14 闇市場の潜入、ざまぁであるな
ズールとの戦いから3日が経った
体は完全に回復し、解毒の処置も終わっている。
残るのは鈍い疲労感だけだが、それもすぐに消えるだろう。
朝霧がまだ街を覆う中、俺は北側の地下市場への道を辿っていた。
来るのは初めてではないが、何度訪れても慣れない場所だ。
周囲に漂う空気は、どこか異様に湿っている。
闇に蠢く殺気や悪意が混ざり合い、街全体が微かに息を潜めているようだった。
「嫌な雰囲気だな」
神威が呆れたように念話を送ってくる。
俺は鼻で笑い、足を止めることなく路地裏へと足を進めた。
薄暗い路地の先には、冷たい空気が流れる石造りの階段が続いている。
その先に広がる地下市場――そこに潜む闇を暴き出すため、俺は迷わずその階段を降り始めた。
北側の地下市場
法も秩序も存在しない、闇の取引が行われる場所だ。
殺気や悪意が渦巻き、油断すれば命を落としかねない。
路地裏の扉を潜ると、冷えた空気と共に、地下へ続く石造りの階段が現れる。
足音を殺し、慎重に降りる。
「…賑やかだな」
階段を抜けると、広がっていたのは暗闇に輝く異様な市場。
見たこともないようなアイテム、魔道具、魔石、怪しい薬、血染めの武器、そして――人間の取引すら行われている。
粗末なランプがそこかしこに吊るされ、薄ぼんやりとした光が人々の顔を不気味に照らしていた。
写本を狙っている連中――。
必ずこの地下市場に繋がっているはずだ。
市場の中を歩く。
周囲の目はすぐに俺に向けられた。
異質な空気に混じった、無言の敵意が肌を刺す。
「…よそ者か?」
ひとりの男が舌打ち交じりに声をかけてきた。
黒い頭巾を被り、ナイフをちらつかせる。
俺は一瞥し、言葉を吐き捨てる。
「写本の事、知ってるなら全部話せ」
男は一瞬硬直し、すぐに笑みを浮かべた。
「写本?知らねぇが」
言い終わるより早く、俺は一歩踏み込んだ。
ナイフが閃くが、手首を捻り上げ、鈍い音と共に地面に転がす。
「遊んでる暇はない」
足元の男に低く囁くと、周囲の目が一層鋭くなった。
その時だ。
「写本だと?」
群衆を割って現れたのは、重厚な外套を羽織った大男だった。
片手には奇妙な黒い杖。
その先には、魔石が埋め込まれている。
「お前は…?」
「闇市場じゃ、力がないヤツの言う事は全無視だ――試させてもらうぜ」
杖の先が黒い霧を纏い、空気が重たく歪んだ。
闇系の魔導士だ。
「遊んでやる」
俺は黒炎の霊刃を引き抜いた。
霧が一気に俺を取り囲み、視界を覆う。
空気が淀み、喉を刺すような悪臭が広がる。
だが、その一瞬で俺は間合いを詰める。
「速い…!」
驚愕の声が霧の向こうから響いた。
神威が冷静に助言する。
「視界を奪おうとしているが、焦るな。杖が核だ」
「分かってる」
黒炎の霊刃が唸り、杖を持つ腕に向けて一閃。
だが、大男は反応し、瘴気を凝縮させた魔法の壁を瞬時に作り出した。
刃が壁に弾かれ、黒い霧が再び俺を包む。
「やるな!」
俺は集中力を研ぎ澄まし、魔力を巡らせた。
周囲の霧を斬り裂きながら、大男の動きを見極める。
一瞬の隙――それだけで十分だ。
魔力を刃に込め、一気に斬り込む。
黒炎の霊刃が赤黒い光を放ち、大男の杖を直撃する。
濃縮された霧が弾け、大男の杖が砕け散った。
「ぐっ…!」
大男が膝をつく。
その手から転がり落ちた杖の欠片が、不気味な瘴気を纏いながら静かに床に散らばった。
その手から転がり落ちた杖の根元には、禍々しい紋章が刻まれていた。
明らかに異質だ…と俺は感じ取る。
杖を拾い上げ、冷たく問いかける。
「どこで手に入れた?ここの決まりに従うのなら…無視はできないだろ?」
「北の拠点…」
大男は答えると、その場で崩れ落ちた。
神威が満足げに呟く。
「ざまぁであるな。」
「……え?ざまぁなの…?」
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地下市場を後にする。
背後では、闇市場の連中が俺を遠巻きに見ていた。
冷たい風が地上に戻った俺を迎えた。
写本の影と、何か大きなものが動き始めているのを感じる。
「面白くなってきた」
神威の笑い声が、俺の歩みに重なるように響いていた。