第90話『明星会 弐』
バス車内が騒がしくなる気配で目が覚めた。
ぼやける視界で京香越しに外を見ると、去年も泊まった合宿所の外観が見える。
ちなみに京香は一番最後に目を覚まし、一番最後にバスを降りた。
新都からバスで大体二時間弱。
なぜ『熱海』にあるのかは分からない。
もっと新都の近くに作れば良かったのにと、ただの一般生徒目線では思うが、色々と考慮することとかあるのだろう。
でもまぁ、海に近い、というのもなかなかポイントが高い。
新都は完全に内陸かつ盆地に位置しているため、沿岸に行く機会がなかったりする。
―――――泉堂学園直轄合宿所『睦月』。
宿泊棟では収容人数千人を誇り、広大な敷地内には、二十を越える修練場がある。
合宿時期以外では一般開放もしている施設らしい。
税金を使って建設された施設故に、一般市民に還元しなければならない事情もある。
「ちょっと、京香」
「……ん」
目を擦りながら欠伸を一つ。
めちゃくちゃ眠そうだ。
昨夜も遅くまで学校の修練場にこもっていたらしい。
京香の気持ちは分かるけど、根を詰めすぎては逆に体に悪い。
と、本人に伝えたところで、素直に話を聞き入れる奴ではないのは知っている。
『それでは、「明星会」のオープニングセレモニーを始めます』
メガホンを持った……、アレは三年の先生だろうか。
全校生徒が学年学級ごと規則的に並んでいる前でメガホンをハウリングさせながら、指示を出している。
……ってか、合宿のオープニングセレモニーって何だ。
『それでは五日間お世話になる、合宿所の寮長に挨拶を頂きます』
そう言いながら、先生は傍らに立っている、寮長らしき女性にメガホンを渡した。
何やら高身長で頭にはバンダナをかぶっている、寮長と言うよりは食堂のおばちゃんといった出で立ち。
『ご紹介に預かった、この『睦月』の寮長を務めている片平だ。
昨今、霊的災害及び人災が増えている現状、陰陽師に求められる役割も非常に大きなものになっている』
にわかに生徒達の間に走る緊張感。
『要は、強くなれ。
五日間、死ぬ気で動いて死ぬ気で飯を食って、死ぬ気で霊力を使え、―――――以上』
先生に再度メガホンを戻し、施設の中へと戻っていく寮長。
残された俺ら生徒達は、誰も何も発さずその場に佇むのみ。
『あ、えー……。
それでは、各学年学級個人ごとの今後の動きは、学内ネットの個人ページにレジュメが出ているので、各々確認するように。それでは、解散』
転瞬。
生徒間の騒がしさが戻ってくる。
中にはキャリーバッグを引いて、既に合宿所に入っていく生徒や、ログインページを開いて今後の動きを確認していると思われる者。
バスの日陰で水分をとっている者と、思い思いに過ごしているようだった。
スマホで時間を確認すると、現在時刻は……、10時ジャスト。
俺ら2-Aは、昼食をとった後に13時から第4修練場で実践訓練、だったはず。
それまでどうしたものか。
昼食には早すぎるし……。
京香に意見を仰ごうとした矢先。
「お~い、新太~~。古賀ぁ」
ボストンバッグを担ぎながら、こちらへと歩いてくる変な頭。
「B組はまだ実習始まらないのか? 虎」
「うんにゃ、俺らも13時からよ。それまでどうすっかね……」
「……別に予定もないなら、一緒に施設周りの確認でも行ってみるか?」
去年ぶりの合宿所なので、勝手を忘れているところがある。
それに今回は五日間という長めの滞在になる予定、慣れておくという意味でもここは……。
「ウチ達も、一緒に行っていいですか?」
「……?」
唐突に会話に割って入る声。
確認するまでもない。
この声は。
「お、ちよちよとまゆりじゃ~ん」
俺達の背後には、笑顔を浮かべた夏目八千代と来栖まゆりが立っていた。
「……来栖、大丈夫?」
「……もうすっかり、ピンピンですよ!」
少しだけ照れたような笑みを浮かべている来栖。
会うのは来栖の退院の日以来。
何度もお見舞いに足を運んでいたけど、来栖は元気そうに俺を出迎えてくれた。
あの妖との一戦で負った負傷。
妖の攻撃の瞬間、全霊力を防御へと転化して事なきを得た。
病室で「ウチ、天才なんで!」とドヤ顔をしていたのも記憶に新しい。
負傷後来栖を覆っていた虎の結界も、病状を悪化させない上で効力を発揮したようだった。
「私達1-Aも、お昼食べてから実習なんですよ~」
「ウチ達も暇してて、皆で回りませんか? 合宿所」
「それは全然構わないけど……虎も良いよね?」
「当たり前ー」
「……京香は?」
「私はパス。部屋で寝るわ」
そう言いながら、早速合宿所の方へと歩いて行く。
「……んじゃ、荷物部屋に運んだら、回りますか」
「あぁ」
五日間の合宿が、今始まる―――――。




