第65話『狐の本懐』
朱雀戦開始の六日前―――――。
「……仁!!」
清桜会に新興霊場として認可を受けたと思われる廃マンション。
そこの最上階に、仁はいた。
仁のモノと思われるランタンが、廃墟と化したフロア全体をボンヤリと照らしている。
出会ったときと同じように、その顔は狐の面で隠れていたが、それが仁であることはすぐに分かった。
霊災以降音沙汰無かった仁から急に連絡があったのは、昼休憩の時だった。
仁とのトーク画面には、ただ住所らしき文章の羅列が載っているだけ。
しかし、久々に彼からの連絡に心がざわめいたのは事実。
「芥口……上小路……二丁目11ー34、何だこれ……」
……来いってことか?
奴が何の意味の無い情報を送ってくるとは考えづらい。
屋上で虎を待つ最中、俺は仁へ『了解』とだけ返した。
この前、病院からの帰り道に新都の空を舞っていた仁らしき影。
あれが本当に仁だとするならば、奴は未だ新都にいることになる。
「帰りにでも寄ってみるか……」
流れ者っぽかったから、新都に留まっている保証も無い。
そう思いながら、俺は放課後、所定の住所へ何度も道を迷いながらも向かった次第だった。
「……今まで何やってたんだよ」
こちらとしては霊災の後、何度も連絡をしたのに……。
二人であんな死線を乗り越えたのに、身の安否を知らせる返事の一つでもあって然るべきじゃないのか?
俺の不満そうな声を聞いて、仁は面をずらし、その表情を俺へと見せた。
「俺だって……、色々と消耗してたんだ。
仕方が無いだろ?」
バツの悪い表情―――――。
申し訳ないと思ってはいるようだった。
《……いい、仁。
私から話そう》
そう言いながら、仁の傍らに出現する一匹の白い狐。
こちらとも久々の邂逅。
「……天!!!」
《久しいな、新太。
達者なようで何よりだ》
そう言いながら笑みを浮かべる仁の式神。
そして、忘れてはいけないのが安倍晴明の使役した式神の一柱。
―――――十二天将。
《我々も消耗していたのでな。しばし休息を取っていたのだ》
消耗。
それが何を意味するか。
あの晩の戦闘の折、仁が発動した陰陽術、『成神』―――――。
先生こと服部楓も元を辿れば、その『成神』に至ることが目的だったため、今回の霊災はその『成神』を巡る事件だったとも言える。
《『成神』は平安の世の術者、芦屋道満の確立した術式。
そしてその術式には常時発動解放方式という性質を持つ》
「……?」
《安倍の術式はその都度その都度で式神を使用する、発動方式。故に、式神と一回一回簡易契約を結び、術を使用している状態》
それは―――――分かる。
俺ら新型が使用する人造式神然り、使用するときに認証し、そして『起動』というシークエンスを辿る。
それは、他でもない『特別』を使用する旧型に倣ったものだ。
《……しかし、成神は式神と一度契約してしまえば、未来永劫、それこそ死ぬまでその契約が継続される。途中で契約を破棄することができないと言うことだ》
「……!!」
「……要するに、多かれ少なかれ、俺は天から常に霊力を供給されている状態ってこと」
《『成神』は人の身を依代とし、その術者の存在を神《・》へと昇華させる術式。
常に最大解放を維持し続ければ術者の身が持たない》
「……だから、普段は解放率を抑えてる。
あの時みたいに必要なときにはその解放率を上げるんだけどな」
……人の身を神へと昇華させる―――――。
人としての段階を一つ上へ強制的に押し上げるということ。
その行為の代償を考えると、確かにノーリスクというのは考えづらい。
《とどのつまり、あの夜での解放で我々は酷く消耗してしまい、数日は動けない状態が続いていた。……許してくれ、新太》
「……それは、俺は全然何とも思ってない……けど。
と言うか……大丈夫、なのか?
体調とか、色々」
すると、仁と天は何かを目配せするように視線を交錯させ、そして「……大丈夫ということにしておく」と頷いた。
「……?」
「まぁ、そんなことは正直、―――――どうでもいい。
同じ十二天将の術者としてお前に頼みがある」
「頼み……?」
「俺は十二天将を探している……、ことは知っているよな?
これは……、演技じゃなくてマジだ」
―――――演技。
それは霊災の日の出来事を言っているんだろう。
京香が首謀者かどうかを炙り出す際に仁が行ったこと。
「俺達は十二天将を探している。……もしくはその術者を。
俺がこの新都に来たのはそれが目的だ」
十二天将を見つける。
その言葉の意味自体は理解できる。
しかし―――――。
「―――――一体、何のためにそんなことを?」
この場にいる誰のものでも無い声。
俺らの背後から―――――。
「……来たか」
「……!」
暗闇の中から姿を現したのは、泉堂学園の制服を着た京香だった。
「京香っ!!? 何で……!!」
未だ入院中の身であるはずの京香は、未だ退院はおろか、外出も許可されていないはず……。
「……別に、抜け出してきただけよ。アタシも仁に呼ばれてここに来た。新太と同じくね」
《健在で何よりだ、京香嬢》
「……天もね」
微笑み会う一人の人間と一匹の式神を横目に、改めて仁へと向かい直る。
「……それで、十二天将を集めて何がしたいのよ、仁」
「……」
京香の問いに、口をつぐみ黙っている仁。
俺だけではなく、京香もここへ呼ばれたと言うことは、やっぱり並大抵の理由ではなさそうだ。
端から見ても明らかに迷いが生じているのが分かった。
「……」
しばしの間、場を支配する静寂。
雨漏りでもしているのか、水の滴る音だけが辺りへと響いていた。
―――――そして。
俺と京香に伝える覚悟が決まったのか、仁は「信じられないかもしれないが……」とその重い口を開いた。
「―――――もうすぐ、人が大勢死ぬ」
そう、呟いた。




