第64話『仮説』
「あの……支倉さん、どうしたんですか?」
「……」
支倉さんは何か考えこむように、眉間に皺を寄せている。
何だ……?
「来栖……」
「来栖」という言葉に引っかかりを覚えたのか、何度も何度も口の中で転がしている。
そして。
何かを思いついたかのように立ち上がり、ゴチャゴチャのデスクの上からタブレットを取り出した。
「……?」
「確か……、数日前に……」
タブレットを弄り、やがて俺たちの前にタブレットが差し出された。
「……?」
画面に写っているのは、新聞社が運営しているサイト。
そのニュース記事のようだけど……。
目線を支倉さんへと向けると、「読んでみてくれ」と言わんばかりに数回頷いた。
「秋人さん、これって……」
「新型の式神の開発に成功した……って」
一文一文を拾いながら読み進めると、概要は―――――。
「精神への影響を及ぼす発現事象の開発」
とこんな感じ。
開発に成功したと思われる中年ぐらいの男性が、カメラマンに囲まれ、それに手を振り応えている写真も共に載っていた。
精神に影響を及ぼす―――――。
それこそ、先生が使っていた『特別』、確か……『蚕室』だったか。
それも『洗脳』の発現事象を携えていた式神だった。
人の精神への発現事象。
セロトニンやノルアドレナリンといった体内のホルモン量を調節することで、気分の変調へと働きかける薬とかはもう製品化されていたりする。
解析には明らかに医学的なアプローチも必要だろう。
いずれにせよメカニズムを解明した上で、それを式神として形にするのは簡単な事ではない。
「この人、すごいですね……」
「やっていることもそうだけど、この人物の名前を見てほしい」
「……名前?」
記事の中には、当然開発に成功したと思われる人物の名前がフルネームで記されていた。
「清桜会東京支部科学解析部所属……、来栖……、亮二……?」
来栖……?
「……彼とは同じ科学解析部だから、会った事があってね。
『来栖』……、珍しい名字だから覚えていたんだ」
「まさかとは思うけど……まゆりの、父親?」
京香は何か信じられないものを見るかのように、その写真を二度見していた。
―――――そんな偶然が?
いや、しかし……。
「さきほど僕は、あり得ないと言ったけど……、現実味を帯びてきた」
「……!」
「この来栖亮二は、最近は医務部や大学病院とチームを組んで精神への干渉を発現事象とする式神の開発に着手していた。
しかし彼の非凡な所は式神開発の分野、時代の最先端を走っているといっても過言じゃない」
「じゃあ、来栖の式神は……」
支倉さんは自分のパイプ椅子に座り、再度腕と足を組む。
「今現段階で考えられる可能性は二つ。
一つは、彼女の使用していた式神は、彼女の御父上が開発し、譲り受けた式神。
そして……もう一つ」
「「……」」
「その来栖亮二の才能を受け継ぐ御息女は、稀代の天才で、式神を自らの手で改造した」
ゴクリと息を呑む音が聞こえる。
それが俺か京香か、分からない。
いや、多分両方―――――。
来栖が、あの少女が、そのような星のもとに生まれ、そして天賦とも呼べる才を持っているとは、なかなかあの個性的な見た目からは想像できない。
しかし―――――。
『ウチ、天才なんで』
あの日の、あの夜の言葉が、嘘偽りのものじゃないとしたら……。
「……まぁ、あくまでも憶測の域を出ないけどね。
僕は可能性の話をしたまでだ」
「……」
「それに、式神の改造が事実だとすれば、それは立派な厳罰対象だ。
事実確認が取れていない以上、今は世間話の範囲で留めておくよ」
「……ありがとうございます」
丁度話が一段落ついたところだった。
先ほど応対してくれた白衣の女性が、何かをもってこちらへと歩いてくるのが見えた。
「……すいません、遅くなりました」
「あぁ、吉井君。すまないね」
三つのコーヒーカップの乗った小さなお盆を持っている。
気を使わせてしまったようだ。
「あの、いえ……お構いなく」
「いえいえ、班長の来客ですので。
……それよりも班長」
「……?」
「あれほど片付けておいてくださいと言ったのに!! 何でさらに散らかしているんですかっ!!」
「あ……はは……、そうだったね。
いやなに、ちょっとデータ解析に手間取っちゃってて……」
「問答無用です!!」
……なるほど。
支倉さんデスクのおよびその近辺の散らかりようは、ある意味平常運転のようだ。
確かにこの汚さは、人によっては嫌になるだろうなぁ……。
「……確かに、これは汚すぎます。
片付けた方がいいですよ?
大体、前は片付けてたじゃないですか」
前―――――。
それはつまり支部長だった頃のことを言っているんだろう。
京香の言っているのは綺麗に片付いていたあの支部長室。
「あの時も、僕は整理整頓は苦手だったよ」
「じゃあ、どうして?」
支部長は何かを思い出しているように、言葉を詰まらせる。
「……片付けてもらってたんだ」
「……」
誰に、と聞くのは野暮だろう。
それが誰かは、支倉さんの雰囲気で分かる。
「研究室は自分で片付けてくださいっ!!!」
「……分かりました分かりました。片付けます、片付けさせていただきます……」
「「……」」
ただ白衣の女性(吉井さんというのか?)だけが、支部長に食ってかかっていた。
***
[清桜会新都支部本部前 17:45]
「支部長あんなところにトばされてたなんて……」
「だから……、もう支部長じゃないって言ってんでしょ? 何回言ったら分かんのよ」
そうだった……。
俺の中でやっぱりあの人は、「支部長」というイメージが強い。
支倉さんだ、支倉さん。
……「支部長」と「支倉」。何だか字面も似ているから混乱してくる。
「まゆりについては、結局結論が出せずじまいね」
「……そうだね」
そもそも彼女に関する情報が少なすぎる。
しかし、断定はできないが、父親らしき人を見つけたのは大きい。
―――――来栖亮二。
名前さえ分かってしまえば、あとは個人的に調べることができる。
込み合った電車に乗るのは嫌だという京香のワガママを仕方なく聞き入れ、俺らは歩いて南区へと帰っていた。
時間にして二時間とかかかるんじゃないだろうか。
ってか、どんだけ電車嫌なんだよ……。
まぁ、全体的な本数が少なくなっているという現状は変わっていないから、まぁ、しょうがない。
俺と京香は今日も今日とて仁のところへ寄る約束をしていた。
本人は時間通り来る確証はなかったけど、こちらが遅れたら遅れたで色々と文句を言われるのは目に見えている。
できるだけ定刻よりも早めに行く方がいいだろう。
様々な店が立ち並ぶ国道沿いを帰宅ルートに定め、俺たちは歩みを進めた。
「新太、……それで例の件は?」
何気ない会話の最中、京香は唐突にそう切り出す。
―――――例の件。
「……進展なし。一応調べてはいるけど、関係ありそうな情報はなかった」
「そっか……、アタシもまだ何も……」
そうだよな。
情報ゼロ。
手がかりゼロ。
それでどうやって見つけられるというのだろう。
しかし、やると決めたのは他でもない俺たち。
弱音を吐くには早すぎる。
「……ホントに、どこにあるんだろうね。
―――――十二天将」




