第78話『制御破壊』
「その調子だよ~。まゆりちゃん」
崩れかかった廃ビルの上で、夏目八千代は眼下の光景を見ていた。
目の前の光景を例えるなら、まるで戦争。
上空にはたくさんの鳥形の式神が飛んでいて、狩衣姿の陰陽師達に特攻を仕掛けている。
そして、それを迎撃したり、逆に狙い撃つ陰陽師。
その中には、「姫様」こと古賀先輩や、結界を維持しようとしている虎先輩がいる。
あと……『狐』、も。
「……やっぱり、まゆりちゃんは凄いなぁ」
球状に貼られた結界の中、まゆりちゃんと宮本先輩が闘りあっている。
見たところ……、まゆりちゃんが一方的に押している展開?
改造式神使っているみたいだし……。
……??
何だろ、様子が……。
「……!」
ここからじゃよく見えないけど……、まゆりちゃん、泣いてる……?
唐突に、結界内から爆発的なまでに溢れ出す霊力。
過剰なまでに術者の霊力が式神に流れ込んでるのがここからでも分かる。
空振も起こっているし。
こりゃ……制御破壊、かな?
「……ふふっ、面白くなってきた。
さあさあ、新型の皆さん、とくと御覧あれ」
八千代はこれから巻き起こるであろうことを考え、一人笑みを浮かべた。
***
来栖の足下の拳銃から溢れ出す、規格外の霊力―――――。
周囲を見ると、戦闘の手を止め、結界内の様子を注視している陰陽師達の姿が見えた。
その中の一人、佐伯支部長。
彼女もまた、純白の眉毛を揺らしながら、驚嘆の表情を浮かべていた。
佐伯支部長は、清桜会発足当時を知っている古株。
その彼女が、この反応。
来栖は、まだ見ぬカードを持っていると。
俺にそれをぶつけてくると。
ただ。
そう思っていた。
―――――制御破壊。
そう、来栖は口にした。
文字通り受け止めると、それは限界を破壊する術。
「……」
来栖は頭を垂れたまま、ゆっくりと足下の拳銃を拾い、そして。
「新太さん」
真っ直ぐ、俺に銃口を向けた。
「……!」
来栖の体の輪郭がぼやけ、徐々に歪んでいく。
やがてそれは完全に二つに分離。
その二つの来栖の姿も、倍々になっていく―――――。
四人。
目の前に、来栖が四人いた。
新たな、発現事象―――――?
「死んでください」
目の前の来栖達の姿が、消えた。
「―――――!!!!」
思考する暇は、なかった。
咄嗟に「加速」の発現事象を発動させ、回避行動を―――――。
「!!!!」
回避した俺の目の前に。
拳銃を構えた来栖の姿があった。
マズいっ……!!
「ぐっ……!」
発射された弾丸は俺の頬をかすめ、後ろへと抜けていく。
「加速」を止めてはダメだ……!!
再度加速、地面への着地の後に、再加速―――――!
突如として背部に生じる衝撃。
それは、先ほど俺の脇腹を抉ったものと同じ。
確かめる暇はない。
今はただ、回避行動を……!!!
「……」
加速の最中、辛うじて視界の端で捉えた光景。
それは四つの弾道。
先ほど俺の目の前に出現した、四人の来栖。
それぞれ独立して「加速」し、射撃できるのか……!?
にわかには受け入れがたい真実。
自分で仮説を出しておきながら、そんなことは不可能だと一蹴する。
そう、あれは目の錯覚―――――。
物理的な質量は付与されていない。
質量を持った分身体の生成なんて……、今の現代陰陽道では……!!
「まさか、錯覚、とか思ってないですよね」
唐突に響き渡る、来栖の声。
四人の来栖は既に「加速」状態を脱し、元の場所へと戻っていた。
俺も「加速」を停止―――――。
「うっ……!!」
急加速急制動を繰り返したが故の代償。
不規則な三次元的動作は、三半規管に直接ダメージを与えることと同義。
視界が大きく揺れ、四人いるはずの来栖の姿が何人にも重なって見えた。
そして、全身に生じる熱さ。
背部だけではない。
全身。
熱さの原因はハッキリしていた。
―――――銃創。
熱さが生じている箇所に目線を送ると、制服の至る所が破け、中の肉が抉れていた。
「……!」
「ウチ達は、全部質量を持った本物の分身体、です」
一人の来栖が、悲しげに口を開いた。
そして、その感情が伝播したかのように、四人の来栖の頬を流れる、涙。
「―――――ごめんなさい。
ウチのせいで」
―――――!
一体……。
「う……! ぐっ……」
全身が、酷く痛む。
初撃から数分が経過。
体を動かせば動かすほど、出血量も増えるのは当たり前のこと。
出血箇所は熱を持っているのに、体の内側は冷えてきているのが分かった。
―――――限界は、近い。
「っ……!」
歯を食いしばり、無理矢理気力で足を踏ん張らせる。
ここまでやったんだ。
最後はキチンと決めないと。
―――――来栖は、本当にすごい。
たった一人で、ここまでのことを。
彼女のこれまでの行いは、決して許されることじゃない。
多分、これからの生涯を通して償わなければいけないことだろう。
だからこそ、彼女をこんな所で終わらせてはいけないんだ。
一陰陽師として。
「来栖」
「……?」
「今、助けるから」
来栖の目が大きく見開かれたのを確認し、俺は懐から一枚の護符を取り出す。
漆黒の紙に、朱色の梵字―――――。
『―――――十二天将『六合』、『虎徹』、同調』




