第89話『明星会 壱』
[8月6日(火) 上総町私立泉堂学園 8:20]
「全員いるか~? よし、それじゃ揃ったクラスから乗り込め~」
泉堂学園内の駐車場に並んだ大型のバス。
教師の主導で、ぞろぞろとバスに乗り始める生徒達。
それは我が2-Aも例外ではない。
俺はほぼほぼ列の最後らへんに並び、そして俺のすぐ後ろには京香が並んでいた。
その結果。
「まぁ、そうなるよな……」
バスの座席、隣は京香。
「何、文句あんの?」
「全然ないです」
ドカッと当然の如く窓側に先に座り、悠然と足を組む姫様。
そして、退屈な時間を持てあますかのように、外へ目線を向けてしまった。
まぁ、俺も寝る以外やることはないか……。
虎でもいれば良い暇つぶしができるんだけど。
そもそもクラスが別であるため仕方が無い。
―――――『明星会』。
泉堂学園において夏期休業中に行われる、式神演習や陰陽術の戦闘訓練の強化合宿である。
参加者は全学年の生徒であり、熱海にある泉堂学園の関連施設に四泊五日で缶詰し、戦闘能力の向上を目指すというものだ。
昨年までは二泊三日だったけど、霊災や昨月の妖による新都襲撃の影響もあるのだろう。
露骨に合宿期間が長くなり、実習内容の充足が図られた。
「朱雀戦上位者は、参加が免除されているそうよ」
バスが走り出して数刻、ずっと黙っていた京香が静かに呟いた。
……?
「……要は、めんどくさいのか。京香」
「だってせっかくの夏を、学園に拘束されるのよ!!?
五日も!!!
こんなことなら、無理矢理にでも朱雀戦に出ていれば良かった……!」
悔しげに唇を噛んでいる姿を見ると、だいぶ元気を取り戻したことに安心する。
先月はホント酷かったからなぁ……。
結構最近の記憶だけど、意気消沈している京香の姿を見るのはやっぱり俺も嫌だ。
「朱雀戦、上位八人。
佐伯支部長から直々に声がかかっているらしいね」
「アンタもアンタよ。
まゆりの一件があったとは言え、決勝に進出したんだから、黙って出れば良かったのに……」
「……」
―――――俺は結局、朱雀戦を辞退した。
あの頃は来栖絡みのことでゴタゴタしていたし、体調も万全ではなかった。
そして何より、あんな形で決勝に行きたくはなかった。
「まぁ、アンタは他力本願で決勝に行くつもりなんて無いか……」
「その通り。
……まぁ、まだ序列戦自体はあるんだし、そこで頑張るよ」
俺の返答に京香はつまらなそうに「ふぅん」と応えると、また外を見てしまった。
良いご身分だなぁ……。
自分の話したいときだけ対応してくれる俺がいて、本当に幸せ者ですね……。
「……そう言えば」
またまたこちらへ顔を向ける京香。
「受け取った?」
何を、と聞く必要はなかった。
何の話かは俺らの中ではハッキリしていた。
「……コレ」
俺は懐から白い護符を取り出し、京香の目の前に差し出した。
「アンタ専用の固有式神……。使ってみたの?」
「いや、昨日支部長から色々と発現事象とか教えてもらっただけ。
起動はもちろん、『六合』との同調もまだやってない」
「なるほどね……」
先の妖との先頭で、『虎徹』は破壊された。
量産型の式神であるため、あまり大きな影響は無いように思われたのだが、佐伯支部長からの計らいで、俺専用の式神を開発する運びになった。
それが、これ。
―――――蛍丸。
一番使い慣れている刀剣型の機構は踏襲し、『六合』の性質と親和性を考え開発した式神。
「ホントは、『虎徹』でもいいんだけどね……」
しかし。
佐伯支部長は、そのような考えでは無いようで……。
『象徴』としての、箔を付けるためとか何とか言っていた。
「解析はもちろん、一からにはなるけど……、頑張るよ。
この式神の発現事象は……」
そこで。
京香の頭が、カクンカクンと規則的に動いていることに気付いた。
話を振っておいて、眠いんかい。