第92話『花火と火花』
「私が思うに、発現事象発動までのラグ、ね」
「やっぱりそうだよな……」
「何か陽動のようなモノでもあればね。
それこそ、『六合』と同調させたときにどうなるか……」
「そう……だね。
やっぱり難しいよなぁ……、新しい式神」
時刻は18時過ぎ。
俺と京香は本日の修練を終え、宿泊棟の方へと戻ってきていた。
タイムスケジュール上は、これから夕食の時間となってはいるものの、混むだろうから時間をずらそうと京香と話をしていた。
食堂が閉まる時間ギリギリを狙って……。
「……?」
唐突な、スマホの通知。
画面を見ると虎からだった。
「……何、虎から?」
「……うん」
スマホの通知画面を京香に向ける。
『古賀も呼べ! 海に行くぞ!!!!!!』
画面を見た京香は、露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
***
熱海は熱海でも山間部に位置している本合宿所は、バス一本で最寄りの海岸に行くことができた。
とは言え、この時間からわざわざ海に向かう人は、俺ら以外ほとんどいない。
バス停に到着し、スマホの地図にピン留めされているところを目指し、歩みを進め数分―――――。
「ここか……」
まだうっすらと明るい、夕刻の残光を反射する海。
穏やかなさざ波の音だけが辺りに響き渡っている。
人一人いない静かな海岸―――――。
夏の夜が徐々に始まっていた。
あれ、と言うか……。
虎いなくね?
俺を呼んだ張本人である虎の姿が無い。
ここで合っているはずなんだけどな……。
何度も何度もピンの場所を確認するけど、やっぱりここだ。
「アレじゃない?」
「……?」
京香が指さす方向。
若干薄暗くなっているが、こちらに駆けてくる人影が三つ。
あの気色悪いツンツン頭は、もちろん虎。
後ろには……。
「あっ、新太さん!!」
「来栖……! ってことは、八千代もいるのか?」
顔も見えるぐらいの距離に差し掛かった時、虎の後ろにいるのが来栖と八千代だと分かった。
三人とも何か大きな何かを抱えているけど、何だ……?
「……みんないるのか」
「せっかく海に来たんだからよぉ。パーッと遊びたくね?」
「遊ぶって……、何するのよ?」
「それはなぁ……これだっ!!」と言いながら、虎、来栖、八千代は背後に隠し持っていた何かを高らかに持ち上げる。
「「花火……?」」
俺らの反応を見て、三人は楽しそうに笑っていた。
***
「おーい、古賀。 火くれ、火」
「はぁ!? ライターとかないの!!?」
「お前いるから別にいらないかなーって」
「!!!????!?!?!!」
ギャーギャー文句を言いながらも、火を付けてあげる京香は優しいなぁ……。
虎の持つ手持ち花火に小さな火がつき、やがて真っ白や赤やら緑色に変化しながらススキ花火が燃え始めた。
ってか、こんなことに式神使って良いのか?
多分アウト。
「はい、新太さん。どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
来栖が何本かの手持ち花火を俺に渡してくれた。
「来栖達も、ごめん。
大方、虎に付き合わされた感じでしょ?」
「いえ、違うんです……!
たまたま修練終わりに虎先輩に会って……、何か夏っぽいことしたいですねーってお話ししてたら、虎先輩が、「じゃあ、やろう!」って……。
企画は虎先輩ですけど、発案者はウチ達なんですよ」
なるほど……。
そう言う経緯か。
急に一体どういう風の吹き回しかと……。
「宮本先輩! まゆりちゃん! 火貰ってきたよ!」
虎たちの方から走ってくる八千代。
その両手には火を噴き出している手持ち花火が。
「よし、ついた!」
来栖の手持ち花火に火がつき、その火種を俺の花火へ―――――。
「ありがとう……、うおっ」
花火なんて何年ぶりだろう。
物心ついてから、やった記憶がない。
それは多分京香も同じだろう。
久しぶりに握る手持ち花火の感触に、どこか落ち着かなそうな表情を浮かべている。
「どうだぁ? 古賀。
炎の式神使いのお前も、花火は新鮮だろ」
「……うん。
まぁまぁ……、綺麗ね」
金色の髪の毛を炎で照らされた京香。
その場にしゃがみ込んで、ただじーっと吹き出す炎を眺めているのが京香っぽくなくて面白い。
「おい、新太! 今から花火で文字書くから当ててみろ!!」
そう言いながら、虎が何やら火が噴き出す手持ち花火を、縦横無尽に動かし出す。
あー、よくあるやつね。
花火の残光が目の錯覚で空中に残って見えるやつね。
「『コ』……『ガ』……」
京香のことか。
「『ア』……最後難しいな。
えっと……何だ……?」
カタカナの『ホ』か。
『コ』『ガ』、『ア』『ホ』。
…………。
「おーい、京香ー」
「何?」
「虎が京香のこと、バカでブスで、アホだってさ」
「殺す」
手に持った花火を虎に向かって投げまくる京香。
それに対し、紙一重で回避する虎。
テレビならば、「危険なので止めましょう」と言うテロップが入るだろう。
もしくは、「彼らは特殊な訓練を受けています」。
「うわー、楽しそー!」
あれが……楽しそう?
八千代は八千代で、完全に他人事だった。
「……でも、ちょっと安心しました」
アホ二人の様子を見ながら、来栖が静かに呟く。
「……? 何が?」
「古賀先輩」
それだけで、来栖が何を言いたいのか分かった。
先の妖との戦闘。
俺らの窮地を救ったのは―――――仁だった、と聞いた。
京香も来栖も何もできずに倒れた、とも。
京香は、その現実を良しとはしない。
別に今更、仁と張り合おうとする気はないだろうけど、それでも「古賀」である自分が早々に倒れてしまったことを、今でも悔やんでいる。
長年の付き合いだ。
それくらいは分かる。
だからこそ。
あれ以来京香は、どこか余裕が無かった。
いつも苦しそうな、気の張り詰めた表情をしていた。
それを、来栖自身も分かっていたのだろう。
「ひょっとして……、気を使ってくれた?」
「……少しだけ。
やっぱり古賀先輩には、普段通りでいて欲しいですし」
目の前の京香は、ごくごく自然に虎へと敵意を向けている。
それはまさに平常運転。
そんな中に、時折見せる笑顔―――――。
「ウチ達も、向こうに行きましょ!」
「……そうだね。
おらっ!!」
俺は来栖のススキ花火を一本もらい、火を付け……。
虎めがけてぶん投げた。
「あっつ!! 新太、てめぇ!!!」
夏の夜が、深まってゆく。




