第73話『戦姫、咲かせるは蒼炎の華』
何、この圧力―――――。
体感温度が上昇すると共に、逆に冷静になっていく思考。
クリアになっていく視界。
ダネルを操る手を止め、即座に物理的に距離を取ったのは、多分正解。
今。
眼前の古賀京香の周囲には、燃え滾る炎熱が揺らめいている。
これが古賀家相伝の式神、自然発火の発現事象。
話には聞いていた。
だから、今更驚きはしない。
むしろ想定内。
「いくわよ、まゆり」
「――――っ!!」
あ、あぶなっ……!!
瞬きすらままならない一瞬。
自分が立っていたところを、豪炎が薙ぐ。
すんでのところで回避行動を行うが、体全体を襲う衝撃波と、呼吸を妨げる熱波が体の制御を奪う。
バランスを失い、二度三度地面に叩きつけられるが、そんなことで音を上げていられない。
相手は、二年の序列一位。
生半可な戦闘にならないことは、想定済み……。
修練場の端まで跳躍を繰り返し、物理的に距離を取る。
「こっちこそ、見せてあげる……!」
反応できないスピードをいうものを。
現代兵器の有用性を。
炎の操演と銃弾であれば、後者の方が「速度」という点で遥かに凌駕する。
―――――風穴開けてやる。
ウチはダネルに霊弾を装填し、スコープを覗き込んだ。
「……?」
スコープ越しに見えた光景。
古賀京香の周囲には小さな光球が次々に出現し、浮遊している。
『……鬼灯』
小さな光球らが、静かに揺らめく。
――――ヤバい。
全身の毛穴が開く感覚。
それは、多分……殺気。
眼前で展開された光球の数は、目算で八つ。
ダネルの制御をマニュアルにしているとは言え、打ち損じるなんてミス、ウチはしない。
淡い朱が、宵闇の中で動いた―――――。
「っ――――――!!!」
気付いたらウチは、引き金を引いていた。
それと同時に、白い閃光に染まる視界。
一拍遅れて、耳を劈く轟音が周囲の空気を振るわす。
衝撃波が到達する前に、更に背後に跳躍、未だ古賀先輩の周囲を漂う光球に照準を定め、そして、再度引き金に手をかける。
光球への着弾と同時に頬を撫でる熱風、閃光、衝撃―――――。
ちょっと待って……!!
あんなちっさい光の球が、なんつー威力よ……!!!?
例えるなら、爆弾。
それも多分、生み出せる光球の数に際限はない。
「まだまだ、これから」
撃ち落としたはずの光球が再度、古賀先輩の周囲に展開され、そしてウチの方と射出される。
やっぱり、そうだよね……!!
「……うっ、ぐ……!!!」
左方前方に着弾、と同時に閃光と砂煙がウチの体を包む。
あの光の球。
射出してからの制御はお粗末だけど、爆発時の衝撃が桁外れの威力。
修練場の地面は抉れ、着弾点は焼け焦げ、未だに勢いのある炎が燻っている。
「っっ……!!! ダネルっ!!!」
音声コードの再認証。
それと同時に、ボロボロになってしまった制服の肩にチョコンと出現する、ウチのお気に入りのクマちゃん。
《……ッテ、イキナリ何ダヨ!? コノ状況!!》
「弾はMg、狙いは目の前の術者!!!
とにかく、命中させて!!!」
《オシャベリスル余裕モナインダナァ!!!?》
マグネシウムと水を混合させた、ウチ特性の弾丸。
ダネルで使用可能な最大火力の虎の子。
着弾と同時に反応が開始、それと同時に発生する水素ガスの爆発。
とてもじゃないけど人に向けて発射しちゃダメなもの。
でも。
《OK! shot!!》
「……そんなこと、言ってらんないもん!!!」
ダネルに導かれるままに、引き金を引く。
光球に一回一回対応していたら、それこそジリ貧。
狙いは、あくまでも術者である古賀京香。
ウチの持てる最高火力最大霊力で一点突破、そのクソウザい炎ごとブチ抜く……!!
1ヤードもない超至近距離、尚且つダネルの演算込み。
外す要素がなかった。
しかし。
発射から着弾までのほんの僅かな間隙の最中、ウチはスコープ越しに見た。
古賀京香の姿が、揺らめいていた。
一瞬遅れ―――――。
着弾と同時に反応。
周囲が昼のように照らされ、そして。
駆け巡る閃光の衝撃。
舞う砂塵。
鉄と土の焼けた匂い。
行き場を無くした化学反応のエネルギーは、その勢いを殺すことなく同心円状に修練場の外壁を崩壊させる―――――。
「……!」
零弾を用いた、破壊の惨状は修練場に留まらない。
視界では爆発の余波である焔が燻り、泉堂学園の敷地を削る。
住宅街と学園を隔てる木々は薙ぎ倒され、上空へと白煙を上げていた。
巻き込まれれば間違いなく無傷では済まない、そんな一射だった。
はずなのに。
なのに……!!!
「何で……!!?」
破壊の様相の中に一人。
すまし顔で佇む、一人の金髪の姫様。
悠然と制服についた砂埃を払い、再度こちらへと向けられる視線。
「―――――」
は?
―――――見下されてる。
完全に、下に見られてる。
失望、諦観、虚飾。
様々なマイナスの性質をはらんだ類の、目。
何で。
アンタが、ウチをそんな目で見てんだよ。
ふざけんな。
ふざけんなよ、クソ女が……!!
「気に……、食わない……!」
「……?」
「……っ!
アンタの存在が、気に食わないんだよっ!!! 新太さんの何なんだよ!!!! 自分が優位です、みたいなツラしやがって!!!!」
「……別に、そんなこと思ってない。
その式神の演算も、大したことないんだな、って思っただけ」
「……!!!」
「アンタなら分かるよね? ……陽炎」
そんなの言われなくても分かってる!!
原理も何もかも!!
何それ。
まさか、何が起こったかウチが理解できないと思ったの!?
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!!!
クソ!!!
クソが!!!!!
「今度は、こっちの番」
古賀先輩が片手をあげるのと同時に周囲に舞う、数多の火の粉。
かなり広範囲に散布され、それはいまや原型すらない修練場周囲全域に及ぶ。
――――――――!
これが、……何?
当然ながら、火の粉自体に威力はない。
砂煙と混ざり合いながら、ゆっくりと周囲を対流する―――――。
「弾けなさい」
「っ……!!!!!」
転瞬。
火の粉に霊力が迸った。
『鳳仙花』
古賀京香が、指を鳴らした瞬間。
視界が紅く染まり、全身を襲う衝撃波。
周囲の景色が明滅し、平衡感覚が崩れる。
火の粉の散布範囲全域の起爆―――――。
「う…ぐ…!!」
霊力の供給路が絶たれたのか、トばされかけた意識が完全に戻るころにはダネルは既に形象崩壊していた。
周囲を舞う火の粉に気を取られ、一瞬回避が遅れた。
その際に熱傷が生じたのか、左腕から熱さを伴った激痛。
―――――いや、左腕だけじゃない。
全身に目線の向けると、ボロボロ。
可愛いウチのお気に入りの制服も、見る影もない。
「クソ……」
何、それ。
近距離・中距離・遠距離に対応しうるオールラウンダーな式神。
弱点もなく、対処法も今のウチにはない。
「……」
静かに燃え盛る炎を纏い、歩いてくる「姫様」。
ただ真っすぐにウチを見据え、さっきと同じ目のまま、ウチとの距離を詰める。
何それ。
ズルじゃん。
アンタの強さも、ただの式神の性能じゃん。
「……完全燃焼」
紅かった視界が、蒼く染まる。
「見逃すなんてこと、しないから」
古賀京香は青い式神を使うと、どこかで聞いたことがあった。
――――――炎の式神を操るのに、変なの。
と、その話を聞いた当時は思った。
でも。
今、ウチは実感した。
青の、式神。
どこまでも青くて、蒼くて、碧い。
『燐火』




