第88話『暁月』
東区栗原町に存在する、原生生物保護区内―――――。
そもそもの前提として原生生物を保護するという名目上、ココには人が寄りつくことはない。
人払いの術式、隠密系の術式を駆使し、隠された死角。
昼間だというのに、ビオトープ内は重苦しい空気が流れていた。
大きく葉を広げた植物が林立しているせいだろう。
先ほどまでの炎天下から一転、夕刻時のような暗さを醸し出している。
「……」
薄く張られた一枚目の結界。
悪性をはらんだ生体光子のみを退ける二枚目の結界。
最後、最終結界を越えた先にある、小さな木作りの小屋―――――。
僕はいつものようにドアを開け、カビ臭い軋む床を鳴らしながら、地下へと下っていく。
階段を一番下まで下った最奥。
そこは、学校の体育館ほどの開けた空間が広がっていた。
光源は数えるほどの灯籠しかない。
その中心にいる、数多の人影―――――。
「あーーーーーーー、ツバキっ!!
やっと来た!!!」
僕の姿を見かけるなり、耳に劈くような高い金切り声。
一つの人影がタタタとこちらへ駆けてきて僕の目の前で止まった。
「すいません……寧々さん。外で体長を崩してしまって……ちょっと休んでいました」
―――――一条寧々。
桃色の狩衣を着た、身長が小学生くらいしかない少女。
ショートカットの灰色の髪の毛が綺麗に切りそろえられていて、薄めの化粧をしているのが分かる。
これで僕より三つも年上というのだから驚きだ。
「ほらほら早く! みんなツバキが来るのを待ってたんだよ??」
促されるままに、人影の方へと歩みを進めると。
そこには寧々さんを含め、四、五人の狩衣やら甲冑を着た人物が、テーブルを囲むように座っていた。
「―――――体調が悪い?
椿、それは拒絶反応やろ」
卓についている一人、着崩した鉄色の狩衣と大量に耳に開けられたピアス。
そして、新都ではあまり聞かない関西弁。
―――――弥生瑞紀。
「……」
「大体、お前の我慢が足りないねん。覚悟もない人間が、十二天将を制御できるわけないやろ。
自分、ほんまにやる気あるんか?」
「それは……」
「まぁ、そう言ってやるな、瑞紀。
……椿は優秀だ。予定よりも大幅に浸食が進んでいる。
適性があるが故の結果であることは、お前も分かっているだろう?」
―――――白連曹純。
瑞紀の対面に座る腕組みをした男性。
年の功は多分50から60歳ぐらいだと思うが、詳しい年齢を聞いたことはない。
白髪交じりの老兵という出で立ちで、黒色の狩衣がこれまでの歴史を感じさせる。
《そんな餓鬼はどうでもいい。
我は、一体いつ黛仁と闘えるのだ?》
「かーーーーーー!!!
お前ほんまそればっかやな!!
だから、前の出撃は、清桜会の各都市の戦闘力を測るためって言ったやろ!!」
瑞紀が突っかかっているのは、左腕の欠けた甲冑姿。
『大嶽丸』。
日本最大の霊力を携えた、大妖怪の一角。
先月の新都襲撃で、『狐』と相対した『大嶽丸』。
しかし、『狐』も十二天将。
不死性の破壊を受け、その左腕を失い、今にいたる。
「そんなに急がないでよ。『大嶽』。
―――――いずれ『狐』と闘らせてあげるからさ」
静かに口を開いたのは、卓の中央に鎮座する一人の人影。
似せ紫色の狩衣に、華奢な体躯。
とてもではないが、式神を用いた先頭ができるようには見えない線の細さ。
見た目もそれ以上に特筆すべきことはない。
そこら辺を歩いていても、目も引くこともないだろう。
しかし。
その実、この組織の実権を握り、十二家紋を統括する一族。
―――――土御門泰影。
「新都に戦力を集めたのも、皆の総意だろう?
―――――仁と天空、我が組織における最重要警戒対象」
楽しそうに、ただ嬉しそうに、泰影は笑みを浮かべている。
「『六合』は、期待外れ。適合者じゃないんだろうね……。
やっぱり、仁だよ……!
仁以外いないんだよ、俺を楽しませてくれるのは……!!」
玩具を与えられた子どものように、憧れを語る少年のように。
泰影は恍惚とした表情を浮かべながら、『狐』の名を呟いた。
そして、僕と交錯する視線―――――。
「―――――時は動き出した。俺達、『暁月』が勝つ。
後はどちらかが滅びるまで進むだけさ」
新型か、旧型か―――――。
これはどちらかが、今後の陰陽師世界の派遣を握るか、という闘いではない。
どちらが、滅びるか。
互いの存在意義をかけた殺し合い―――――。
「お前もそう、思うだろ?
―――――服部椿」
新型は、いらない。
―――――姉さんを殺した陰陽師は、僕が殺す。