第66話『胎動』
「人が死ぬって……、今回の霊災でも犠牲者は……」
「新都で巻き起こった霊災の非じゃない。
それに……アレは人為的なものだったしな」
「……?」
人為的でない霊災。
自然発生した悪霊によるものか?
いや、そんな大規模な悪霊による霊災はそれこそ稀有であるはず。
頭に疑問符を浮かべる俺に、仁は「……別に、悪霊だけが霊災の要因じゃないだろ」と言葉を紡ぐ。
「愚問だとは思うが、『妖怪』……は知っているよな?」
「それは、もちろん……知っているけど」
妖怪。
それはすなわち、―――――妖しき怪異。
日本各地至る所の霊場に封印されている禍であり、古来より人々の畏怖されてきた存在。
その反面、信仰の対象になることもあったりと人間への危険性はその個体に依存する。
と、ここまでは教本で学ぶべきことに他ならない。
「―――――その妖怪の封印を、解いてまわっている連中がいる」
「……!」
「妖怪の力は強大であり、そこら辺の悪霊とは別次元」
故に、かつての『旧型』の陰陽師達は『封印』という手段を以て、その妖怪を縛った。
そう。
「祓う」のではなく、「封印」―――――。
莫大な霊力を持つ妖怪に対し、人々は完全にその存在を滅することができなかった。
「連中はその『妖怪』の封印を解き、自らの目的のために使役しようとしている。
目的は、世の混沌―――――。
それに対抗するためには……」
「十二天将、が必要ってことか……?」
仁は俺の問いに静かに頷いた。
「妖怪の霊力、及びその力は人智を越える。
陰陽師成立以前の人間は、その力にひれ伏すことしかできなかった」
「……」
「連中の動きは読めない。
だからこそ、早々に備えておく必要がある」
「……その連中って、一体何なの?」
訝しげに仁を見据える京香。
しかし、その疑問は最もだ。
仁の話はどこか要領を得ない。
「妖怪」という過去の脅威を現在に復活させ、あまつさえ使役するなんて……。
それ以前に、そのような企みは現代の治安維持機構である清桜会が黙ってはいないだろう。
「連中は……、お前らで言うところの、『旧型』の陰陽師達。
そのタカ派だな。
要は、お前ら『新型』の陰陽師を抹殺し、日本古来の陰陽師の地位を今一度現世に築く―――――、とそんな思想を持っている連中だ」
「そんなの……、国に対する反逆じゃない……!」
「目的が達成されできれば、その過程はどうでもいい。
得てして時代を変えようとする右翼は、そういう発想に帰着する。
「革命」と称して、一般人を巻き込んだ霊災を起こしたりな」
「……仁は、それを止めるために……?」
「……俺だって、無駄な『死』は望まない。
できるならば、もう誰にも死んで欲しくない」
そういう仁は、その瞳を下の方へと落とし、どこか思いつめているような、そんな印象を受けた。
「……」
「……仮に、今のアンタの話が事実という前提で話を進めるわ。
アンタ、十二天将が必要って言ってるけど。
……ここにいるじゃない」
そう言いながら、俺のことを指さす京香。
それは俺も疑問に感じていた。
十二天将が必要、その捜索が仁の目的とするならば、すでにその目的は達成されているはずだ。
仁の口ぶりだと、十二天将は未だに発見に至っていない印象を受ける。
「……『六合』は、な。
俺の予測では、新都に集う十二天将はあと……」
***
「本当にあと二つもあるのかしら……、新都に」
「……手がかりもないしな」
あの仁の話以降、俺も京香も清桜会とのパイプを活用しながら調査を進めている。
とにかく図書館やら、それこそ清桜会に蓄積されているデータなどを見てみたが、十二天将に関する情報は、既に一般化されたものしか見つからなかった。
調べれば出てくる情報に価値はない。
十二天将と、この新都を直接結び付けることができる証拠があれば……。
俺の十二天将『六合』はその管理権が清桜会にあり、所在も明らかだった。
だからこそ、仁も『六合』にはすぐにたどりついたのだろう。
しかし……。
「仁は何を根拠に、十二天将が二つあるなんて……」
予測の範囲で、なぜそこまで正確な数字を把握できている……?
十二天将の所在の全容を知っていなければ、断定することは不可能なはずだ。
多分、まだ俺らに伝えていない情報が、ある。
あの陰陽師は。
まだ……俺たちに、何かを隠している。
「……まぁ、分からないものを分からないと嘆いても仕方ないわね」
「……」
いつまでに見つければいいのかも分からない。
そもそも時間的な制約があるのかすらどうかも不明。
十二天将の捜索に協力するにしては、色々と情報不備なところがある。
それでもなお、俺たちがこうして地道に探しているのは……。
「『人が死ぬ』……か」
「あんな話を聞かされたら、ね。
そりゃ、アタシ達も協力しないわけにはいかないもんね」
仁の話が事実である保証はない。
しかし。
あの陰陽師の事は、信用しているし、信頼もしている。
故に、仁からの頼みを無下にしたくないという思いがあった。
「新太は今日も、『六合』の?」
「……あぁ、コツは何となく掴めてきた。
あとは試行回数を……」
日暮れが差し迫る午後6時。
今日も今日とて、夜がやってくる―――――。




