第85話『奥義』
「っ……!!!」
今、俺の目の前で展開されている光景。
眩いまでに全身を発光させた少年が、甲冑と肉弾戦を繰り広げている。
一発一発の拳を交える度に発生する衝撃波と、これまで体感したことないほどの霊力。
周囲にはまだ、人がいる。
元々店の中にいた人だが、パニックを起こすことなく静かに眼前の状況を見ている。
それはある意味、思考を放棄していると言った方が正しいのかもしれない。
俺は現在進行形で結界を展開しているが、少しでも気を抜けばすぐに破られる。
それほどまでに、濃密な霊力―――――。
新太の方は、どうなっているかは不明。
古賀とまゆりには結界を周囲に展開し、更なる負傷を防いではいるが……。
現在進行形で闘り合っているアイツらのせいで、確認する余裕がない。
―――――派手にやりやがって。
複数の結界を同時に制御している故に、このままの出力で霊力を使い続ければ、結界はもって数分。
ほんの少しの強がりを込めて笑みを作るが、終わりの見えない絶望感は未だ尚継続中。
古賀が連れてきた新太のツレとか言う奴。
身長が低く童顔のせいで、とても同い年には見えなかった。
狐の式神を使役しているが、泉堂学園には所属していない。
野良の陰陽師?
そう言えば、狐連れてるってことは、『狐』と何か関係あんのか?
……尻尾も生えてる。
まぁ、結局言えることは……。
―――――明らかに、ただ者じゃない。
***
《はああああぁぁぁぁっ!!!!》
拳と拳がぶつかり合い、甲冑の籠手が弾け飛ぶ。
しかし、瞬間的に再生が始まる―――――。
奴の纏っている甲冑は霊力の塊。
いくら破壊しようとも霊力の供給が続く限り再生される、その事実を仁は先ほどから続いている近接戦闘で把握していた。
―――――成神で、ここまで戦闘状態が続くなんて。
これ以上は……。
《がっ……!!!》
すれ違いざまに、脇腹に叩き込まれる蹴り。
思考に脳のリソースを割いていたせいで、反応が遅れた。
―――――クソ……!
体内に生じる鈍い痛みと、込み上がってくるもの。
溜まらず吐き出すと、それは夥しい量の鮮血。
一撃が、重い……!
刀印を結び、甲冑の動きの制御を試みる、が。
《……!!》
霊力を集中させた瞬間、振りほどかれる。
俺の霊力に比例するかのように、甲冑の霊力出力も上がっている……!
また。
甲冑の動きを制御することができなくなっていた。
成神の解放率を65パーセントに上げた。
それにより霊力出力も強化された。
それなのに。
《……ふむ。お主、なかなかやりおる》
《うっ……、ぐ……》
脂汗が滲む。
鈍い痛みが、強まっている。
多分、内臓をやられた。
被害の規模は不明。
現状を打破する対処法は、たった一つ。
眼前のコイツを、滅することのみ―――――。
《……》
血で濡れた手で、刀印を結ぶ。
自身の行動に、覚悟はいらない。
そんな段階は、とっくに越えた。
成神を発動させた、その日から。
……だから。
《成神、解放》
今。
俺に可能な成神の限界解放率は70パーセント。
術者の精神や肉体に影響が残らない最大限解放率のラインに他ならない。
―――――仁、よせ……!
―――――ここで死んだら……、元も子もない。
それに。
アイツらも、死んでしまう、だろ。
《っ……!!!》
俺にできる、現状最大解放率、『70パーセント』。
解放率が上昇するにつれ和らいでいく体中の痛み。
体組織も何もかもが式神と同化し、霊力の質、出力、神性までも―――――。
《神々しいな、『成神』と言うだけある》
《……そりゃ、どうも》
甲冑の霊力の上限も、読めない。
このまま張り合うのもジリ貧だ。
一撃で、滅する。
《……?》
上空より飛来する白いモノ。
それが甲冑に触れ、消えた。
それは、雪のように。
ハラリハラリと舞い散り、甲冑の掌に消える―――――。
《面妖なり、夏に雪とは。
珍妙な術を使う。……名は?》
《……黛仁》
《仁か、良い名だ。
我は、大嶽丸。近江の鈴鹿から参った》
―――――やっぱり、伝説クラス。
「大嶽丸」。
日本三大妖怪の一角に数えられるほどの霊力の持ち主にして、最強の鬼神―――――。
《俺の名前、覚えなくていいよ》
《……なぜだ?》
《……》
―――――奥義。
それは、成神解放率70パーセントに達した際にのみ発動可能な、黛仁最大の陰陽術。
《―――――羅雪》
舞い散る雪が白く爆ぜ、甲冑を含めた周囲を眩く照らす―――――。




