第81話『戻ってきた日々』
目を開けると、知らない天井だった。
「……?」
どこだろ……、ここ。
起き上がろうとすると、それを拒むかのように全身に走る激痛。
いや、ホントに何……??
「……起きましたか」
不意に響く、女性の声。
……誰だろう。
声の方向を確かめようとしても、痛くて痛くて動けない。
仕方ないからウチは首だけ何とか動かして声の方を見ようとするけど。
「いったぁ……」
……無理そう。
「無理しない方がいいと思います。
全身の筋繊維に有り得ない程のダメージ、火傷に骨折もしているみたいですから」
何それ、何でそんな大怪我負ってんの、ウチ。
ツカツカと、こちらへ歩いてくる音。
すると、ウチの目の前にすごく真っ白な人が現れた。
髪もそうだし、睫毛も真っ白。
アルビノ、なのかな。
何だろ、どこかで見たような気がするけど……。
「私は、清桜会新都支部支部長の佐伯と申します」
「支部長……」
……あぁ、そうだそうだ。
どこかで見たことあるなと思ったら、支部長さんだ。
変わったんだよね、確か。
「来栖まゆり」
「……?」
「どこまで、覚えていますか?」
どこまで、ってどういうこと?
「えっと……、どこまで……?」
「覚えていること、です」
何そのざっくりとした……。
あれ、でも、何でだろう。
確かに、あんまり覚えてないかも。
幸せな夢を見ていた……、ことは、うっすら覚えている。
あとは……、何だろ。
「―――――宮本新太」
「……!!」
支部長が口にした名前。
それは紛れもなく……。
ウチの……。
「あっ、えっ、な、何。急に」
「貴方の思い人、ですよね」
「っ!!!!?」
え、ちょっと。
何でこの人知ってるの、怖い。
あれ、ウチ。
誰かに言いふらすような趣味はなかったはずなんだけどな。
え、ホントに何で知ってるの?
「あの夜、良かったですね」
…………?
あの夜。
あの夜って、何?
「……」
支部長は、ウチの反応を確かめ、そして―――――。
「ゆっくり休んで下さい」と、そう言いながらウチの視界から消えた。
カラカラと病室の扉が開く音。
やがて訪れる静寂。
……何だったんだろ。
***
[6月28日(金) 泉堂学園屋上 13:07]
「あっつ……」
空を仰ぐと、六月の容赦ない太陽光線が降り注いでいる。
最高気温も30度越えらしい。
いよいよ、夏本番という感じがしてくる。
額に滲む汗を拭い、傍らに置いていたペットボトルのお茶に手を伸ばした。
「……お前さぁ、せめて日陰にいろよ」
背後からの声。
見ると虎が屋上のドアを開け、訝しげにこちらの様子を伺っている。
「何、お前ドMなのかぁ? 自ら熱中症になりにいく遊びでもしてんのかぁ?」
酷い言われようだ。
普通に夏を全身で感じているだけ、ということを伝えたら「余計に意味分からん」、みたいな顔をされてしまった。
「そんなにボロボロのくせして……」
虎は俺の体の至る所を「そこも、そこも!」と指さす。
指さされたところは生傷になっていたり、ガーゼがまだ外れなかったりと……。
とにかく怪我の治癒を待つ箇所に他ならない。
「まぁ、そんなことより……京香は?」
「今来る今来る、さっきすれ違った。
用事済ませてから、だってさ。……便所とかじゃね?」
「……あんま茶化さない方がいいよ」
そういう事情なら、京香には悪いけど、先に食べてしまってていいだろう。
俺と虎、二人で日陰に移動して昼食の菓子パンの袋を開けた。
「……やっぱり、精神系の発現事象らしいな」
「……」
「現代陰陽道による傷害事件として処理するらしいぜ、来栖もその被害者だってさ」
「……そっか」
「―――――あの日の、お前の予想通り、だったな」
あの日―――――。
それは、佐伯支部長から来栖の処分について聞かされた日。
***
『……そして。ここからは俺のエゴ、二人には伝えておくよ』
『……?』
京香と虎、二人は同様に頭に疑問符を浮かべているのがその表情から分かった。
『俺は、―――――来栖を助けたい』
『助けるって……、新太。どういうこと?』
『……話が読めねぇなぁ』
『来栖は、精神系の発現事象を受けている可能性がある。』
『「洗脳」……ってこと? 私が服部先生に受けたみたいに?』
俺は首肯を以て、それに応える。
『……いやでもよぉ、新太。
まゆりが精神系の発現事象を受けているって、どうやってそれを証明すんだよ。
物理的な証拠もないだろーが』
『……そうよ。
それに、まゆりは多くの犠牲者を出してしまってる。
必要なのは法による裁きよ。まゆり自身の救いじゃないわ』
二人の言い分も最も、だ。
反論の余地はない。
だからこそ、俺は言葉を続けた。
『だから、これは俺のエゴと言った。
俺がそうしたいから、ただそれだけの理由だ』
『……。具体的には、どうするのよ』
『……』
***
「支部長の前で、陰陽師としての有用性を示す、か。
確かに大成功だったな」
そう。
佐伯支部長は「個としての力」を何よりも重要視する。
そのエゴを、逆に利用した形だ。
改造式神、そして何より「制御破壊」―――――。
陰陽師としての未開領域をいかんなく発揮してくれた結果だ。
佐伯支部長としても、是が非でも手元に置いておきたいのは想像に難くない。
「―――――まゆり。
6月上旬くらいから記憶に混濁が生じているみたいよ」
「……京香」
いつの間にか、背後に京香がいた。
その手には珍しく、バンダナに包まれた小ぶりな弁当を持っていた。
からかい気味に聞いたところ、「気まぐれで作った」らしい。
「試作品の精神系の式神を使い、まゆりに聞き取りをして分かったことらしいわ」
「んだ~? その精神系の式神って……」
「嘘発見器の上位互換のような代物らしいけど、……詳しくは知らない」
かぶりを振り、京香は俺達の横に腰掛けた。
「でもこれで、まゆりは正式に無罪放免。
佐伯支部長も、まゆりに全面的に協力を要請しているらしいわ」
「……でも、しばらく風当たりは強そうだなぁ」
「そりゃそうよ。
あんなことをしでかした張本人が、「式神の被害者だった」、という免罪符一枚で外に出てくるのよ。
清桜会にも、支部長の判断を疑問視している人もたくさんいるわ。
『来栖まゆり』は裁かれるべき、ってね」
京香は静かに持参した弁当の包みを開け、中を改めた。
「陰陽師サイドである俺らは許しても、世間は許さない、ってか」
「それが、法治国家。
例外を許したら、根底からひっくり返るわ」
京香は小さい箸を使い、これまた小さい弁当をつつきだした。
「新太ぁ。支部長から何か連絡とか来てないのかよ」
「……別に、これと言っては」
「かー!!
あの女、こちらには散々脅しで協力をかこつけたくせに。
アフターケアも何もないのかよ!!」
それは、虎の言い分も分かる。
来栖捕獲のために協力し、俺も京香も少なからず命をかけて闘った。
それ故の報酬……じゃないけど。
せめて来栖がどうなったとか、そう言う話はあって然るべきだろう。
「まぁ、でも向こうの要求も呑んだ上での作戦だったしね……」
俺に『六合』を清桜会の隊員の前で使用し、象徴とやらになってもらいたい支部長の要求。
そして、それに俺の思惑を混ぜ込んだのが、今回の作戦に他ならない。
「……まぁ、何事も上手くいって良かったじゃない。
……む、唐揚げおいひ」
もむもむと咀嚼をする京香。
いつも菓子パンだから、こういう手作り弁当には憧れるな……。
「……美味そうだなぁ、それ」
「あげないわよ」
ピシャリと言われ、不服そうな虎。
ぶくつさと文句を言いながら、自身のメロンパンに齧り付いた。




