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プロローグ

「わたしたち、大きくなってもずっと一緒だよ」


 若葉舞桜わかばまおは満開に咲く桜の木の下で、幼馴染の真白院天美ましろいんあまみにそんなことを口にした。


「そうね。そうなったら、すごく幸せなことね。でも、それはきっと難しいことよ」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ」


 彼女たちは仲良くブルーシートの上で手編みの弁当箱から一口サイズのサンドイッチを頬張った。二人は同じクラスで仲の良い親友同士だ。休みの日にはこうやって二人でピクニックしたり、食べ歩きしたり、散歩したり……一緒に遊ぶことがお決まりだ。

 彼女たちが住む八雲やくも村は、中部地方にある周囲を山に囲まれた陸の孤島である。2020年も終わりに差し掛かったにも関わらず、まるでこの地だけ時が止まっているような錯覚に陥るほど、昔ながらの風景がどこまでも広がっている。しゃれたカフェテリアも、流行のファッションショップも、近未来的なゲームセンターも存在しない、若者にとっては何の魅力も感じない場所。

 そんな村にも自慢できるものが一つだけある。それは樹齢千五百年以上あるとされる『那月桜なつきさくら』。県有数の巨大な一本桜であり、この桜を一目見ようと、開花時期には毎年多くの観光客が訪れる。何を隠そう、舞桜の名前の由来もこの那月桜からきている。那月桜のように鮮やかに舞う、そのような願いが込められている。


「……あのね、舞桜今日誕生日でしょ? これ……あげる……誕生日……おめでとう」


 天美は顔を真っ赤にしながら、おずおずと舞桜に何かを手渡した。それは鮮やかなピンクで彩られた、真上で咲き誇る那月桜を模した髪飾りだった。


「ありがとう、天美ちゃん! 一生大切にするね!」


 舞桜は天美の手をぎゅっと握る。天美の顔がもっと赤くなる。


「なんだか天美ちゃんといると、楽しくてワクワクするね! 略してタノワク!」

「タノワク? 何それ?」

「楽しくてワクワクすること! たった今、わたしが考えたの!」

「ヘンな言葉」

「えー、そうかな? わたしはいいと思うけど。ねえ、天美ちゃん、また来ようね。満開に咲く那月桜を見に」

「そうね。また来よう」

「その来年も、そのまた来年も。ずっと一緒だよ、天美ちゃん!」


 舞桜はとびっきりの笑顔を天美に見せた。

 八雲村の那月桜は毎年、満開を以て多くの人々を笑顔にさせている。那月桜は八雲村の誇りである。

 2029年も例年通り那月桜が満開の頃を迎える――はずだった。


 その年の春、満開の桜が咲く四月。那月桜は炎上した――。




『魂魔発生! 魂魔発生! 近隣住民の皆さまは、直ちに【花園はなぞの】が運営する地下シェルター及び避難用ドームに避難してください! まもなく【戦巫女いくさみこ】が到着します!』


 牧歌的な田園風景に水を差すような突き刺さった無骨な鉄塔から、けたたましい警報が鳴り響いた。そこには異様な光景が広がっていた。

 ぎょろぎょろとせわしなく動く赤い眼球が埋め込まれた、漆黒で覆われた球体の物体が、プカプカと浮遊している。それが十体……二十体……三十体と無限に湧き上がっている。中には黒い球体から手足が生え、気味悪く蠢く個体も確認できる。

 そんな自然界には存在してはいけない化物――『魂魔こんま』が、八雲村の美しい風景を蹂躙する。歴史を感じさせる古民家も、農家のおじいさんが手塩にかけて育てた田んぼも、伝統の味を守り抜いてきた老舗の団子屋もすべてすべてすべて――。


 既に避難用ドームに避難を終えていた天美は、不安そうな顔でドーム内を動き回っていた。


「舞桜、どこにいるの? ねえ、いるなら返事して!」


 天美にとって舞桜はたった一人の親友だった。

 口下手で感情を表に出すことが苦手なアマメの周りには人が寄ってこなかった。でも舞桜だけは違った。舞桜だけはいつもこんな自分に話しかけてくれた。

 だから冗談でも「ずっと一緒」なんて言われたときは実は嬉しかった。照れくさくて、気にしていない素振りを見せていたけれど。

 そんな舞桜が避難用ドームのどこにもいない。八雲村の避難場所はこの避難用ドームと、地下シェルター。地下シェルターの方に避難していればいいのだけれど。

 どうにも不安が抑えきれない。

 もしかして――。


 気づけば天美は避難用ドームを飛び出していた。外は既に絶望が広がっていた。

 天美は化物がとらえられないほどの全速力で、“ある場所”へと向かった。



「やめてよ! 那月桜がかわいそうだよ……!」


 鮮やかなピンク色の桜を咲かせるはずだった那月桜は、面妖な紫紺に彩られた焔の華を咲かせていた。そんな那月桜を庇うように、舞桜は涙で目を濡らしながら立ち尽くす。


 彼女の眼前にいるのは、外に蔓延る魂魔と同じ種族とは到底思えない異様。

 一見すると人のようにも見える。だが臀部から生える九つの尾と、頭部から生える褐色の獣耳、三メートルにも匹敵する巨躯は、人とは一線を画した存在ということを証明している。

 細く吊り上がった眉。高く整った鼻筋。白粉と口紅が塗られた整った相好。白磁色の肌に、肌の色と同じような死に装束を彷彿とさせる真っ白な着物を纏っている。それは『妖狐ようこ』という名で伝承に残る名のある妖魔と特徴が合致している。

恐ろしさと美しさ。そんな二律背反の属性を併せ持った奇跡の存在が、舞桜を無感情の目で見つめていた。眼中にない、とそう主張するように。

 妖狐は緩やかに腕を上げた。すると、那月桜を壊した紫紺の焔が巻き上がった。地獄と絶望が舞桜の視界を染め上げる。


「舞桜ッッッ――‼‼」


 脳が現実に引き戻される。凛々しいが、どこか優しさがある大好きな声。

 腕が強引に引っ張られ、物凄いスピードで地獄の底から脱出した。 

 天美が舞桜の腕を引き、バケモノの攻撃から逃がしたのだ。


「天美ちゃん……助けてくれて、ありがとう……」

「そんなことはいいから、早く逃げるわよ!」

「ダメ……。那月桜が……」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」


 アマメは舞桜の肩を強引に掴み、逃げようとするが、

「いつっ!」


 舞桜が右足の付け根をつかみ、苦痛に顔をゆがめた。つかんだ付け根の部分が、真っ赤に腫零亜がっている。炎にさらされ火傷してしまったようだ。

 コツンコツンと、静かにそして着実に妖狐が近づいてくる。


 その刹那、彼女らを守るように二つの影が現れた。

白い羽織に緋色の袴の巫女装束を纏い、両手には刃が白く輝く美しい日本刀を握った、二人の若い女性がバケモノに立ち塞がる。


「「戦巫女様⁉」」


 舞桜と天美は揃って歓喜の声を上げた。


「真昼、一旦アイツと戦え」

「それは本当かい? 戦闘はキミの仕事だよね?」

「るせーな。オレは隊長。隊長の命令は絶対」

「ふむ。では後で特別手当でも請求しよう」


 来るや否や言い争いを始める巫女装束の二人。

 それを咎めるように、妖狐の後ろで優雅に揺れていた九つの尾のうちの一つが、巫女装束の二人に向かって襲い掛かる。

 戦闘を任された巫女装束の女の方が日本刀を抜くと、刀身が白く輝き尾を受け止めた。

 その間に、もう一人の巫女装束の女が無言のまま舞桜とアマメのもとにやってきた。


「なんで、こんなあぶねえところにいるんだよ! 放送が聞こえなかったのか、バカガキ共‼」

「「いったぁ!」」


 ゴツンと、巫女の女は両の拳で舞桜とアマメに拳骨を食らわせた。

 優美な巫女装束の格好をしている人間とは思えない、アグレッシブな力業に二人は頭を押さえ悶絶する。


「ピンク髪の方は火傷しているな。だが大丈夫だ、たいしたことはねえ。白髪の方は大丈夫そうだな。おい白髪、一人で歩けるな?」

「……ええ」

 戸惑いながらもアマメは首肯するアマメを流し見て、巫女装束の女は舞桜を背負う。

「待って、那月桜が無くなっちゃうよう!」

 舞桜が足をじたばたさせながら、那月桜を名残惜しそうに見ている。

「おいピンク髪。大切なものは人それぞれだが、自分の命より大切なものはねえよ」




 舞桜とアマメは避難用トラックに揺られ、故郷から離れていた。窓の外では無限に湧き出てくる魂魔と、現場に続々と到着した刀を所持した巫女装束の女たちが入り乱れている。

 滅びゆく故郷の様子を見つめていた天美は「私ね、あなたに黙っていたことがあるの」と前置き、告げた。


「私の真白院家はね、由緒正しい戦巫女の家なの。真白院家に生まれた女は、生まれた瞬間から魂魔と戦う使命が与えられる」

「そうなんだ……」

「私はこれから、戦巫女への道へ進まなければならない。あんなバケモノを倒す力を身に着けるための厳しい道に。だから……ごめんなさい。私はあなたと一緒には居られない」


 天美は申し訳なさそうにして謝った。彼女とて、せっかくできた親友と違う世界に住まないといけないのは悲しい。だが仕方がない。それが真白院家に生まれた者の宿命なのだ。

 舞桜は顎に人差し指を置いてわずかばかり考えたのち、あっさりと言ってしまう。


「じゃあ……じゃあさ、わたしも戦巫女になればいいんじゃない? だったらずっと天美ちゃんとずっと一緒にいられる! 決めた! わたしも戦巫女になる!」


 突拍子もない宣言に天美は唖然とする。少し嬉しくなるが、すぐさま首を横に振ってその宣言を否定する。


「ダメよ! 見たでしょ、あのバケモノを。あんなのと闘い続けなければならないのよ。命の保証なんてない。戦巫女になれるのは戦巫女の家に生まれた女の子だけ。戦巫女の名家である真白院家に生まれたわたしはなれるけれど、普通の家で生まれたからあなたにはなれないの」

「そんなことやってみないと分からないじゃん! 言ったもん、わたしは天美ちゃんとずっと一緒にいるって!」


 たった一人の友人に、そこまで言われて嬉しくないわけがないが、それでも……。


「やっぱりダメ。あなたには……傷ついてほしくない。私の大切なヒトだから」

「だったらわたしだってそうだよ! アマメちゃんが傷つくの、嫌だもん! それに、皆が傷つくのも見たくない!」


 辺りを見渡すと、トラックに乗っている住民たちは皆、故郷を失ったショックで憔悴しきっている。

 舞桜はそんな様子を見て、胸に手を置いた。


「わたしはなるよ、戦巫女に。それで魂魔を倒して、みんなのタノワクを守りたい。そして戦巫女になったら、八雲に戻って、満開に咲く那月桜を見に行こうね」


 天美はじっと舞桜の言葉に耳を傾けた。彼女の想いを受け取った天美は尋ねた。


「…………良いのね? 戦巫女の道はすごく大変な道よ。さっきも言った通り、死んでしまうかもしれない。大丈夫なの? お人好しのあなたにできるの?」


 舞桜はそっと胸に手を当てて、澄んだ瞳で答えた。


「大丈夫! 大切なのはわたしのタマシイだから! わたしのタマシイは言っているよ。戦巫女になってアマメちゃんの隣に立つって」 

「……その言葉、信じていいのね?」


 舞桜は笑顔でこくりと頷いた。


「うん! 約束! 指切りげんまん、嘘ついたら天美ちゃんが近所のお団子屋さんの五平餅、千個たーべる!」

「……それはご褒美なんじゃ」

「とにかくなろう、二人で一緒に最高の戦巫女に!」

「確かに……うん。なれる気がしてきたわ。私たちなら。一緒に憎き魂魔を討滅しましょう」

「うん。絶対なれるよ! だってわたしたちはずっと一緒だから!」

 少女たちは互いの小指を固く結び誓い合った。




――2029年。八雲村の大半が妖魔襲撃の影響により壊滅。隣接市の神ケ原市に編入合併したことにより、八雲村は完全に地図から姿を消した。八雲村の名所であった那月桜も妖狐の焔によって完全に焼失した。多くの重傷者を出すものの、戦巫女の尽力により奇跡的に死者はゼロだった。

 これが『八雲村妖魔襲撃事件』の顛末である。

 この一件により八雲村の住民は離村を余儀なくされた。

 舞桜は親戚がいる東京に、アマメは本家がある京都に、それぞれ引っ越すことになった。二人が再会するのは、その六年後のことであった――。

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