第62話『再び、相まみえる』
「じゃあ、ウチの家ここら辺なので!」
「そうなんだ。
……一人で帰れそう?」
「はいっ! 送ってくれてありがとうございます!!」
そう言いながら明後日の方へと駆けてゆく来栖の後ろ姿を、俺と京香、そして天は見送る。
三人+一匹で色々と喋りながら上総へと戻ってきたから、日付は当に変わり、夜の闇は更なる深まりを見せている。
悪霊に遭遇し余計な戦闘を避けるためにも、俺らも早く帰るべきだろう。
「……?」
真っ直ぐに走っていった来栖が、不意にこちらを振り向く。
楽しそうな、嬉しそうな、そんな感情が垣間見える表情を、傍らの街頭が照らしている。
「また、ご飯一緒に食べましょーね!!」
「……!」
―――――無邪気というか、何というか。
学年は俺らと一つしか変わらないとはいえ、来栖はまだ学園に入学したばかり。
まぁ、ある意味年相応なのかもしれないけど。
俺はその来栖の言葉に、手を振ることで応える。
「~~~~~!!!」
すると、少女は満面の笑みを俺らに見せて。
夜道へと消えていった―――――。
来栖の姿が完全に見えなくなったのを確認して、俺は口を開いた。
「―――――京香、どう思う?」
それは、つい先ほど聞いた来栖の式神の話に他ならない。
京香も、それは重々承知しているようだった。
だからこそ、今も難しそうな顔で腕を組んでいるんだろう。
「……」
最初こそ、しかめっ面で来栖が駆けていった方向を見ていた京香だったが、やがてため息を一つつき、「……まぁ、アンタも同じ考えかもしれないけど」と切り出した。
「式神を改造できるなんて、有り得ない。
……まぁ、嘘だと思うのが普通よね」
「……」
……やっぱり、そうだよな。
俺が抱いていたものと寸分違わぬ感想。
現代陰陽道を学ぶ場にその身を置き、日夜修練に励んでいる者であるならば、恐らく来栖の話を、俺らと同じように聞いただろう。
人造式神は単体として既に完成されている状態。
それを改造するなんて話、少なくとも俺は聞いたことがない。
「だとすると……、あの式神は式神を改造できる何者かから提供されたもの……とか?」
「……そんなことができる人間なんて聞いた事ないわ」
……確かに。
そもそも、そんな一般人が存在するのか?
現代最高水準を誇る清桜会レベルの人造式神を、個人で作成できる者がいるなんて、にわかには……。
《……》
不意に。
俺らの傍らで佇んでいる天と目線が合った。
天は。この式神は、あの少女の話をどんな風に聞いたんだろう。
もちろん、俺らの会話の内容はサッパリ分からなかったとは思うが、式神目線というか……客観的な意見が聞きたい。
目線を逸らさない俺を不思議に思ったのか、軽く頭を傾げている天。
《……?》
「……天は、どう思う?」
《……あの少女が、話していたことか?》
俺は首肯を以てそれに応える。
すると、天は考えを整理させているのか静かに目を閉じ、やがてその口を開いた。
《……私には、何のことを話しているのか分からなかった》
「……そうだよな」
《……しかし、嘘をつく人間には相応の身体上の変化が生じる。
それは表情、口調、顔色など、観察すればある程度、把握できる》
「……」
《彼の少女には、それが無かった》
「来栖は、嘘をついていないってことか?」
《……あの様子で、虚言妄言の類をいけしゃあしゃあと口にしていたならば……、相当な道化だな》
「……そうか」
客観的な意見を、と思ったが、ますます分からなくなった。
―――――来栖まゆり。
規格外の式神を扱い、あまつさえそれを自身で改造したと宣う少女の存在。
「でも、ここで考えても仕方ないわね」
「……京香」
「まっ、困ったら、聞きに行けばいいか《・》……」
「聞きに……?」
「餅は餅屋よ。……式神の事は専門家に聞けばいいんだわ」
言うが早く、京香は自身のスマホをいじり、どこかへと連絡を取っていた。
専門家……?
俺らにそんな知り合いがいたとは思えないけど。
***
―――――翌日。
俺と京香は清桜会新都支部に来ていた。
京香曰く、その専門家やらと連絡が取れたらしく、本日の朱雀戦終わりにこうして訪れた次第である。
……専門家とは、一体誰なんだろう。
京香に聞いても「会えば分かる」の一点張り。
重ねて言うが、俺にその方面の知り合いはいないと思う……多分。
清桜会に所属しているだろうから、一応陰陽師ではあるんだろうけど。
「科学解析部は……、こっちね」
「……」
周りには見慣れない計器類が所狭しと並んでいて、いかにも研究者という出で立ちの白衣姿の人が大勢いた。
―――――科学解析部。
「人造式神」の開発及び解析をその活動のメインとする、言わば清桜会の頭脳。
小耳に挟む程度には聞いたことがあったけど……、ここで活動していたのか。
「えっと……、確か……」
様々なガラス張りの研究部屋が林立しているのを横目に、通路を歩いてゆく。
すると、京香は『技術開発班』と扉に書かれた部屋の前で立ち止まった。
「ここね」
躊躇うこと無く京香は扉に手をかけ、中へ―――――。
「……!!」
部屋の中もさっきまで見ていた光景同様に、白衣姿の人たちが何やらタブレットを叩いたり、式神の素体らしき物体を触っていたりと、業務の真っ最中であることが伺える。
「えっと……」
これは俺達どうすればいいんだ?
その専門家とやらと京香はアポは取っているみたいけど。
「……」
俺の横を見ると、京香もほんの少しだけ困った様子で誰かを探していた。
部屋に入ったのは良いものの、目的の人物の姿が見えない、とかそんなところだろうか。
白衣の人だらけの空間で、右往左往している二人の制服姿。
空間を俯瞰してみると、明らかに異質な光景だ。
すると。
何やら計器を覗き込んでいた白衣の一人が俺らに気付いたのか、ツカツカとこちらへ歩いてくる。
メガネをかけた細見の女性―――――。
「貴方たちは……?」
「泉堂学園の古賀です。
班長さんと面会の約束をしていたのですが……」
するとそのメガネ姿の女性は考え込む素振りして、得心がいったのか「……あぁ、貴方たちね!」と何回か頷いた。
「班長は奥の方で作業をしていると思うよ」
「……?」
そう言いながら、真っ直ぐ部屋の奥の方を指さす女性。
ほんの少しだけど、その表情が陰るのが分かった。
それに……溜め息。
「ありがとうございます」
会釈し、奥へと進んでゆく京香。
俺もそれに習い軽く頭を下げ、部屋の奥へと歩いてゆく京香に続いた。
さっきの人……、あの表情何だったんだ?
明らかに意味深だったけど。
かなり奥行きのある部屋らしく、加えて多くの人がひしめいている中を歩いて行くのは、なかなか骨が折れる。
「……」
班長。
それも、技術開発班の。
自身の人脈の中に該当する人物がいるかどうか思い出してみようとするが……。
当然ながらそんな人物に心当たりはない。
京香は会えば分かると言っていたが、本当か……?
数多の人の間を抜け、研究に用いられるのであろう機械を横目に、歩みを進める。
―――――そして。
その時は、急に訪れる。
「……!!」
俺らの目の前に姿を現したのは。
床に散乱する数多の書類やら、よく分からん部品が散乱する一角。
その「班長」とやら個人の研究スペースになっているのか、一風変わった機械が軒を連ね、部屋の奥まった空間を占領していた。
不意に思い出す、さっきの女性の表情―――――。
なるほど。
だから、あんな表情を……。
これだけ散らかしていれば、そりゃ良く思われないだろうな。
「……来たようだね」
「……?」
様々な計器類の間から、不意に聞こえた声。
その声を聞いて、俺は半ば直感的に感じた。
―――――この声……。
「よいしょっと」
ゆっくりとその声の主が姿を現す。
それに伴い蘇ってくる記憶。
それはその人物に始めて会ったときのものに他ならない。
メガネの痩身の男性。
俺よりも頭一個分違う身長。
色んな方向にねじ曲がっている天然パーマの髪。
そして……特徴的な、その頼りなさそうな笑み。
「っ……!!」
「京香、新太。久しぶりだね」
俺らの前には。
「支部長……!!!」
清桜会新都支部、前支部長。
支倉秋人がいた。




