第9話『逢魔時』
「それじゃあ、君はあの時助けてくれた……?」
「あまりにもボコボコにやられていたから……ねぇ」
―――――まさか、こんな早く出会えるなんて。
いつか会ってお礼をしたいと思ってはいたけれど……。
と言うか、正直まだ実感がない。
まず、この少年は陰陽師……なんだよな。
悪霊を祓っていたし。
こんな中学生みたいな見た目をしているのに、あんなに強い……。
「……もうすぐ逢魔時だな」
「…………?」
混乱している俺をよそに、少年はどうやらちゃっちゃかと話を進めるらしい。
あの夜のことは、少年からしてもあまり大きな意味を持たないのかも……しれない。
そして。
彼に言われて気付いた。
空は茜色と藍色の部分が徐々に現在進行形で切り替わっている。
逢魔時。
それは陰陽道においても大きな意味を持つ。
人ならざる存在が動き出し活動を始める―――――丑三つ時に次いで、不思議な霊体験をしたりするのが多かったりする時間帯。
「もう動き出してる奴が、大勢いる。こんだけ多けりゃ人が死ぬし、消えたりもするわな」
「……毎日、大勢の陰陽師が頑張っているんだ」
不意に、先ほど別れた京香の姿が浮かんだ。
今日も彼女はこの新都で駆け回り、正規隊員よろしく悪霊を祓う。
まだ学生の身分なのに、命を張っている。
「で、誰がこの状況を引き起こしてんだ?」
「……は?」
「いやいや、お前さっき言ってたじゃん。一ヶ月前からって」
「明らかに人為的なもんだろ」と目の前の少年は口を尖らせている。
「いや……だって、公式にも原因不明って発表がされてて……」
「何でそれを鵜呑みにすんだよ」
「…………」
「科学とやらで陰陽道が解明されてさ、パンピーでも悪霊祓えるようになったんだろ? よく知らんけど。
……だったら悪霊発生のメカニズムも同時に解明されているだろ、絶対」
「…………」
「祓えるんだったら、発生させられる。元々陰陽道は表裏一体だからな。
片方ができたら片方も可能なんだよ」
―――――何だ。
何者なんだ、この少年は。
陰陽師として、べらぼうなまでの強さを持ち、どこか達観……いや、悟ったような物の考え方。
年齢は彼の方が絶対に下であるはずなのに、どこかでそれを否定したくなる風格。
「君は……一体、何者?」
「あぁ、俺?
俺は黛仁。お前らで言うところの旧型の陰陽師」
「旧型……」
その言葉には聞き覚えがあった。
何てことない、学校の講義で、だ。
現代陰陽道が存在すると言うことは、元となった古の陰陽道もある。
その古の陰陽道を科学的に解析、理論づけ体系化され、一般化されたものが現代陰陽道に他ならない。
その現代陰陽道に基づき、人工的に造られた式神で悪霊を祓うのが、いわゆる「新型」の陰陽師。
しかし、中にはその枠にとらわれず、古の陰陽道を個人的に研究・解析し、独自の式神や術式を元に活動している者もいる。
それが……「旧型」。
「って事は……、君の式神は……」
「式神? ……おい、天」
《何だ》
「…………!」
先ほど聞こえた声。
それと共に俺の目の前に一匹の真っ白な狐が出現した。
「『特別』……!」
「オリジナル? ……あぁ、お前らはそう呼んでんだよな」
完全自立の霊獣型……!
眼前に現れた白い狐は、夕暮れ時の道ばたに相応しくないほどにその毛並みを輝かせ、その何て言うか……幻想的な雰囲気を醸し出していた。
《先ほど紹介にあずかった、天だ。よろしく頼む》
「あぁ……えっと、俺は宮本新太。よろしく。
一応、俺も陰陽師の養成学校に通ってて……」
「じゃあお前、まだ陰陽師じゃないんだな。……だからあんなに弱かったのか」
「……そうです」
それに関しては本当に何も言えない。
戦闘用の式神も発現させられない無能中の無能。
初出撃で入院するくらいには戦闘能力は皆無。
「学生も悪霊祓いに駆り出されるんだな」
「あぁ、うん。でも正直あの夜は例外というか……」
「……?」
「学生でも成績上位者とか、名家の息子娘なんかは学生の身分で現場に出されるんだ」
今日から他の学生も動員されるみたいだけど、と言いかけるがそれを飲み込む。
言ったところで少年を混乱させるだけだ。
「そいつら、強いのか?」
「……強いよ」
不意に京香の顔が頭をよぎる。
彼女は既に一年生の頃から現場に出撃している、いわゆる「天才」に他ならない。
「お前は成績上位者なのか?」
「いいや」
《名のある家の出身か?》
「まさか」
それが、未だに謎なんだよなぁ……。
「あの夜、急に俺宛に戦闘待機命令が出されてさ。狩衣と式神渡されて街に放り出されたんだ」
「……は? だってお前実戦経験無いんだろ?」
「うん……そうだね」
俺が闘う必要はない、とその時の部隊長は言っていた。
だから、適当に悪霊に遭遇しないようにビクビクしながら、街を歩いていた。
しかし、蓋を開けたらあんな訳分からん悪霊に会ってしまい、結果はその通りだ。
「それってさ……」
《ふぅむ……、新太》
「あ、はい」
《恐らく、そなたは消されかけたのだと思うぞ》
「……えぇ?」
隣を見ると、仁は天の言葉にコクコクと深く頷いていた。
「いや、だって……、俺はただの学生だよ?
消される要素も意味もないというか……」
「お前にはなくても、先方にはあったんだろうな」
考えようにも、本当に心当たりがない。
何なら俺は、講義や実習でも他の生徒にも劣っている自覚はあるし……。
自分で言ってて悲しいけど。
「……きな臭い」
《同感だ。新太、そなたの所属する上位組織の名はなんという?》
「上位組織?
あぁ、清桜会のこと……。清明桜花会っていう全国の陰陽師の連合組織」
「……揺さぶりをかけてみるか。おい、新太」
「ああ、うん。……え? 呼び捨て?」
「この後、ちょっと付き合え」
不敵な笑み……とでも言うのだろうか。
目の前の少年はただ静かに藍色に染まりゆく夜の空を見ながら、静かに笑っていた。