12 錬金術師の依頼
夕暮れの街道。
闘技場から離れ、静けさに包まれた途りを歩いていると、背後から声がかかった。
「待ちな」
足を止め、振り返る。
そこに立っていたのは、以前俺に魔石の装備を作ってくれた錬金術師だった。
シワの深い顔に陰の表情を浮かべ、じっと俺を見つめている。
「久しぶりだな。何か用か」
「覚えているか?代金の代わりに、何か依頼すると言ったことを。」
「ああ、あの時の約束か」
錬金術師はわずかに眉を動かし、手招きした。
「話がある。工房まで来い。」
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工房の扉を抜けると、鼻を刺す薬品の臭いが漂いてくる。
奇妙な瓶や魔道具が所狭しと並べられ、どこか不安定な空気が充満していた。
錬金術師が椅子に座り、重い口を開く。
「息子がな、殺された。」
言葉が静かに落ちる。
「一子相伝の…特別な錬金術の写本が盗まれた。」
俺は黙って錬金術師の目を見つめた。
彼の瞳には怒りも悲しみも消え、ただ虚無だけが浮かんでいる。
「親が言うのもなんだがあいつは凄腕だった。誰にやられたのか理解できん。お前さんなら…分かるだろう?」
工房の階に据えられた結界の光が微かに揺らめく。
その力に俺は気づいた。
「特殊な防御の結界がかかっているな…攻撃を許可しない系か…?」
「ああ、息子も同じものを常時展開させていた筈だ。それなのに惨殺された…」
錬金術師の声は深く静かに沈む。
「依頼だ。犯人を探し出し、写本を取り戻してくれ。」
俺は黒炎の霊刃を撫でながら立ち上がった。
「…わかった。」
工房の外に出ると、冷たい夜風が預をかすめる。
神威が低い声で語りかける。
「どう見る?」
「凄腕の錬金術師が簡単に殺されるとは思えない。何かが裏にある。」
「写本を奪われた目的が気になるな。ただの技術書ではあるまい。」
俺は夜暗の中へと歩き出した。
闘技場の熱狂とは違う、静かで底しれぬ戦いの気配が、待ち構えているのが分かった。
月が雲間から顔を覗かせ、俺の影を長く伸ばしていく。