第93話『激情―――』
同時刻。
清桜会新都支部支部長室―――――。
「支部長、そろそろ定刻ですが」
頭数は揃っているはず、と『至聖』である古賀宗一郎は、窓の外を眺めている佐伯に声をかけた。
支部長室に置かれた対面ソファと黒光りするテーブル。
上手から、悪霊修祓実働部隊を統括する『至聖』、古賀宗一郎。
科学解析部技術開発班班長、支倉秋人。
霊障医術部医務班班長、志波華帆。
結界構築部現場統括責任者、柏俊太。
悪霊除霊部実働除霊班班長、物部狭間。
広域探査部総合情報統括班班長、八乙女泉。
それは、現在の新都支部を統括する重役達に他ならない。
「今日は、静かですね」
「……支部長?」
窓の外を見ていた佐伯は、こちらを一瞥し、再度窓の外を見やる。
「まだ、揃っていません」
宗一郎は佐伯が何を言っているのか分からなかった。
普段の会合であれば既にこの面子で始まっている。
卓を囲んでいる者達と目線が合うが、詳細を知っている者はいないらしく、皆頭に疑問符を浮かべている。
と、不意に。
「……!」
支部長室のドアが大きな音を立てて、軋む。
ゆっくりと奥にいる人物の全容が明らかになる。
この度の会合に参加すると思われる最後の来訪者が、そこに立っていた。
華奢で小柄な背丈に闇に映える漆黒のパーカーとスウェット。
そして。
『狐』の面―――――。
「「「っ……!」」」
皆の息を呑む音―――――。
ただ、隣に座っていた秋人だけは不敵な笑みを浮かべていたのを、宗一郎は気付いた。
「……全員、揃いましたね。
では、始めましょうか」
佐伯支部長はこちらへと向き直り、その白銀の睫毛を揺らす―――――。
***
「7月20日、15時19分。
新都西区大門通にて、青木ヶ原樹海奥地D-8地点にて封印されていた妖『大嶽丸』が、368秒の現界状態にあることを広域探査部総合情報統括班が観測。
現界妖近くにいた泉堂学園所属特例隊員『古賀京香』『宮本新太』両名、清桜会指定第一厳戒対象『来栖まゆり』が応戦しますが、まもなく戦闘不能。
同学園2-B所属『蔦林虎ノ介』による結界術により、近くの一般人は全員無事被害はありませんでした」
そこまで読み上げた泉は、「そして……」と、扉にもたれかかり腕を組んでいる『狐』の方をチラリと見た。
「同じく清桜会指定第一厳戒対象『狐』と、対象が交戦開始。
八十秒後、同陰陽師における未知の陰陽術により、対象を撃退と同時に霊力消失を確認。
―――――以下、被害状況です。
大門通り全域封鎖、近郊商業区域非陰陽師立ち入り禁止、今現在も継続中。
『大嶽丸』霊力残滓による一般人への霊障を確認。霊障医術部、悪霊除霊部が協働し、被害者の対応に当たりました。現在は退院とのことです」
泉と目が合った。
これから彼女が話す被害報告は、恐らく交戦した者達のもの。
「対象と交戦した『宮本新太』、全身打撲、左足首捻挫、第3、5肋骨骨折、治療の後、7月28日退院。この回復力は、十二天将の影響を受けていたと思われます。
『古賀京香』、鳩尾における鈍的腹部外傷、治療の後、7月23日退院。
『来栖まゆり』、頭部裂傷、左腕完全脱臼。
治療、そして検査入院を経て、8月2日退院。
そして―――――『狐』。
対象の霊力が消失した後に、同陰陽師の霊力反応も消失。
ただ……直接的に関係があるかは不明ですが、「一匹の狐に連れ去られる少年」の目撃情報があり」
「報告は以上です」と言いながら、泉は腰を下ろした。
重苦しい雰囲気が、部屋中に立ちこめる。
それもそのはず。
我々が置かれている現状は、―――――遙かに厳しい。
―――――私の息子娘が巻き込まれた、7月20日に発生した全国的な妖による襲撃。
東京、新都、大阪、京都、青森、岩手、伊勢、広島、鹿児島。
日本全国に存在する清桜会支部のある都市を、妖が襲った。
新都の被害状況は、まだ良い方だった。
撃退できれば良い方、青森や広島は組織としての活動維持限界まで壊滅的な打撃を受けた、らしい。
それも全て、悪霊を遙かに凌駕する霊力及び神性を有する妖のせい。
まず、一般隊員は太刀打ちができないだろう。
もちろん、俺も『赤竜』があって、善戦できるかどうか……。
「清桜会は、風前の灯火です」
重苦しい雰囲気の中、佐伯支部長はやはり窓の外を見ていた。
航空障害灯が見える高層ビルの間隙。
街を覆う靄の中、見える数多の光。
それは、そこに人が生活し、日々の営みを行っている、と言うことと同義。
「『暁月』、と名乗る組織が主犯です。
組織は『旧型』で構成されていて、『新型』の排斥を謳っています」
ゆっくりとかぶりを振り、佐伯支部長はこちらへと目線を向けた。
「我々は、日本国における対悪霊治安維持機構。
ですが、治安を乱す『旧型』も、敵です。
……手段を選んでいる暇は、ありません。
奴らは、人間では、ない」
―――――!!
普段、何を考えているか分からない佐伯支部長。
しかし、今この瞬間だけは。
彼女の心中を何が占めているか、容易に理解することができた。
激情―――――。
「これからの時代に、いらないゴミを焼き払いましょう
後悔と悔恨を、低俗で野蛮な猿の小さな脳に刻みましょう。
明確な殺意を以て―――――殺しましょう」
「―――――支部長……?」
嗤っていた。
笑っていた。
口角を上げ、頬を紅潮させ。
支部長は、見たことのない笑みを浮かべていた。
対面に座っていた泉が、息を呑む音が聞こえた。
「私から二つ、提言します。その、一つ目」
黒光りのテーブルに、無造作に書類が置かれる。
顔写真付きだが、どの写真もうら若い少年少女だった。
宗一郎は、その少年少女が泉堂学園の制服を着ていることに気付いた。
「第三世代の陰陽師を、急造すること」
―――――「急造」。
おおよそ人にかかる言葉でないことに、違和感を覚えた。
「そして、……もう一つ」
支部長は、それまでずっと黙って話を聞いていた『狐』に目線を向けた。
「『狐』……、いや―――――黛仁」
「……」
「貴方に、清桜会に入っていただきたいのです」