第83話『急転』
[7月20日(土) 新都西区大門通 Hawaiian diner2F 14:56]
「ちょっとちょっと、新太さん見て下さい!!
来ました来ました!!」
来栖が指さす方を見てみると。
冗談かと思うほど生クリームモリモリのパンケーキが二つ。
店員さんが手慣れた手つきで俺らのテーブルに運んでいる最中だった。
「うわ……、また凄いのが来たな」
メニューに載っている画像は誇張とかではなく、ただの真実だった……。
そして、俺らの前に置かれる二つのパンケーキ。
俺の方はチョコソースとバナナ、その上にバニラアイスが載っていて、トドメとばかりに大量の生クリーム。
来栖の方は、イチゴを主役としたパンケーキらしい。
ジャムやイチゴソースがかけられていて、イチゴが周りに並べられている。そして、その上には、これまた大量の生クリーム。
短時間で効率よくカロリーを摂るなら、めちゃくちゃ良さそうな一品。
「うわぁ~!! マジで可愛い~~~~!!!!」
目を輝かせながら、カシャカシャと何度も何度もスマホで撮っている来栖。
……可愛いんだ、これ。
そんな来栖を横目にナイフとフォークを手に取ったところで、「新太さんのやつも写真撮るので、まだ食べないでください!」と言われてしまった。
……俺のも撮るんですね……。
―――――この店に来たのは、来栖たっての希望からだった。
どこに行きたいか聞いたところ、最近気になっていた店としてここがリクエストされ、今に至る。
美味しそうに食べているし、満足してくれているのではないかと思う。
……俺は何もしていないけど。
ほっぺたを押さえながら幸せそうな表情を浮かべている来栖を微笑ましく思いながら、俺は自分のパンケーキを切り分け、口に運んだ。
「……うん、美味い」
「ですよねぇ~~。ここ、新しく新都に出店したお店で、若い女の子に人気なんですよぉ」
「すごいな……、皆こんなボリュームのあるパンケーキ食べてるのか」
「甘いものは無限に食べれちゃうんですよ」
そう言いながら、来栖は最後のパンケーキを口に運んだ。
「おいひい~~~」
確かに、店の中を見てみると、若い女性のグループが目立つ。
土曜日だというのに、制服を着ている女子高生らしきグループや、いわゆるギャルっぽい子達のグループ。
俺らみたいな男女のペアもまぁ、……ちらほら見られる。
その中に、明らかに異質な雰囲気を放っているボックス席があった。
メンバーは以下の通り。
タイトなジーンズに、涼しげな真っ白の清楚なトップスの金髪女。
まぁ、女性だから良いだろう。
次。
田舎のヤンキーのような、全身ダボダボのジャージ男。
挙げ句の果てに頭はツンツンにセットされている。
最後、全身真っ黒のコーラを飲んでいる少年。隣の金髪女からやいやい言われているのがここからでも見える。
オマケ、真っ白な狐一匹。
「……!!!」
一体、何をしとるんだ……、アイツらはっ……!!
暇なのか……!?
と言うか、あの面子は何なんだ。
虎と仁は面識すらなかったはず。
あの二人を引き合わせた張本人は間違いなく京香だと思うけど……。
「……?
どうしたんですか、新太さん」
額に汗を浮かべている俺を不思議に思ったのか、来栖は小首を傾げていた。
「あぁ、いやまぁ、ちょっとね……」
この時間に、この場所に、あの面子。
偶然なんかじゃない。
完全に面白がっている。
完全に俺らの様子を観察しに来ている。
「……?」
「あはは……、
あっ、そんなことよりも来栖、今日の格好すごく可愛いね。
薄ピンク色のワンピース、すっごく似合っているよ」
京香達の存在を悟られまいと、明らかに強引な話題転換。
しかし。
俺の意に反して、来栖は恥ずかしそうに頬を赤らめ「……ありがとうございます」と呟いた。
「……!」
未だに慣れない、この感じ。
今時の女の子っぽいところは、もちろんある。
でも、あの晩以降、あくまで俺の体感だけど、来栖は凄く変わった。
派手だった服装も鳴りを潜め、物腰も穏やかに。
俺らに対する対応は……、元々丁寧だったように思うけど。
それでも、虎に執拗に突っかかったりしなくなったのは、充分変化といって良いだろう。
最近の来栖の様子について八千代に聞いたところ、中学の来栖に戻った、と言っていた。
精神に影響を及ぼす発現事象の効果は、人格の形成にまで……。
「……ん」
テーブルに置いたスマホに一件の通知。
チラ見で確認すると、……京香からだ。
(親指を上げたサルのスタンプ)。
「……」
背後をそれとなく振り返り、例のテーブル席を確認すると。
「「「(グッ!!)」」」
仁以外の全員が、サムズアップをしていた。
「……」
見なかったことにした。
再度、スマホの通知。
またまた京香から。
『もっと褒めなさい!!!』
「……」
見なかったことにした。
「あの……、新太さん」
「ん、……あぁ、ごめんごめん、何?」
怪しげな動きを疑われたのか、訝しげな目線を向けられる。
ヤバい。
アイツらのこと、バレたか……?
「……一つ、聞きたいことがあるんですけど」
神妙な面持ちの来栖。
何だろう。
別に、京香達のことがバレたわけじゃないみたいだ。
来栖はただ恥ずかしそうに、目線を周囲に彷徨わせながら、両の手を難く握っている。
「あの日の夜、ウチ。ほとんど何も覚えていなくて、ですね……」
「うん」
「佐伯支部長から、その晩のことを詳しく聞いたんです。
ウチがやってしまったこと、とか。
……新太さんが、頑張って助けてくれたこと、とか」
「……うん」
一ヶ月前のことだけど、思い出そうと思えば映像のように、鮮明に思い出すことができた。
目の前の、この女の子を助けるために奔走した、あの夜。
その結果解いて、来栖は今現在、清桜会の保護下で監督され技術提供を行う、という立場をとっている。
来栖自身の罪を、社会貢献という形で還元させようという佐伯支部長の配慮だった。
……その実、「佐伯支部長の配慮」、ではなく、「ただ優秀な来栖の能力が欲しいだけ」、というのを知っているのは一握りだろうけど。
「支部長の話で、新太さんとした会話とか……、そこで新太さんとの約束を知ったんです」
来栖の心と体の調子を考え、そして今日、ようやくこの日に実現した―――――約束。
「それで、その……。新太さん、えっと……。支部長から聞いた話は、まだありまして……、その……」
それまでつらつらと言葉を紡いでいたのに、唐突に歯切れが悪くなった。
下を向き、これまでにないほど顔を赤面させている。
え、ちょっと、一体何だろうか。
こちらとしても、思わず身構えてしまうほど。
「あの……ウチ……」
「う、うん」
やがて、来栖は意を決したかのように、俺の方を見て―――――。
「ウチ、新太さんにキ、キスを……してしまいましたか……!?」
と、言った。
時間が、止まったように感じた。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
意図的に、脳が正常な情報伝達を阻害していた。
「――――――っ!!!!」
全身の血流が、顔に集中するのを感じた。
「っ!! やっぱり……そうなんですね!!?」
俺の反応はもはや、……肯定。
来栖もそれを感じ取ったのだろう。
俺以上に顔を赤らめ、顔を恥ずかしそうに手で覆う。
「うわぁ……やっぱり、あの夢……!!
現実だったんだぁ……」
消えるような声で、何かを呟いている来栖。
うわぁ……。
何、この答え合わせ。
恥ずかしい。
とてつもなく、恥ずかしすぎる。
いたたまれなくなり、背後を見ると、ボックス席の連中は「うんうん」と頷いていた。
そうですよね!
貴方たちは皆、見てましたもんね、あの時!
来栖は目の前で未だに悶えたまま。
この空気感をどう処理するか、それが今一番の俺の課題……!
甲斐性を見せるんだ、宮本新太。
俺は息を大きく吸い、覚悟を決める。
そして。
「えっと……、あの、来栖……俺は全然嫌じゃ」
そこまで、声に出したときだった。
―――――俺の全身を、おぞましいまでの寒気が襲った。
当然ながら、それはエアコンの効きすぎという類いのモノではない。
体に備わった防衛本能が、……逃走を叫んでいた。
「新太さん……!!!!」
来栖の先ほどまでの赤面は、血の気のない表情に変わっていた。
瞳孔が開き、唇はワナワナと震えている。
来栖も俺と同じモノを、感じ取っている。
ガシャン、と。
背後のテーブル席で、派手な物音がした。
恐る恐る目線を向けると、先ほどまでとは異なる京香達の様子。
俺と来栖同様頭を抱え、信じられないような面持ちで冷や汗を浮かべている。
……あの、仁でさえ。
店の中で異様なのは、俺達だけだった。
俺達、陰陽師だけ―――――。
他の客は、何か不審なものを見る目で、明らかに異常な様子の俺らを見ていた。
「あの~、お客様。どうかなさったのでしょうか?」
目には恐怖が灯っている店員が、京香に話しかけた。
「……げて」
「……はい?」
「今すぐ逃げてぇっ!!!!!」
京香の絶叫が、店内に響き渡った。
転瞬。
俺はテーブル席を飛び越え、ガラス張りの窓へ肉迫。
多くの人通りがある大門通りを一瞥。
俺の隣には同じ事を考えていたのか、仁の姿が。
「……新太」
「あぁ……!!」
どうして、今の今まで気付かなかった……!?
あんな禍々《・》しい霊力を発しているのに……!!
人通りの真ん中に、ポツンと佇む一つの甲冑姿。
道行く人は皆、何かの催し物と思っているのか、あまり気にもとめず歩みを進めている。
これまで出会った悪霊なんかとは、根本から質が違う。
式神と同化した先生の方が、まだマシだった……!
すると。
目の前の甲冑が、壊れた人形のように動き出した。
顔だけが、二階にいる俺らを捉え―――――。
嗤ったような気がした。
―――――!!!!!
『十二天将『六合』、『虎徹』、同調!!!!!』
「式神解放!!
神名『十二天将天空』、成神!!!!」
俺と仁は。
同時に叫んでいた。




