第84話『来訪者』
出し惜しみ。
それはすなわち「死」を意味すると、半ば直感的に悟った。
だからこそ、俺は――――――――。
「っ…………!!」
周囲へと、爆発的に放出される漆黒と純白の霊力。
濃密な霊力の本流は、眼前の窓ガラスを吹き飛ばし、その残滓がキラキラと陽光を乱反射する。
しかし。
やがて重力のままに通りに降り注ぐはずのガラス片は、空中に留まっている。
加えて……。
「え、ちょっと何……!?」
「体が勝手に……!!」
甲冑を中心に同心円状に移動を始める人々の群れ。
車道を走る乗用車も空中に浮遊し、遠ざかってゆく。
しかし、その移動には見えない力が働いている。
それは全て、仁による「空間内事象制御」――――――。
空間内にある物体の掌握、それによる制御を可能とするのが成神下での仁の力。
制御対象は、指定空間内における全有機物、及び全無機物。
一刻を争うこの事態、避難を呼びかけている場合じゃないことは、仁も分かっている。
嬌声を上げながら押し出される人の波。
やがて、大門通りの中に不自然に空いた空間が形成され、その中心に佇む一つの甲冑――――――。
「一般人の守りは俺に任せろ!!
……っ、意味ないかもしれねぇが……」
背後から聞こえるの虎の声。
店の中へ視線を送ると、店内に残っていた人々を、結界で守護しているのが見える。
「まゆり!」
「……は、はい!」
京香は『赤竜』、来栖は『ダネル』を起動させ、俺と仁の隣へと移動し対象を視界に入れた。
「何なのよ、アレ……!」
隣を難なく素通りしてしまうほど、一般人が知覚できない霊力。
それは、次元が異なる故に同じ世界のモノとして認識できない現象。
陰陽師ほど霊力感知に長けていれば、話は別だけど……。
《―――――はて。
強い力に惹かれて来てみれば……、童が四人》
唐突に、甲冑から聞こえるくぐもった声。
頭に疑問符を浮かべるころには、冷や汗が頬を伝う。
―――――いない。
今しがた見下ろしていたはずの甲冑が、消えている。
そして、声のした方向。
それは。
俺の背後。
「っ…………!!!!」
振り向きざまに視認すると同時、漆黒の刀身を寝かせ、右下段からの一閃。
最大霊力装填――――――!!
《お前ではない》
「は……?」
刀身が、無い。
ありったけの霊力を込め、振りぬいた先。
思考を加速させ、流れゆく時の刹那―――――。
俺が見た光景は、それだけだった。
***
「っ……!!!」
甲冑が新太を対面のビルに吹っ飛ばしたのと、京香が蒼炎を展開したのは、ほぼ同時だった。
瞬間的に上昇する霊力出力から、『燐火』発動の予備動作であることを確信。
俺は周囲半径30メートル以内にいる生体反応に、結界を纏わせた。
『……燐』
《お前でもない》
転瞬。
蒼炎が甲冑を焦がすことは、なかった。
炎が霧散し、京香の体が大きく痙攣。
ゆっくりと、その場に崩れ落ちる。
意識を刈り取るほどの、腹部への一撃――――。
「新太……さん……? 古賀、先輩……?」
現代兵器の式神『ダネル』。
新太達の話では近距離戦も行えるほどの式神単体としての強度も誇る、らしい。
それを携えた、来栖まゆり――――――。
しかし、僅かコンマ数秒の間に、目の前で展開された現実。
新太と古賀の戦闘不能―――――。
『いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!』
《……笑止》
もはやスコープを除くことも必要ない、感情に身を任せ引き金を引いた、超至近距離から発射された弾丸。
「……嘘」
来栖まゆりは、ただ茫然と眼前の光景を見ていた。
なぜならば。
甲冑は衝撃波もろとも、手のひらで弾丸を受け止めていた。
《珍妙な武具よ。本当に、時代は千年の時を巡ったのだな》
「あ……あぁ……」
《童は、お呼びではない》
戦意を完全に喪失した来栖まゆりを。
甲冑はダネル諸共、脛当てに包まれた足で蹴り上げた。
そしてそのまま来栖まゆりは天井に激突し、砂塵を巻き上げながら重力のままに落下―――――。
起動したライフルは形象崩壊し、来栖まゆり本人も頭部から鮮血が流れているのが見て取れる。
《お前は、どうだ?》
そこに眼球なんてない、兜の奥底から俺へと睨めつけるような目線を送る甲冑。
―――――失望させてくれるなよ、と。
そう言われているような気がした。
《……!》
―――――空間内事象制御が、発動しない。
目の前の甲冑には。
新太が吹き飛ばされる時も。
京香に対する一撃も。
来栖まゆりが蹴り上げられるときも。
俺の制御の支配下に置こうとした。
……しかし。
三度も試みて、できなかった。
目の前のコイツは、強引に俺の制御を外し、アイツらに反撃を加えた。
感情のままに唇の端を思いっきり噛むと、口内に広がる血の味。
――――――神話や伝説クラス。
「妖」なのは判別がつく。
しかし、圧倒的に並の個体じゃない。
新太の式神は、まだ不完全とはいえ十二天将。
それに太刀打ちできるやつなんて、限られる。
《お主、人の身でありながら、その神《・》力。……罰当たりな》
《お互い様だろ、妖のくせに、神と崇め奉られる気分はどうだ?》
冷や汗が頬を伝った。
ここまで、とは。
「妖」の封印が全国で破壊された、ことは耳に入れていた。
しかし、これ程までに間髪入れずに投入してくるなんて。
―――――天、上げるぞ。
―――――……致し方あるまい。
無理はするな。
―――――あぁ。
《成神、解放》
解放率、55パーセントから65パーセントへ―――――。
霊力と共に、全身に満ちる充足感。
解放率の上昇は、そのまま同化している式神に性質が傾いてゆくことと同義。
尾てい骨付近に生じる違和感。
人間では存在しない器官が発現し、より天の姿形のように。
《……何と》
甲冑姿を座標指定の後、―――――固定。
転瞬。
先ほどまで同様、ふりほどかれそうになるのを、霊力で無理矢理押さえつける。
―――――させねぇよ。
拳を振りかぶり、甲冑の顔面へ向けて思い切り振り抜く。
その身で受けろ。
霊力装填―――――。
一発一発に霊力を乗せ、振り抜く連撃。
座標固定しているが故に、奴は背後へ吹っ飛ぶこともない。
そして衝撃はそのままコイツの身体へ。
《砕けろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!》
最後の一撃は、鎧の中心へ、ただ一直線に叩き込んだ。
同時に甲冑の座標固定を解除。
その霊力装填による一撃は、甲冑を通りの車道へと押し込み、コンクリートの地面は大きく鳴動する。
衝撃波は道を構成していた街路樹や周りのビル群の外壁も巻き込み、崩壊―――――。
元々の多くの人通りがあった、と。
今の惨状からは考えられないほど、クレーター状の歪みが形成される。
《見つけタ》
砂煙が晴れ、中から現れる異形。
《―――――強いノハ、お前、カ》




