第72話『黒鉄と紅蓮』
6月14日17:00。
佐伯支部長、清桜会新都市部全隊員に向け、泉堂学園一年所属『来栖まゆり』の生死に依らない身柄の確保を下命。同時に泉堂学園所属『来栖まゆり』を第一厳戒対象と認定。
泉堂学園へ当学園所属学生『来栖まゆり』の確保に向けて全面協力することを要請。学生の実習用式神市中携帯が解禁、学園内にのみ限定されていた非常時応戦許可が新都全域に拡張。
6月18日。
朱雀戦において全ブロックの決勝進出者が決定。
一週間後、決勝トーナメント戦が開始予定。
※泉堂学園2-1所属宮本新太、来栖まゆりによる暴行事件と思われる不戦勝にて、決勝進出済
6月20日 18時32分。
特例隊員古賀京香、第一厳戒対象来栖まゆりと会敵、戦闘状態へ――――――。
[『第一厳戒対象、来栖まゆり』にまつわる報告書より一部抜粋]
***
「……久しぶりね、まゆり」
泉堂学園第七修練場―――――。
「結界を突破できたんだ。アンタを入ってこれなくするために、色々と弄ってたんだけど」
「それも知ってま~す。清桜会がウチを探しているのもォ、学園がウチを見限ったのも!!」
「……それはアンタの自業自得」
知っている……、ね。
まるで、こちらの動向を掴む手段があるかのような口ぶり。
むしろ無い方が違和感がある。
私が、この時間、この場所にいることを正確に捕捉することができたのも、何かある。
数日前から撒き餌をまいた甲斐があるっていうもの。
鈍い藍色が、上空を支配していた。
もうすぐ夏至、周辺はまだ明るいけど、それでも周囲の様子が分からないほどではない。
私の目の前に佇む、一人の女生徒。
その来訪者の表情には、恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「……こ~がせんぱい♡ あの日の続き、しましょ?」
見た感じ、正気ではない。
元々思い込みが激しいところがあるとは思っていた。
でも、これは明らかに常軌を逸している。
新太の話の通り、かもしれない。
「あの日……。もう、だいぶ前の感じがするわね」
「ウチは古賀先輩とォ、ホントのホントに闘いたかったんですよ~?」
「……」
「新太さんに近づくゴミムシをォ!!
自分の手で排除したいんですよっ、ウチっ!!!」
「……っ!!」
転瞬。
私の頭があったところを真っ黒なニーハイに包まれた健脚が薙ぐ。
っ……!
この子、体術もいけるっ……!!
***
『恐らく、次の狙いは……京香、だと思う』
『……』
『……新太ぁ、その心は?』
『俺の決勝行きが決まった以上、俺と同じブロックの人を襲う必要がない。……もちろん予想ではあるけど。もしもそうなった時に、今の来栖なら狙いを変える可能性がある』
『……なるほどなぁ。
新太の近くにいる女、か』
『……ここ最近で俺と一緒にいる、尚且つ来栖がそれを目撃している相手……』
『……』
私、ね。
***
「起動っ!!! ダネル』」
「っ……!」
あの晩見た、まゆりの背丈ほどもある大型の狙撃銃。
夕暮れの微光に銃身が鈍く輝き、威圧的な存在感を示す。
私の出方を伺う間もなく、式神を起動させた―――――――。
出し惜しみしないところを考えると、短期決戦がご所望……?
思考の狭間、まゆりは銃身を掴み、大きく振りかぶったのを視界に捉える。
「よいしょっ!!」
背後に跳躍し、回避―――――。
砂煙を上げ、私の立っていたところに大穴が開く。
「逃げないで、くださいよっ!!」
背後に跳躍し、回避行動をとったのも束の間。
まゆりは一瞬の間隙の後、肉迫。
ダネルと呼ばれたその式神を、まゆりは重量なんて感じさせないほどに。
まるで最初から、振り回して使用するのが当たり前かのように。
「……ぐっ……!!」
紙一重で迫る銃身を、霊力を込めた徒手空拳で受け流す。
間合いを図られた以上、回避行動の一つ一つが命取りになる。
回避した瞬間の追撃。
それが一番の考慮しなければいけないこと……!
あの獲物を相手とするならば、直撃だけは絶対に避けなければいけない。
「……!!」
***
『もし……、京香が狙われたら……』
『いらない心配ね。むしろ失礼よ、新太』
『そうだぜぇ? 新太。目の前にいるこの御方が誰か忘れてねぇか??』
ニヤニヤしながら笑っている虎の鼻をへし折りたくなったが、今は我慢。
『……そうよ。私を誰だと思っているの?』
それを聞いた新太、少し安心したような笑みを浮かべていたっけ。
『……そうだね。
頼んだよ、京香』
***
鈍く光る黒鉄が、私の眼前まで迫る。
時間がスローモーションになったかのように、ゆっくりと銃身が私の目の前を通過し―――――転瞬、宙を薙ぐ音が耳を劈く。
「避けてるだけじゃ、ダメじゃないですかぁ!! こがせんぱぁあああああい!!!」
……。
だからと言って、距離をとるのも得策ではない。
あの式神は元々、遠距離戦を想定したもの。
迂闊に間合いを取ってしまえば、それこそ相手の思うつぼ。
―――――こちらも、遠距離式神で応戦する。
『天羽々矢』であれば、まゆりとの距離を取りつつ発現事象を駆使しながら戦闘のイニシアチブをとる。
そして、決定力には欠けるが、徐々にまゆりの霊力を削いでいく消耗戦に
―――――……。
「……」
一瞬の逡巡の後に、私は指で挟んだ『天羽々矢』の護符をしまい直す。
「……何やってんだ、私は」
私は、古賀京香。
何が消耗戦だ。
そんな弱者の戦い方をして何になる。
「……仁に見られたら、きっと笑われるわね」
堪えきれない笑みを漏らし、私はまゆりへと向き直った。
「一人で何言ってんですかぁ!!? 怖気づいたんですかっ!!!」
『天羽々矢』をしまい、代わりに一枚の護符を取り出し、霊力を込める。
「……思い出した」
「……っ!?」
護符の形がやがて形状崩壊し、火の粉を伴った紅蓮が灯る。
「まゆり、アンタは強い。……でもね」
爆炎が夕暮れを紅く染め上げ、大気を焦がす。
修練場内を熱風が駆け抜け、半径15メートル周辺一帯を制御下に―――――。
「私は、もっと強いの」
「……!!」
「―――――式神発動。
神名『赤竜』」




