第70話『憂、燦燦』
「どうして、支部長がこんなところに……」
俺の発言を聞いたのも束の間、佐伯支部長は軽くため息をつき、俺を射すくめた。
「……泉堂学園の管轄はどこにありますか?」
「……清桜会。朱雀戦と、不祥事の視察及び調査といったところでしょうか?」
すると佐伯支部長は満足そうに目を細め、柔和な笑みを浮かべながら京香の方へと向き合った。
「聡明な人は好きです。余計な話をしなくて済みますので」
「……恐縮です」
「あなたが、古賀京香、ですね。お父上には連日お世話になっています」
京香は会釈をもってそれに応える。
様子から察するに二人は初対面のようだった。
京香がどこか他人行儀なのもそれが原因のよう。
「朱雀戦は残念でしたね。
聞くところによると、出場の登録が間に合わなかったとか。
貴方ほどの人材が、もったいない。
どうでしょう、私が掛け合えば、本戦からからあなたを出場させてあげることも可能ですが?」
「……」
挑発的な笑みを浮かべている佐伯支部長。
出方を窺っているとしか思えない提案。
掛け合えば、か。
圧力をかける、の間違いだろう。
この人と話したのはほんの短時間。
しかし、その思想の一端には触れた。
選民的で、独善的な酷く歪んだ思想に他ならない。
「……いえ、それには及びません」
どこか緊迫感のある雰囲気を漂わせている京香。
支部長の発言に対する牽制とまではいかないが、意図的に距離を置いているようにも感じる。
「……予想通りですね。それでこそ『古賀』です」
満足そうな笑みを浮かべながら、支部長は静かに呟いた。
「……あの、そちらさんは?」
完全に置いて行かれている虎が、おずおずと手を挙げる。
普段の傍若無人な京香が、ここまで礼に重んじた態度をとっていることが疑問に感じたのだろう。
頭に疑問符を浮かべているのが見て取れる。
「……新しい支部長だよ。清桜会新都支部の。
最近テレビとかネットとか……、メディアにもよく出てると思うんだけど」
しかし、虎は不思議そうな表情を崩すことはなかった。
佐伯支部長は一度見たら恐らく忘れはしないであろう、特徴的な容姿をしている。
これは、本当に知らなそうだな。
「……蔦林君ですね」
しかし、虎の意に反して支部長から聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
「……どうして、俺のこと知ってんすか」
明らかに警戒心を強める虎。
しかし、虎の疑問も当然のこと。
虎は陰陽師の卵としても優秀だ。
優秀である故に、虎のことを知っている、と言われれば納得できなくはない。
しかし。
「……お兄さんは、お元気ですか?」
「っ……!!」
支部長の口から出てきた言葉を聞いた瞬間、虎の眉間に深い皺が刻まれた。
まっすぐに支部長に向けられる視線は、さながら「敵」に向けるもの―――――。
「……」
「……そんなに怖い顔をしないでください。別に昔の話を蒸し返そうという気はありません。清桜会としても、貴方程度の存在に構っている暇はないのです」
明らかに敵意を込めた支部長の言い方。
一件を蒸し返すつもりはないと言っておきながら、そこには虎に対する明確な「敵意」が見て取れる。
「お兄さん」。
虎の……?
「……支部長」
「……失礼。そう、そんな話をしに来たのではなかった。貴方達に伝えたいことがありました」
「……?」
「『来栖まゆり』の処遇についてです」
佐伯支部長は俺ら三人に向き直ると、世間話でもするかのように。
「―――――これより、清桜会全隊員に処分命令を下します」
と、静かに言い放った。
「処分……?」
「……昨日、来栖まゆりが泉堂学園の生徒を襲う瞬間を、清桜会新都監視式神双睛が捉えました」
「……!!」
「彼女には撒かれてしまいましたが。
……異常な様子でした。鬼気迫るとでも言いましょうか。狂っている、とでも言いましょうか」
「まゆり……」
「以上より、私は本日付で清桜会新都市部全隊員に泉堂学園所属「来栖まゆり」の捜索命令を発令しました。
……身柄を確保する際の生死は問わない、という文言を添えて」
「「「……!!!」」」
生死を問わない。
さすがの俺にも分かる。
要は相応の危険性を、清桜会は来栖に抱いている。
手段を選んでいる場合ではないということ。
「……殺人の教唆です」
「……別に殺せ、と言っているのではありません。
向こうもそれなりの相手、殺すつもりでなければ、こちらが被害を被ります」
「……」
「相手は見習いとはいえ、陰陽師です。正当防衛の幅も広くなります」
これ以上の犠牲を出さないためにも。
そして何より、守るべきは清桜会のメンツ。
情状酌量の余地は全くない。
昨晩の双睛による物的証拠。それだけでここまで……。
「宮本新太、貴方のせいですよ」
「……!!」
「……っ!! 支部長、新太は何も……!!」
「別に貴方は何をしていなくても、貴方に端を発した話です。――――――貴方が、それを一番分かっていますよね?」
「それは……」
支部長の言っていることは、正しい。
俺がいたから。
俺という存在がいたから。
来栖は狂ってしまった。
俺のために、俺を朱雀戦の決勝へと進ませるために。
何で。
何でそこまでして。
俺のために。
俺なんかのために。
「……ずっと聞いていれば、好き勝手言ってくれてんなぁ。支部長さん」
「……虎」
「新太のせいだぁ? あんまりふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。今回の一件で新太が一番気を病んでいるのは分かり切ってるだろうが」
「6月3日」
「……あぁ?」
「南区近郊で双睛が一匹喪失しました」
「「……!」」
6月3日。
その日は、来栖があの式神を起動した――――――。
「表向きは、爆発事故、で処理されました。
……しかし、貴方たち二人は何か知ってそうですね」
まとわりつくような性質をもった視線が、俺と京香へ向けられる。
どこまで、この人は俺たち、そして来栖のことを―――――。
「……そんなの今関係ねぇだろうが、支部長さんよ」
「……口を慎んでください。私はただ客観的な事実を述べているにすぎません。
今の情報は、あくまでも余談です。私が言いたいことはたった一つ。
このままだと、もっと多くの人が傷つきますよ。―――――新太」
……!!!
「だからって……!」
「……京香、虎、いいんだ。その人が言っていることは正しい」
「……」
そう。
現状をただ傍観していることは、もうできない。
動かなければならないのは俺だ。
来栖のことを、最後まで信じたかった俺自身のエゴが招いた結果でもある。
「止めます」
「俺が、来栖を止めます」
俺の返答を聞いた佐伯支部長は、ただ静かに笑みを浮かべた。