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16 お前たち / 神威、黒炎の霊刃に宿る

屋敷の扉を押し開けた瞬間、重い空気が全身を包んだ。

朽ちかけた柱、埃っぽい匂い、床に浮かび上がる不気味な紋様が視界に広がる。


神威が静かに言う。

「魔力の流れが歪んでいる。罠があるな」


「だろうな」

黒炎の霊刃を握り直し、慎重に足を踏み入れる。


廊下は静まり返り、ただ木材が軋む音だけが響く。


古びた扉が一つ。

その向こうから、魔力の気配が漏れていた。


「ここだな」

俺は息を整え、力を込めて扉を蹴り破った。


暗闇が口を開けた。

地下へと続く階段が、闇の奥へと伸びている。


「気配が濃くなってきた」

神威が低く囁く。


階段を降りるたび、空気は重く冷たく淀んでいく。

最後の一段を踏むと、目の前に広がったのは巨大な地下室だった。


床一面に描かれた魔法陣が、ぼんやりと脈動している。

その中心には、黒紫色に輝く錬金術の写本が浮かび上がっていた。


「動いてやがる」

魔法陣が呼吸をするように光を放ち、冷たい音を立てる。


だが、次の瞬間――


ゴゴゴゴゴ……!

地下室全体が振動し、魔法陣から黒い霧が噴き出した。


霧は絡み合い、異形の魔物が形を成す。

人間と獣が混ざり合ったような歪な姿。

鋭い爪、無数の目、腐食を撒き散らす唾液。


「随分と下品な召喚だな」

神威が嘲笑う。


俺は黙って霊刃を構えた。

魔物が咆哮を上げ、爪が風を裂いて襲いかかる。


魔力を足に込め、地を蹴る。

一瞬で間合いを詰め、黒炎の霊刃を振り抜いた。


爪が断ち切られ、魔物が悲鳴を上げる。

だが、霧が揺れ、すぐに再生する。


「再生か…面倒だな」


「写本だ」

神威が冷静に告げる。

「あの写本から魔力が供給されている。核を断て」


「なら――終わらせる」

魔物が再び突進してくる。


俺は魔力を黒炎の刃に込め

一気に地を蹴った

霧の体をすり抜け

一気に魔法陣の中心へ


刃が赤黒い閃光を放ち

写本を貫く



ズドンッ!

魔法陣が砕け、黒い霧が四散する。

魔物は断末魔を上げながら消滅し、地下室に静寂が戻った。


「終わりか」

写本を拾い上げる。



神威がぼそりと呟く。

「これだけでは終わらぬぞ。裏で何かが動いている」


「分かってる」

その時、背後から――

パチンッ

乾いた音が響いた。


ゆっくりと振り返る。


地下室の入口、階段の上。

そこには一つの影が立っていた。


重い外套を纏い、鋭い目元を細め、静かに俺を見下ろしている。


「さすがは仮面の」

低く響く声。

その一言に、嫌な寒気が走る。


男はゆっくりと足を踏み出す。

薄ぼんやりとした光が顔を照らすと、その狡猾そうな表情が浮かび上がった。

眩く光るダイヤのペンダントトップが闇に光線を描く。


「修羅、初めましてだな。俺はダグド」


名を聞いた瞬間、神威が鋭く反応する。

「……妙だ。この気配……」


「何の話だ?」

俺が問いかけても、神威はそれ以上答えない。


ダグドの足元から黒い霧が蠢き、地下室全体に嫌な圧が広がる。

「写本は手に入ったようだな。それで満足か?」


俺は黒炎の霊刃を構える。

「神威、コイツはギルドの幹部の一人だったと思う…見かけた事があるくらいだが…ダグドって名前じゃなかったはずだしこんな禍々しい気配…おかしいよな?」


神威は何も語らない。



ダグドは冷ややかに笑い、手を一振りした。


黒い霧が地下室全体を飲み込み、視界が歪む。


「今はいい。今日はお前たちを俺たちが見たかっただけ…またすぐに会う」

その言葉を残し、ダグの姿は霧の中に掻き消えた。


霧が晴れ、地下室に再び静寂が戻る。

だが、残された空気には、嫌な余韻が漂っていた。



神威が低く囁く。

「奴は強い。油断するな」


「ああ、お前たちって言ってたな…神威の存在に気付けるもんなのか?」


神威が一瞬間を置いて答える。

「気付けるかどうか…力量次第。我とて気配を完全に隠せる訳ではない。存在を嗅ぎ取る者がいてもおかしくはない…今まで出会った者どもとは違う…奴の周囲にいる者たちは人間ではない可能性もあるの」


俺は眉を寄せて黒炎の霊刃を見下ろした。

「ただの人間じゃないって…魔人か?人に化ける魔人がどうのって噂があったな」


「それも分からぬ。だが、奴が発していたのはただの魔力ではない。もっと原初的な力…我の力を以てしても、簡単に勝てる相手ではないかもしれん。」


「そんな弱気なことを言うなんて珍しいな。けど、俺はやるだけだ。」


「当然だ。お主が引くなどという選択肢は初めからないだろう。必ず奴の目的を突き止めるのだ。」


「分かってるよ。」 俺は霊刃を鞘に収め、闇夜の中に歩を進めた。



◇◆-◇◆◇-◆◇-◆◇◆-◇◆-◇◆◇-◆◇-◆◇

◇◆-◇◆◇-◆◇-◆◇◆-◇◆-◇◆◇-◆◇-◆◇


神威は定めによって

100年以内に

宿主となるべき相手を見つけ

安住の地を得なければならないという

制約が課せられた


さもなくば

その力が薄れ

この世に存在し続けることすら

叶わなくなる


焦燥を抱えながら

彼は時の流れに

身を任せていた



1530年


定めから70年が過ぎた。


彼の目に留まったのは、戦国時代に名を馳せた天才鍛冶師、東条幸村の姿だった。

幸村は日々鍛錬に励み、火花が舞い散る中で真剣な眼差しをたたえ、鋼を打ち続けていた。


その鍛冶場には、どこか霊妙な雰囲気が漂っていた。


炎が高く燃え上がるたびに鋼が赤く輝き、幸村が鎚を振るう度に、神威の内に眠る何かが共鳴するのを感じた。


「この者は何者なのだ…」

そう思わずにいられないほど、幸村の技術には惹きつけられるものがあった。


彼はただ鋼を打つだけの鍛冶師ではなく、その刃に魂を込める技を持っていた。


そして、いつの間にか、神威は幸村のそばで29年の歳月を過ごしていた。

その間、彼は刻一刻と近づく期限を忘れ去り、ただこの鍛冶師の手から生み出される刃の数々に心を奪われていた。


やがて、期限が迫っていることに気づいた時、神威は愕然とした。

残された時間はあとわずかしかなかった。


どうすべきかと考えを巡らせたその時、彼の目に映ったのは、幸村がまさにその瞬間、作り上げようとしていた一振りの刀だった。

漆黒の闇のような刃に、彼の魂が込められ、火花が燃え上がるたびに鋭さを増していく。



「…我が宿るべきはこの刃か…」


  神威はそう悟った



神威は静かにその刀に向かって自身の意識を集中させ

まるで新たな住処に入るかのように、その刃へと流れ込む感覚を覚えた


鋼の冷たさ、研ぎ澄まされた闇のような黒光りの中に

魂を沈め、まるで夢を見ているかのように意識を委ねていった



神威の意識と 刀が一体となり

「黒炎の霊刃」が完成したのだった。







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