第76話『そこには、ただ二人だけ』
恐らく数日後決行される清桜会の作戦概要、そして俺自身の思惑を伝えた後、俺は改めて仁に向き直った。
「来栖の戦力は未知数、何をしてくるかも不透明。
こちらの被害の規模も分からない」
「……」
「仁、協力してくれ。
死人を一人も出しちゃいけないんだ」
「……協力することで、俺に何のメリットがあるんだよ」
「……」
「大体、色々と無茶苦茶。
感情に頼るところが多すぎる。お前ってそんなに感情的な人間だったか?」
「……」
仁の訝しげな表情を、新都の夜の町灯りが照らしていた。
「……分かってる。これは、ただの俺のエゴだ」
仁に協力を依頼するなら、理論武装をしても意味が無い。
この「黛仁」という陰陽師は。
感情の機微などを細かく読み取ることができる。
ぶっきらぼうに見えて、他人を慮ることができる。
短い付き合いだけど、俺自身それは感じ取ることができた。
だからこそ。
心の底からの声を、仁に伝えるべきだと、そう思った。
「俺が、そうしたいからだ」
仁は一瞬驚いたような表情を浮かべ。
そして――――、悲しそうに口をつぐんだ。
結局、あの時仁から返答を得ることはできなかった。
俺の言っていることは、筋も何も通っていない、ただの無茶に聞こえたと思う。
協力を期待する方が、お門違いだろう。
しかし。
***
「仁……!!」
「……」
狐面の陰陽師は何も言わず、ただかぶりをふり、俺に背を向けた。
「さっさと、決めてこい」
そう、言われたような気がした。
『状況はプランDに移行。……新太、頼みましたよ』
俺と来栖を覆うかのように展開される、半径50メートルはあろうかというほどの球状の結界。
―――――プランD。
それは、本作戦の最終段階。
清桜会の結界班により、俺と来栖を結界内に閉じ込め、外界と分断する。
俺と来栖の直接戦闘―――――。
その構図を作り出すのが、目的。
他でもない、俺自身が提案したことだ。
「閉じ込められちゃいましたね。いいんですかぁ~~~?
ウチはぁ、むしろ嬉しいですけどっ!!」
大気中の生体光子を収束させ発生させるものとは異なり、術者数名により霊力を供給し続ける、強固な結界。
これで結界内での破壊状態が、外部に伝播することはない。
虎も結界班として、この結界を維持するために、霊力を流し続けているのだろう。
どこにいるか視認こそできないが、きっと俺の様子を見てくれている。
結界外では、今も尚、清桜会の隊員が飛来する『双睛』の迎撃を行っている。
京香が、そして何より仁が来てくれた。
それだけで、俺は安心できた。
後は―――――。
『虎徹』を握る手に、力が入る。
「ふふふっ、あははっ!!!!
あーらたさん!!」
「……来栖」
「ウチ、ホントに新太さんが大好きなんですよ?
どうして、どうして分かってくれないんですか!!?
何で、こうなっちゃうんですかぁ!!!?」
来栖は、涙を流していた。
喜怒哀楽をごちゃ混ぜにされて、無理矢理外へと絞り出されているかのように。
感情を抑える術を破壊されて、どこにそれを向ければいいのか、分からなくなっている一人の少女。
「……」
こんな俺のことを、好きだと言ってくれた。
ただ、それだけで。
俺も。
「『ワルサーP38』、起動」
来栖の右手に霊力が集中し、一丁の拳銃がその手に握られる。
改造式神。
やはり、まだ持って……。
「ウチ。この銃は、特にお気に入りなんです」
ゆっくりと手に握られた拳銃を持ち上げ、俺に見せつけるかのようにフリフリと振ってみせる。
「昔、見ていたアニメのキャラクターが使ってたんですけど。
そのキャラが、言ってたんです」
来栖の霊力が充填されるのが、目に見えて分かった。
『―――――狙った獲物は、絶対外さねぇ。
先の先まで計算立てて、盗みの美学を完成させる。』
眼前の来栖の姿が、消えた。
そして、突如脇腹に生じる衝撃。
熱。
遅れて襲ってくる激痛。
流れ出る、何か―――――。
手で拭うと、鮮血が掌を濡らす。
玉のような冷や汗が、額に浮かぶ。
―――――撃たれた?
でも、肝心の来栖はどこに。
「……!」
俺のすぐ斜め背後。
霊力の残滓から、その所在を予測。
そちらへ目線を向けると。
不敵な笑みを浮かべながら、銃口から紫煙を立ち上らせる来栖の姿があった。
俺の死角への瞬間的な移動。
通常時であれば知覚することも叶わないほどの移動速度。
「この『ワルサーP38』の発現事象は―――――、『加速』」
「……!!」
『虎徹』を、改造して―――――。
「ついて来れますか? この速度に」




