三章『プロローグ』
新都から、南におよそ30キロメートル進んだ地点。
そこには『青木ヶ原樹海』、が存在する。
世間一般に、毎年多くの自殺者志願者が訪れて命を絶つ―――――、という認知のされ方をしている霊場に他ならない。
多くの死者が出る、ということ。
それは、数多の生体光子が漂い、集まっていることと同義。
生体光子を求めて、多くの霊も集まる。
ただの霊だけならまだいいが、悪霊も―――――。
地場の歪みも相当なもので、局所的な悪霊の大現界も過去に何度か観測されている。
故に。
『青木ヶ原樹海』を観光目的で訪れる者はもうおらず、いたとしても狩衣を着ている陰陽師に留まっていた。
***
[7月19日(金)青木ヶ原樹海旧鳴沢氷穴前 15:56]
「よし、さっさと終わらせよう」
「そうですね。樹海は暗くなるの早いですし」
清桜会新都支部所属陰陽師。
末長歩。28歳。上位陰陽師。
伊豆大地。24歳。第弐陰陽師。
両名がここ、青木ヶ原樹海を訪れていたのは、とある任務のためである。
「しっかし、どうしたんですかねぇ……。ここまで大規模な磁場の乱れ」
「……それを調べるのも、俺らの役割」
樹海の奥へ奥へと足を進めながらも、末長は体の異変を感じ取っていた。
額に脂汗が滲む。
決して疲労によるものではない。
これは、彼の経験によるもの。
―――――嫌な予感。
根拠も何もない。
ただただ、背筋が冷たくなるような。
そんな嫌な予感を、末長は感じていた。
樹海奥地。
D-8地点。
便宜上そう呼ばれているその地点には、とある祭壇がある。
思わず見上げてしまうほど、樹齢2000年を越える大樹をそのまま利用する形で組まれたモノ。
―――――ここには、とある妖怪が封印されていた。
……妖怪。
過去の陰陽師達が、「封印」と言う形でしか対処することができなかった禍。
強力な霊力を携える化け物を、同じく強力な霊力を発する大霊場の力を以てして、半永久的に封じる術式。
祭壇には定期的に清桜会の隊員が見回りには来ていたが、それでもこれまで封印が解けてしまう、といった事例は報告されていない。
しかし。
目の前の光景を見た際、末長は……、酷く狼狽した。
―――――どうして、よりによって俺の時に。
「末長さん……!」
「……!!」
祭壇がない。
大樹そのものが、幹からへし折られている。
そして、末長は一人納得した。
数日前から観測されている、大規模な磁場の乱れ。
それは。
祭壇の「封印」が解かれ、それまで妖怪を押さえ込んでいた霊力や生体光子が、行き場を失い、周囲へと大量に放出された結果―――――。
「……伊豆」
「は、はい!」
「本部連絡だ……!」
***
7月19日。
『青木ヶ原樹海』祭壇破壊を確認、封印妖怪「大嶽丸」所在不明。
『栃木県那須野原殺生石』破壊を確認、封印妖怪「玉藻前」所在不明。
『京都府崇道神社』祭壇破壊を確認、封印妖怪「酒呑童子」所在不明。
―――――その他、日本各地における封印破壊報告多数。
翌7月20日。
清桜会、日本国政府は第二種警戒態勢に状況を移行。
しかし、時既に遅し。
同日。
日本各主要都市を「妖怪」が襲撃―――――。




