第91話『明星会 参』
「俺らは完全別行動、か……」
昼食を終え、いざ実習を開始しようとしようとした矢先、担当教師から移動を命じられた。
学内ネットの個人ページを確認したところ、俺の今後の予定が変更されていた。
とある人物との組み手、式神演習。
その人物との手合わせ自体はかなり久しぶり。
多分、中学以来……とか?
第20修練場。
表示を確認し、中に足を踏み入れた。
「遅い」
「……すいません」
不機嫌そうに髪の毛先を指で弄んでいるのは、―――――古賀京香。
「アンタと私が、他の生徒と同じ動きなわけないでしょ」
「ちゃんと確認しなさいよ」そう言いながら、京香は簡単にその場でストレッチを始めた。
広い屋内の修練場内は、俺と京香以外誰もいない。
いわゆる……VIP待遇ってやつだろうか。
「俺らで、丸々一つの修練場使って……良いんだね」
「むしろ当たり前。旧型の式神が周囲に与える影響を考えたら当然のことね」
担当の教員もいないようだし……。
「まぁ、とりあえず準備体操がてら……三本先取ね」
「……!」
不意に。
目の前で構える京香の姿が。
記憶の中の京香の姿と重なった。
***
「「お願いします」」
ムシムシした道場内は、俺と京香しかいなかった。
古賀本家の道場―――――普段であれば、多くの門下生の覇気のある声が飛び交っているはずだ。
しかし、今は夕暮れ時と言うこともあり、道場内は静寂が支配していた。
今はただ、二人の静かな呼吸音だけが、鳴り響いている。
―――――古賀流。
合気を主体とし、カウンターを前提に動きを作る。
力では無く、『業』。
徒手空拳や剣技、槍術など応用の幅は広く、俺も京香も幼い頃から一通り叩き込まれた。
「……」
いつ相手の間合いに入るか、呼吸と動きの僅かな機微を読む。
数刻にも満たない刹那、一瞬の瞬きの間に。
―――――京香の姿が、消えた。
「……っ!」
ほとんど反射的に、上段への蹴りを両手で受けていた。
しかし、それを見逃す京香ではない。
空いた右脇腹への追撃。
体を捻り何とか威力を殺す。
戦闘における最も大きい隙、それは相手が業を出した瞬間。
体勢も間合いも乱れに乱れた、今!!
京香の懐に飛び込み、道着の袈裟を掴む。
誰の目にもそれが投げ技の予備動作だと分かる。
「あ……!!」
「よいしょぉ!!!」
これが、始めて京香から一本とったときの記憶―――――。
***
「―――――!!!」
俺の顔の目の前を京香の健脚が薙いだ。
足蹴りを主体とした連撃技。
地面に接地する時間を極限まで短縮することにより、その間合いを気取られないようにして……!
蹴りを受け矢先、跳んでくる第二第三の蹴り。
こちらが目で追う速度を、遙かに凌駕している。
カウンターを完全に捨てた超速格闘。
「『受け』の暇も与えないほどの、『手数』」
「っ……!」
体勢を僅かに崩されたのを―――――突かれた。
両の足で思いっきり蹴り飛ばされ、背後へと吹っ飛ばされる。
「いってぇ……」
「よし、三本目。私の勝ち」
腕を組みながら、地面に転がっている俺を見下ろしている京香。
ストレート負け、か。
俺も、動きは悪くなかったように思うんだけど。
それ以上に京香自身気合いが入っていたとでもいうべきか。
「はぁ……」
ともかく勝ち誇っている自信満々のドヤ顔に、俺も素直に敗北を認めるしか無い。
「体幹が左に寄りすぎ。重心ブレブレ」
「最近サボり気味だったからなぁ……」
「基礎修行からやりなおし、ね」
「……はいはい」
頭を掻きながら起き上がると、既に京香は護符に霊力を流し、炎を展開していた。
お次は、式神躁演。
となると、俺も使ってみるか。
「……」
懐から真新しい護符を取り出す。
それは紛れもなく、昨日秋人さんから受け取ったモノに他ならない。
俺、宮本新太専用に調整が施された固有式神。
「―――――『蛍丸』、起動」
音声認証の後、手に持った護符が溶けて粒子へと形象変化――――。
やがて、俺の手に形作られる一振りの白銀。
諸々の機構は、全て『虎徹』を踏襲している。
式神の形も、結局一番使い慣れている形が良い。
「発現事象は、やっぱり『加速』派生のものにしたの?」
確かに、運動制御系の発現事象が一番肌に合っている。
機構も扱いやすいモノが多いし、術式も頭に入っているが故に躁演の苦労も少ないだろう。
―――――しかし。
先の妖との戦闘で、俺はこれからの自分の戦い方を模索していく必要性を感じていた。
だからこそ。
俺が秋人さんに依頼した発現事象、それは―――――。




