第68話『愛狂』
―――――俺が、来栖を止める。
―――――何で……、どうして分かってくれないの……!!!!?
―――――俺は多分、失敗した。
好意を寄せられているという慢心が、この結果を生み出してしまった。
彼女の持ちうるポテンシャル、そして危険性を考えれば誰にでも分かることだったのに。
「……以上のことから、現泉堂学園で巻き起こっている暴力事件の被疑者を来栖まゆりと断定。警察、清桜会と協力・共同してその身柄を抑える」
目の前の教師は、ただ淡々とそう述べた。
―――――全部、全部、全部、新太さんのため。
新太さん以外いらない。
邪魔する奴は全員潰す。
これは、ウチの闘い。
前の不良二人の件もあるし、ウチが元凶と割れているものと思ったほうがいいかな。
―――――何だよ、これ。
「ごめん……、通してっ!」
野次馬の人混みをかき分け、目の前で倒れている男子生徒に高平先生が駆け寄る。
そして、発動される医療用の式神。
地面にぐったりと横たわった男子生徒の顔には生気がなかった。
―――――最高の気分。
これで、新太さんは絶対に喜んでくれる。
だって、知ってるもん。
新太さんが喜ぶこと。
この人には申し訳ないけど、何事にも代償は必要ってことで。
汚れてしまったダネルの銃身を手でなぞり、そして解除する。
既に放課を迎えた泉堂学園の校舎裏、絶好の場所。
でも、次のポイントは別の場所にしなきゃいけないかな。
―――――なぜだ?
にわかにざわめく修練場内。
それもそのはず。
俺の序列戦の相手は未だに見えず、今しがた俺の不戦勝が宣言された。
しかも、これで三回目。
こんな偶然、あるのか……?
―――――弱いなぁ。
いや違う。
ウチが強すぎるのか。
あの夜、古賀先輩と闘りあえていたら、やっぱりウチの見立て通り勝ててたかも。
ぐったりと力なく横たわっている泉堂学園の制服を着た女生徒。
女の子だから顔は狙わないようにしたんだけど、当たっちゃったものは仕方ないよね。
―――――そんな……。
京香から手渡された一枚の紙きれ。
それはとある一週間前くらいの新聞の切り抜きだった。
そこに書かれていた記事。
「これって……」
「今、学園で起こっている暴行事件と同じ、鈍器のような長い獲物で全身を殴打―――――。
同一犯と考えるのが、妥当ね」
―――――この時間帯に、この道を通るのは知っている。
二年二組、堀恭平。
大丈夫、向こうはまだこっちに気づいていない。
新調した身バレ防止のローブを纏い、重ためのフードで顔を隠した。
護符を手に握り、起動。
そして、電柱の陰から―――――肉迫。
「……っ!!」
ダネルを振りかぶった瞬間、驚いた表情の堀恭平と目が合った。
そうだよね。
暗くて見えないよね。
何が何だか分かんないよね。
でも……、ごめんね。
一応、心の中で謝ったから許してね。
そんな益体のないことを思いながら、ダネルを振り下ろした。
―――――しかし、来栖は何で俺のことが……。
これまでの人生で、そういう色恋沙汰に縁が全くと言っていいほど無かった。
だからこそ、理解不能だ。
俺自身そこまで良い顔をしているとは思えないし、それこそ未だに序列は最下位。
好きになる要素なんてないはずなのに……。
今度、本人に直接聞いてみるか……?
いやいや、無理無理無理。
そんな恥ずかしいこと聞けない。
―――――要は、新太さんの序列戦の相手を棄権させればいいんだよね。
それも割と確実性の高い手段で。
となると……、生半可なことじゃ意味がない。
下剤仕込むとか意味ないかも。
それこそ新太さんと闘う日、丸々一日意識無いレベルじゃなきゃダメだよね……。
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[6月7日(木) 第二修練場 15:41]
本来であれば、俺の朱雀戦予選第四試合が行われるはずだった。
しかし、俺の対戦相手である隣のクラスの堀……だったっけ。
急病らしく、俺の不戦勝が確定した。
一応、虎から事前にその堀君の扱う式神や戦闘スタイル云々を聞き対策を講じていたのだが、それも無駄になってしまった……。
―――――鳴り響く歓声。
俺の眼前では、他のブロックの予選が現在進行形で行われている。
予選もそろそろ折り返しを迎え、各ブロックごとに着実に勝ち星を上げている者も明らかになってきた。
「ラッキーだったわね、新太」
「……うん」
「……浮かない顔。
闘わずして勝ち数を上げられたんだから、もっと喜べばいいじゃない」
隣では自分のことのように顔を綻ばせて俺の勝利を喜んでくれている京香の姿があった。
確かに京香の言うことも最もなのかもしれない。
俺の戦績は、今のところ3勝0敗。
このまま順当にいけば、決勝へ進むことも夢じゃないだろう。
でも……。
「……不戦勝で決勝に進めても、素直に喜べないだろ」
「……相変わらず真面目ね。
闘争においては、結果が全てよ」
「……」
にわかに沸き立つ観客。
どうやら決着がついたようだ。
眼下には尻もちをついている女の子へと手を差し伸べる男子生徒の姿があった。
お互いに笑みを浮かべていることから、なかなか円満に勝負の終局を迎えたらしい。
「……しかし、今日も来なかったわね。まゆりと八千代」
「……」
不意に話は変わり、最近知り合った後輩の名を京香は口にした。
先週から屋上でともに昼食をとるようになった後輩、もとい俺のことを好いてくれている女の子。
来栖まゆり。
規格から大きく外れた式神を扱い、その背景にも謎が多い少女。
京香だけじゃなく、少なからず俺も不思議に思っていた。
―――――今週の初めから、その姿を見ていない。
連絡も週末を最後に、途絶えてしまっている。
俺への愛想が尽きたのだろうか。
しかし、自分で言うのも何だけど、彼女の俺への思いは並々ならぬものがあるような気がする。
……いや、ほんと自分で思ってて恥ずかしくなるけど……。
「学校には来ているのかしら……。
色々と物騒なことが起こっているみたいだし、心配ね」
「物騒……?」
「……知らないの?
一個上の先輩が上総ら辺で暴力事件に巻き込まれたみたい」
「そうなんだ……」
「新聞とかにも小さい記事だったけど載ってたし、先生も話してた。
……何か、霊災前を思い出すようで、嫌な気分になるわね」
髪をかき上げながら、ため息交じりにそう口にする京香。
ただでさえ、霊災から未だに新都は落ち着きを取り戻していないというのに……。
災害後、ある程度の治安の低下は予期される事態だけど、実際に学園の生徒が被害に逢っているとなると他人事じゃない。
「……続かなければいいけど」
―――――しかし、得てして俺の希望は悉く叶わないものなのだと悟る。
その日のうちに、俺は知ることとなった。
俺と一戦交えるはずだったはずの男子生徒。
二年二組、堀恭平が昨夜何者かに襲われ、意識混濁の状態にあると。
その事態を受け、泉堂学園は周辺地域の警戒体制を強化。
同時に、式神の常時携帯が義務付けられ、泉堂学園生徒の非常時における無条件応戦が許可された。




