第一話 陽海夜神社離宮『花園』
――『魂魔』大国、日本。古の時代より我が国は魂魔なる化物の脅威に脅かされていた。そんな魂魔を神なる力を以て、討伐を使命とした巫女が居た。彼女らは『戦巫女』と呼ばれ、日々、国の平和を護っている。
――2035年、春。
東京から中部方面に伸びる新しく敷設された新幹線に揺られること二時間弱、そこから専用のバスに乗り換え更に一時間。バスにゆらゆらと揺られていると、舞桜の眼前に懐かしい風景が広がっていた。
日光で燦然と輝く山林に、鮮やかに彩る草花、青々と澄み切った清流。六年ぶりの景色に舞桜の心は踊っていた。
この六年で随分と都会に染まってしまった、と舞桜は思った。見上げると首が痛くなるほどの高層ビルディング、人の大群が飛び交うスクランブル交差点、うんざりするほどあるコンビニやスーパー。いつの日か、そんな光景に何の違和感を持たなくなってしまっていた。
久しぶりに、自然の風景を目の当たりにして舞桜は確信する。ああ、やはり自分の居場所はここなのだなって。
「ただいま」
舞桜は自分自身の魂に呼びかかるように、そう口ずさんだ。
やがて神社が姿を見せた。巨大な境内に長い歴史を感じる荘厳な拝殿が建立されている由緒正しき神社のようだ。
そんな神社を横目に見ながら、バスは更に進んでいく。舗装されていない山道を、車体をくねらせながら走っていく。
バスはトンネルに入る。時が止まったように外が真っ暗になる。舞桜は車窓に映る自分の姿を確認した。
肩口まで伸びる鮮やかなピンク色の髪を、大切な人に貰った桜の髪留めで後ろに垂らしている。十五歳になったが、ややあどけなさが残る顔立ちは彼女のちょっとしたコンプレックス。赤いリボンが結ばれた白いセーラー服に、赤いロングスカートを身に纏う。巫女装束に似たこの制服は彼女のお気に入りだ。
長いトンネルを抜けると、そこは異世界が広がっていた。
屋敷や楼閣などの古式の建築群が連なり、清らかな水が張られた池や、色とりどりの草花が咲き誇る庭園が広がっている。まるで中世の日本にタイムスリップしたような景色が広がっていた。
「ここが『花園』……! なんだかタノワクな気分……!」
バスを降り清涼な空気を肺一杯に満たすと、舞桜の気持ちはより一層昂っていく。
――『花園』。正式名称、『陽海夜神社離宮』。戦巫女たちの唯一の拠点だ。花園は政府から魂魔及び戦巫女に関する全権限を委託されている。
所在は旧・八雲村の隣に位置する魂魔発生率ナンバーワンの街、神ケ原市にある初代戦巫女の人神・『那岐姫』が祀られた神社『陽海夜神社』の離れにある。敷地面積は10平方キロメートル弱と小さな街がまるほど入るくらいの広大さを誇る。更に、周囲には強力な結界が張り巡らされていて、一般人は立ち入ることはおろか認識することすらできない。戦巫女及びその関係者が二千人ほど居住しているが、そのすべてが女性で構成されている、まさに秘密の園『花園』なのだ。
また戦巫女唯一の訓練校である『陽海夜学園』も併設されており、戦巫女のタマゴである『戦巫女訓練生』が日々、勉強・訓練を行いプロの戦巫女を目指している。
舞桜もまた、試験に合格し晴れて今日から戦巫女訓練生の仲間入りを果たした。
難関の試験を突破し合格通知を手にしたときは、全く実感が持てなかったが、こうして実際に花園に足を踏み入れると実感が沸々と湧いてくる。舞桜の周りには同じく今日から訓練生として陽海夜学園に入学する生徒たちが、続々と花園の地に足を踏み入れている。
ここにいる人たちは皆、試験を突破した優秀な人たちばかり。果たして、自分はこの人たちについていけるのだろうか。そう思うと、同年代であるはずの周りの少女たちが自分よりもよっぽど凛々しく見えてしまう。
そんな弱気でどうする!
舞桜の人生はあの日から始まった。魂魔に故郷を襲撃されたあの日から。楽しくてワクワクした、『タノワク』な日々が一瞬にして奪われた、あの時間を取り戻すために。
自分だってそんな並々ならぬ覚悟と決意でこの地に立っている。その魂は誰にも負けない!
そんな強い心を内に秘めながら、映画の世界に迷い込んだような独創的な外観に見とれながら歩いていると、前方不注意が災いして、通路の縁石に躓いてしまう。
おっとっと、とバランスを崩していると、何か柔らかい感触が舞桜の頭に触れた。
態勢を立て直すと、同じ制服を着ている少女が立っていた。
「あー、やっちゃったー! ごめんなさい! ごめんなさい!」
舞桜は何度も頭を下げ続ける。
「な~に、いいってことよ。この正義のヒーロー、姫小百合紅奈は寛大だからな! ちなみに、我は今年の入試で実技試験一位! つまり、今年の訓練生で最強なのだ! 困ったら我に頼るのだぞ! あ~はっはっは!」
少女は調子よく天を仰ぎ高笑いした。
紅葉を彷彿させる激しく燃えるような紅色の髪を背中まで伸ばし、造花つきの可憐なカチューシャで留めている。情熱を感じさせるルビーのような真紅の瞳を宿した、背丈がある活発そうな少女だ。
「一位だなんて凄いね! わたしと大違いだ……! でも、そんな強い人といきなり知り合えたのはラッキーかも! こんにちわんこそば! わたしの名前は若葉舞桜。よろしくね!」
「うむ、よろしくな! というか、当たり前のように言っているが『こんにちわんこそば』とはなんだ?」
「わたしのオリジナル挨拶だよ。こんにちわとわんこそばを組み合わせたんだ」
舞桜が説明すると、紅奈は豪快に笑いだした。
「なっはっは! 我は面白い人好きだぞ。なんだか、貴様とは仲良くなれそうな気がするな」
「本当⁉ わたしもなんか、紅奈ちゃんといるとタノワクな気分になる気がする!」
「タノワクというのも、そのオリジナルってやつか?」
「うんそう! 楽しくてワクワクすること! 略してタノワク! わたしのモットーだよ!」
「おっ、その言葉いいな! 気に入ったぞ!」
「ほんと? ありがとう! 絶対、わたしたち友達になれそうだよね!」
「だな。ところで、貴様はどこから来たのだ? 我は東京から夢を追ってここまで来た!」
「えっ、紅奈ちゃんも東京⁉ わたしも東京から来たんだよ!」
「なんと! よっし、では東京同盟を組んでシティーガールの力を見せつけようではないか!」
「あ、でも出身はこっちだよ」
「なん……だと。最後の最後で我々は分かり合えぬか……。ならば、また今度勝負を挑ませていただく! また会おう、我が友にしてライバルよ!」