第63話『式神の改造:理論編』
「……京香も、快調な様で何よりだよ」
「ありがとうございます」
「最後にあったのは……、入院してたときかな?」
「そうですね。そのくらいだったと思います」
「……!!」
混乱している俺をよそに、二人だけで世間話を始める京香と支部長。
いやいや、待ってくれ。
気持ちの整理をさせてくれ。
展開に感情が追いついていないんだ。
「どうして支部長が、ここに……!?」
辛うじて俺の口から出て来たのはその月並みな言葉。
するとそれを聞き、支部長は半ば自嘲的な笑みを浮かべ、俺へと向き直った。
「……僕はもう支部長じゃないよ、新太。
今は科学解析部の技術開発班班長」
……!
そうだったのか……。
支部長を辞したと聞いていたから、今はどこで何をしているのかと思っていた。
というか、式神の専門家って、支部長のことだったのか……!!?
「左遷された先が古巣ってのも、運がよかったのかもね」
「古巣……?」
「……秋人さんは支部長に任命されるまで、技術開発班にいたの」
頭に疑問符を浮かべ、先ほどからずっと混乱している俺を見かねたのか、京香が口をはさむ。
「そう。時たま現場に出たりもしたけど……、基本的にはずっとここで式神関連の研究を行っていたんだ。
―――――楓も一緒にね」
「……!!」
楓。
服部楓。
あの霊災以降、至る所で聞くこととなったその名前。
不意に聞く名前にしては、あまりにも大きな意味を―――――。
「……先生も、ここで……」
いつか先生に直接聞いた、支倉さんとの関係についての疑問。
『……ただの同期さ』
『ともに研鑽を積み、苦汁をなめ、悪霊を祓うことに日々邁進した』
あの日あの時、あの第四修練場で先生と話した内容がその意味を伴って、蘇ってくる。
同期でありながら、同じ部隊、同じ班で……。
「……」
「……」
俺を含めた今この場にいる三人は、少なからず先生と関係性があった者達。
皆一様に何か思うところがあるのだと思う。
だからこその、この重い沈黙―――――。
「……すまない、余計な話をしたね。
僕に何か話があったんじゃないのかい?」
「あぁ……はいっ。えっとですね……何から話したらいいものか……」
「……まぁ、立ち話もなんだ。座ってくれ」
支部長、もとい支倉さんはそう言いながら、部屋の傍らに無造作に立てかけられているパイプ椅子を三脚持ってきて、俺らの前に並べた。
「豪華なソファじゃなくて、申し訳ないね」
そう言う支倉さんは、困ったように笑っていた。
***
「ってなことがあったんですけど……」
「……規格外の式神を扱う少女、か。
興味深いね」
何度も何度も噛みしめるように頷きながら、支倉さんはその長い足を組んだ。
かつては着物に羽織という格好だったが、今はパンツスタイルに白衣という出で立ち。
……言ってしまえば今の服装の方が支倉さんに合っているような気がする。
まぁ、確かに言われてみれば、その見た目から科学者っぽい印象は受ける。
科学解析部が古巣、というのも納得だ。
「その子なんですけど、『式神を改造した』って言ってたんです。
そんなことって可能なんですか?
アタシ達はとてもじゃないけど信じられなくて……」
「……君の認識で正しいように、僕は思うよ」
「……?」
「式神を改造し、新たな式神を造りだすこと。
―――――あり得ないね」
天然パーマでうねっている前髪をいじりながら、少しの迷いもなく秋人さんはそう断言した。
「式神が『機構』と『術式』の二つの要素を基に構築されていることは知っているね?」
「……はい、それはさすがに」
「『機構』は式神の姿形。
とどのつまり、式神の外郭を成すためのモノ。
そして『術式』は、発現事象を発生させるためのモノ」
「……学園でも習いますね」
「『機構』および『術式』の転化における不可逆性の話なんだけど……、分かるかい?」
「「???」」
「……それでは、こんな話ではどうかな?
例えば、冷蔵庫があるとする。
その冷蔵庫の部品を一回全て取り外し、その部品を組み上げ、―――――テレビを作る。
しかも、できあがったテレビは普通に動くし、何ら他の既製品のテレビと差異がない」
「……何か、突拍子も無いわね……」
「式神の改造とはそういうものだよ。
……そう、普通に考えたら有り得ないんだ。
冷蔵庫を一回バラバラにした段階で、「冷蔵庫」としての機能も失われるからね」
なるほど。
それを式神で考えてみると……。
「冷蔵庫の部品がいわゆる『機構』で、冷蔵庫の「物を冷やす」をいう機能が『発現事象』」
「コンセントから供給する電気が『霊力』、そして冷蔵庫を制御している機械的なプログラムが『術式』に当たるってわけね……」
俺達のやり取りを聞いて、支倉さんは満足そうに頷いた。
「……君たちは聡明だね。
まぁ、ともあれ……、『冷蔵庫からテレビを作り、そのテレビを何てことなしに使用している』と。その少女とやらが行っていることは、とどのつまり、そういうことだよ」
「……支倉さんは、できますか?」
「かなり頑張れば可能なのかもしれないが……、冷蔵庫をテレビにしたいと思ったことは無いね」
「……」
……やはり、来栖の嘘なのか?
しかしそうなると、あの『ダネル』とかいう式神の出所の問題が浮上してくる。
「しかし……一科学者としての、興味というか何というか。
名前はなんと言うのかな?」
「……来栖まゆりです」
まだ一年生なんですよ、と付け加えようとした矢先、俺は言うのを止めた。
支倉さんの表情が、目に見えて曇るのが分かったからだ。




