第7話『最下位と最上位』
廊下を歩いていると、すれ違う生徒達からの視線を感じた。
すれ違いざまにたまたま目線が合う、というものではない。
こちらを明らかに意識して、視線を送っている。
そして……。
「アレだって……ほら、二年の……」
「さっきの実習でもボコボコにされたらしいよ……」
「うわ……マジで……?」
ヒソヒソと悪意に満ちた陰口。
口ぶりから察するに同じ学年ではないだろう。
しかし、いつだって序列の上と下は注目の的。
ましてや下の方は、皆の精神的安定のための存在と言っても過言ではない。
自分よりも下がいる、と。
そう思えればまだ自尊心を保てるというもの。
「俺ならもう学園辞めるわ……」
「よくノコノコと来れるな……。見込み無しの最下位のクセに」
「……あーに見てんだよ」
「……っ! おい、行こうぜ……」
陰口を叩いていた生徒は虎にガンを飛ばされ、そそくさと廊下を歩いて行ってしまった。
虎の柄の悪さと良い、俺の評判と言い、完全に悪い意味で注目を集めてしまっている。
しかし、悪い意味で注目を集める者もいれば、その逆も然り。
「……あれ、京香さんじゃない?」
「うっそ、……マジじゃん! かっこいい……」
これまでとは質の違うざわめき。
それは俺達の進行方向から聞こえてきた。
目線を送ると、向こうから歩いてくるのは一人の金髪の女生徒。
よく見知っている顔のはずだが、こうも周りから黄色い声援を送られているのを見ると、一挙手一投足に華があるように見えるから不思議だ。
「あれが、二年の序列第一位……!」
泉堂学園陰陽科二年の序列第一位。
それは……。
「……あっ!! 新太っ!!!」
その人物は俺の姿を見つけるなり、爆速で廊下をダッシュ。
俺らのすぐ前までやってくる。
「ちょっと、大丈夫だった!? 鮫島達は今度半殺しにするから!! 安心して!!!」
―――――古賀京香。
名門古賀家次期当主にして、序列第一位。
自他共に認める次代の天才―――――。
「……虎も一緒だったんだ。あんた達、すんごく悪目立ちしてたわよ」
「お前の方が目立ってんだろ、古賀ぁ。相変わらずの人気だな~」
他の生徒からの羨望を一心に集めている京香は俺らとは違う。
だからこそ、こんな廊下で安易に談笑していれば……。
「古賀さん、アイツらと喋ってる……」
「嘘ー……、どういう関係……?」
いわんこっちゃない。
一位と最下位。
普通に考えたら交わるはずのない関係性。
邪推の対象になるのは仕方が無い。
「外野がうるさいわね。歩きましょ」
そう言いながら、俺ら生徒の教室がある東棟に向けて三人で進め始める。
周りの人間がヒソヒソと話しているのは未だ現在進行形。
「……お前、いい加減自分の立場考えた方がいいぞ?」
歩きながら、虎は京香にそう苦笑する。
「虎、それどういうこと? どこで誰と話そうと私の勝手じゃない」
それはもちろん、そうなんだけど……。
最上位者。
それは皆の憧れや信仰の対象である。
俺らと絡むのは全然構わないが、そのことによって周囲に与える影響も考えたら―――――と言うのが恐らく虎の言い分だろう。
まぁ、京香にそれを言っても何の意味も無いだろうけど。
「大体、序列とかいちいちどうでもいいのよ……。余計な禍根を生むだけだと思わない?」
「それはそうだね……」
「新太も気にしちゃダメだからね? 周りの評価なんて」
「……それを古賀が言うかぁ」
「何よ虎、文句あんの?」
「いや、何でもないッス」
「序列なんて私達の中の基準でしかない。
―――――下の人間を見て満足しながら生きるより、上の人間を見て歯を食いしばりながら生きた方が、良いと思わない?」
「……」
学年の一位に君臨しても尚、京香は上を目指すことを止めない。
天才は慢心しない。
ただひらすらに、自身という存在を上へ上へと押し上げることに全力を注ぐ。
だったら、俺は……。
悠然と隣を歩く序列第一位の姿が、更に遠く見えた。
***
昼下がり、校舎の屋上に黒い人影が一つと一匹。
「おっ、……いたいた」
対象が廊下を歩いているのが、校舎の窓から見える。
人影は笑みを浮かべたのを、隣にいた一匹の動物―――――もとい狐は見逃さなかった。
《接触は彼が一人になってからだろう?》
「分かってるって……。とりあえず、ここで正解だったな」
元気そうに歩いているところを見ると、あの怪我は大したことなかったようだ。
「全く、頼むぜ……? 唯一の手がかりなんだからさ」
人影はいつになく真剣な表情を浮かべ、やがてその姿を消す。
屋上に残ったのはただ静寂のみ―――――。