第82話『新たな一歩を踏み出した地雷系』
「まゆりのこと、残念ね。
キスまでしたのに」
盛大に茶を吹いた。
菓子パン食ってたのに……!!
クソ、喉がつまっ……。
再度お茶を一気飲みし、無理矢理喉に詰まっていた原因を胃に叩き込む。
はぁはぁと呼吸を整え、いきなり訳分からんことを言い出した京香にジト目を向けてみる。
「どういうことでしょうか……」
「言葉通りよ。
キスまでしたのに、まゆりにその記憶が無いかもしれないから、残念ねって話」
「……!」
「うわ、顔赤」
「お熱いキッスでしたのぉ~」
「っ……!!
やめろやめろ!!」
何で二人ともちゃんと見てんだよ!
ようやくここ最近になって、落ち着いてきたのに……。
あの時、あの瞬間のこと。
思い出そうと思ったら、結構鮮明に思い出すことができる。
来栖の顔が、目の前にあって。
頬が紅く、……目が潤んでいて。
「……!」
「あれ、ひょっとして思い出しているのかィ? 思春期爆裂ボーイ」
「変な呼び名を付けるな!」
「ファーストキスでしょ? 良かったじゃない。
まゆりみたいな可愛い子で」
ぐっ……。
コイツら……!
他人事だと思って好き勝手言いやがって……!!
「じゃあ、嫌だったの?」
「え……、あ、えぇっと……」
嫌じゃ、もちろん無かったけど……。
むしろ。
「素直に嬉しかったって言えよぉ!!」
ウリウリと制服を肘で小突いてくる虎に掌底を食らわし、ゴスゴスとマントポジションへ。
コイツ、マジで一回泣かす。
「まゆり、今日から学校来てるみたいよ」
「あー、そうかいそうかい。それはすごいねー。でも俺は今、虎をボコボコにするのに忙しくて、何とも何とも構ってはいられない」
……今、何て?
虎の頬を張る手を一瞬とめ、呑気にご飯を口に運んでいる京香に向き直った。
「だから、まゆりが学校に来てるって言ってんの。
ってか、さっき屋上前の階段にいた。八千代と」
え。
そうなのか?
来栖、学校に来てるのか。
そうか、……うん。
良かった。
それじゃ、怪我も大したことなかったのか。
うんうん。
良いことだ。
「……分かりやすく動揺してんなぁ」
「キスは、人を大人にするのよ」
何者なんだ、貴様達。
「……と言うか、夏目も来れるようになったんだ」
「友達があんなことになってたら、そりゃ病むでしょ。話聞いたら今日から復帰だって」
あ~んと、最後のデザートである桃を口にし、「うん、美味し」と満足げに微笑む京香。
そうなんだ、大事ないようで良かった。
「お、噂すれば」
ピッと、京香が指さす方向。
屋上への入り口のドアだ。
女子が何やら言い争っているような騒がしさ。
「ほら行くよ! 渡すんでしょ!!」
「ちょっと待って、マジで心も準備とか色々あってさ……」
屋上で聞くのは、本当に久々な声。
夏目ももちろん久しぶりだけど……。
もう片方は、俺からしたら、実にあの日以来の邂逅になるわけで……。
「ほらほら、行くよ~~!! あっ、先輩方~お久しぶりです~~」
「あっ、ちょっと……!!」
ドアを開けて屋上に来たのは。
先頭にいるのは夏目。
でも、その後ろにいるのは……、あれ。
「「……誰?」」
俺と虎の声が、完全にシンクロした。
それもそのはず。
夏目の後ろにいたのは。
―――――泉堂学園の制服に身を包んだ、黒髪の少女。
「えっ……ひょっとして……、来栖?」
すると謎の少女Aは、少し恥ずかしそうにこちらをチラ見して、「お久しぶりです」とだけ呟いた。
肩より少し長いくらいの黒髪ストレート。
よく見ると来栖の代名詞であるピンク髪のハイライトが少しだけ入っている。
それでも端から見たら、清楚な普通の学生と何ら変わらない。
メイクもついこの間までの病みメイクではなく、何というか……普通?
ナチュラルメイク、とでも言うのだろうか。
来栖のシンプルな可愛さが引き立てられていた。
そして。
「普通の制服だ……」
「普通、だなぁ」
フリフリのついた、あの改造制服ではなく、普通の泉堂学園指定の制服。
何の心境の変化……?
「いやちょっと、これまでが派手すぎたかなぁって……。
どうですか……ね……? 変ですか……?」
「いや、変なんて……。むしろ似合ってる、と思う」
真正面から褒めるのがこっぱずかしくて、俺はそっぽを向きながら……。
「何ニヤニヤしてんの……!?」
「あぁ、いやいやぁ」
「どうぞどうぞ、続けて続けて」
お見合いババアとジジイが爆誕しているが、無視無視!
「あの、さっき古賀先輩には謝ったんですけど……。
ウチ、新太さんにも迷惑をかけたみたいで……」
「わはひはへんへんはいほふ~(約:私は全然大丈夫~)」
手をフリフリ、俺の二つ目の菓子パンを頬張っている京香。
ってか、何勝手に人のパン食ってんの!!?
やっぱり弁当足りなかったんじゃん……。
「新太さん、ウチ……。ホントにごめんなさい」
ペコリと頭を下げる来栖。
記憶が混濁している、ということは、誰かから自身の行いを聞いたのかもしれない。
記憶が曖昧な状態とは言え、自分が犯してしまった罪に変わりはない。
そんなの知らない、とシラをきろうと思えばそうできるのに。
「……俺は、何とも思っていないよ。京香と同じで、全然大丈夫」
笑みを浮かべると、来栖は少し安心したように胸をなで下ろした。
「まゆりちゃん、ほらほら早く!!」
夏目が何かを促している。
すると、来栖の後ろに何か弁当の包みのようなモノが見えた。
「あの……ウチ、お弁当作ってきたんですけど……」
「食べてくれますか?」と、上目遣いで下から覗き込む来栖。
何というか、破壊力が、ある。
「ひょっとして、もう……食べちゃいました?」
「いや、全然!
何なら昨日の夜から何も食べていなくてさ~!」
チラチラと京香に目線を送ると、三個目の菓子パンの封を開けていた。
ナイス!!!
「そうなんですか、良かったー……」
両の手を合わせ、屈託無い笑みを浮かべる来栖。
何というか、あれ……違和感。
精神系の式神の影響はもう無いとは言え、ここまで性格が穏やかになるものなのか?
さすがにここまで違うと、心配に……。
「じゃあ、食べてください……!
お母さん直伝の唐揚げ、オススメですよ!」
なされるがまま、来栖に手を引かれるまま。
俺は日陰の方へと足を運ぶ。
もう前方では、虎と京香、夏目が何やらワイワイと話している。
そりゃ、積もる話もあるか。
不意に。
俺の手を引く来栖と、目が合う。
頬には朱が指し、どこか思わせぶりな視線―――――。
「……新太さん」
「約束、ウチ、忘れてないですから」
―――――約束?
「二人で、どこか行きましょうね」
「っ……!!!」
それは、覚えてる……の……!?
楽しげに笑う来栖の髪が翻り、俺の鼻腔をくすぐる。
突き刺すような昼下がりの日差し。
それが、輝くような来栖の笑みを、更に魅力的に見せていた。