じるほど、怒涛の一日を過ごした舞桜は、急にどっと疲れが湧いてきた。


「わたしも明日に備えて寝ようっと」


 舞桜は部屋に備え付けられている風呂に入り、パジャマに着替え、歯を磨く。寝支度を整え、布団に入った。いつもとは違う布団。旅行に来た時のような高揚感にさいなまれ、ルームメイトのようになかなか寝付けない。気づくと、時計の針は十一時を指していた。

 舞桜は消灯された部屋で気分転換にスマホを開いた。

 スマホに映し出されたのは顔写真だ。艶やかな白銀の髪に、透き通るような白い肌をした美少女。


「天美ちゃん、やっとここまで来たよ。待っていてね」


 その顔写真の正体は舞桜の幼馴染である真白院天美であった。写真が掲載されたのは、とあるニュース記事。タイトルは『真白院天美、異例の若さで戦巫女デビュー。戦巫女界にニュースター現る』。


「…………真白院天美が、どうかした?」

「うわあああああああああああ‼ で、でたあああああああああ‼‼」

「むぅ。人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて失礼極まりない」

「ま、摩利華ちゃんかぁ……。びっくりさせないでよ、もう……」


 いつの間にか起きていた摩利華が、その虚ろな目を尖らせスマホの画面を凝視していた。


「で、真白院天美がどうかした?」

「摩利華ちゃんも天美ちゃんのこと知っているの?」

「当たり前。花園の特例により、通常より二年も早い十三歳の若さで花園入り。そして十四歳でプロデビューし、多大の戦果を挙げた。神童であり天才である。いくらワシでも彼女と戦うのは分が悪い」


 摩利華の言う通りで、花園に入るには義務教育を終えた十五歳以上の女性であることが条件にあるのだが、圧倒的な才能があると花園が判断した者のみ特例で十三歳で花園入りが認められる。この特例は滅多にない異例中の異例であり、この特例を使って入った戦巫女は否が応でも圧倒的な注目と期待を浴びることになる。


「だよね。天美ちゃんはやっぱり凄いや……」


 舞桜はどこか遠い目で答えた。

 天美は八雲村に離れ、京都の本家に引っ越して以来、才能が開花した。戦巫女の家系として由緒正しき真白院家の中でも図抜けた才能を見せ、幼少期から戦巫女界全体に名前が広まった正真正銘の天才なのである。


「む。知り合い?」

「うん。幼馴染なんだ。六年前に故郷が無くなって離れ離れになっちゃったけど」

「真白院天美は幼少期、八雲に住んでいたらしい。うぬも八雲出身?」

「そうだよ。それで、天美ちゃんの隣に立つって約束したんだ」

「むぅ……。世代最強の戦巫女と……?」

「うん……そうだよ……」


 舞桜は真剣な表情で首を縦に振る。

 天美と隣で一緒に戦う、幼きときに交わしたその約束はまだ潰えていない。たとえそれが、今後の戦巫女界をけん引する大スターだったとしても。


「全然諦めてないよ! わたし、頑張って天美ちゃんの隣で戦えるくらい強くなるから!」


 強い瞳を摩利華に見せる。その瞳に迷いなんて一切なかった。


「そうか……精進」


 日中のおふざけが噓のように、摩利華は強く芯のある声で言った。

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