第71話『道化が二人』
[6月13日(木) 新都某所]
割れたガラスから、月明かりが部屋に差し込んでいる。
ウチは、そんな部屋の隅っこで足を抱えながら、小さくうずくまっていた。
―――――気づいていたのに。
見られていると分かっていたのに。
清桜会の偵察式神。
確か、双睛、だったっけ。
泉堂学園近くにいることは予想がついていた。
学園からしても、清桜会からしても異常事態だもんね。
そうだよね。当たり前だよね。
でも、自制が利かなかった。
頭では分かっていたのに、体が動いてしまった。
どうしたんだろう、ウチ。
いつも以上に感情のコントロールができない。
激情型だもん、ウチ。
……でも、別にいいのか。
目的は達成されたんだから。
ウチのことなんて、もう……どうでもいい。
どうなってもいい。
退学になっても捕まっても死刑になってもいい。
もう、どうにでもなれ。
ただ、新太さんのために。
新太さんのためだけに行動すれば、それでいいんだ。
「ふ……ふふ……」
これで新太さんの決勝行きが確定したはず。
喜んでくれるかなぁ。
絶対喜んでくれるよね。
「また、褒めてほしいなぁ……新太さん、ふふっ……」
新太さんの幸せのために、ウチが障害をぜんぶ、ぜーんぶ取り除くんだ。
ウチと新太さんを邪魔するもの。
何もかも。
何もかも失くしてしまえばいいんだ。
ウチの不安の種も。
何もかも。
そう思えば、思うほどに心に自信がみなぎってくる。
―――――――ちよちよもそう言ってたもん。
不意に。
ポケットに入れているスマホが震えだした。
画面を見ると「八千代」という文字が映し出されていた。
タイミングいいなぁ、相変わらず。
「……もしもし」
「お疲れ様ー、まゆりちゃん。今日も頑張ってたみたいだね!」
「ありがとー。うん、なんかね。今日はすんごく疲れちゃったし、あと多分顔見られた」
「あー、そっかそっか。まぁ、仕方ないよ。
……でも宮本先輩、絶対喜んでるよ! 決勝行き決めてあげたんだからさ!!」
「やっぱそうだよね!!? 良かった~。
あっ、でもさでもさ、次はどうしたらいいのかな? 次ウチにできること……」
「まゆりちゃんがやりたいようにするといいよ、どうせもう元の生活には戻れないんだし!」
「そっか……、それもそうだよね。ここまできちゃったら……」
やりたいこと、全部全部。
不意に脳裏に浮かんだのは、あの金色の髪の毛を翻した一人の女生徒の姿だった。
「邪魔なものは、全部、全部」
「邪魔なものは、ぜーんぶぜーんぶ……♪」
あーらたさん、ずっとずぅーっと、ウチと一緒だよ。
***
「バカバカしいわ!」
佐伯支部長がいなくなった屋上、眼前の京香はただ憎々しげな表情を浮かべ、鬱憤を晴らすようにそう吐き捨てた。
「新太を、無理矢理引っ張り出そうとしているのが見え見えじゃない!」
「……」
京香の言う通り、昼間の佐伯支部長の一件を思い出してみると、あれほどまでに分かりやすい挑発もないだろう。
お前が何とかしろ、と。
自分が蒔いた種は自分で摘め、と。
要はこういう話だ。
「でも、なんでそこまでして新太を……」
「……俺に、十二天将を使わせたいんだ」
「……!!」
来栖まゆり。
彼女は紛れもなく陰陽師としては、第一線にいる存在だろう。
泉堂学園の生徒は曲りなりにも一端の戦闘訓練や式神演習を行っている。
その先輩方をいともたやすく戦闘不能にできるくらいの実力が、来栖にはある。
「佐伯支部長は、俺に象徴になれと言っていた。
圧倒的なまでの力を振るう象徴、そのための十二天将……」
「……ふぅん。そんなにすげぇんだ。その十二天将ってやつは」
虎だけには前回の大霊災のことの顛末を伝えてあった。
俺が、十二天将を発動したこと。
そして、『狐』と共に、服部楓こと先生を倒したこと。
俺が語る以上に、虎は詮索をしてこなかったし、聞いた後も思った以上に淡泊な反応しか返ってこなかったのは記憶に新しい。
「でも新太。
さっきの発言は、支部長さんの思惑が分かったうえで、か?」
俺は首肯を以てそれに答えた。
「……諸々は十分把握済みだ。俺が来栖と戦うことになるのも、十二天将を使用することになるかもしれないのも。……全ては、来栖を止めるため」
「「……」」
「……そして。ここからは俺のエゴ、二人には伝えておくよ」
「……?」
京香と虎、二人は同様に頭に疑問符を浮かべているのがその表情から分かった。
「俺は……」




